ラトビア

【MAP】

ワンポイント情報


ラトビア

・面積 日本のおよそ6分の1

・人口 189万人

・首都 リガ(人口91万人)

・産業 運輸・物流、木材

 

国民の約27%がロシア系住民で、映画・テレビ・新聞・雑誌などではロシア語も広く利用される。

【悩めるバルト三国】

第一次世界大戦後の1918ロシア帝国より独立第二次世界大戦中1940ソビエト連邦占領された。翌1941独ソ戦ドイツ占領、大戦末期1944ソビエト連邦が再占領し併合。1991に同連邦から独立を回復、2004EUNATOに、2016OECDに加盟した。

 ロシアやドイツに何度も占領や併合されてきたため、国民は今でもロシアに占領されるのではと危機感を持っているという。これはエストニアやリトアニアも共通の悩みという。

 

 バルト三国の中でラトビアは最もロシア人の人口が多いため、ロシア語人口が多い。特に首都のリガでは人口の41.7%2008年)はロシア人であり、人口の半数近くを占め、ラトビア人(42.3%)とほぼ同数となっている。ロシアからはラトビアに住むロシア人の扱いに関し度々高い要求を課せられ苦慮している。

 世界の強国と言われるアメリカ、ロシア、中国を、

発展途上国は、昔で言うところの植民地化を常に警

戒している。

【郊外】

インターネット接続環境が整備されている 

大部分が海抜100m以下の低地で森林に覆われる。 

無数の河川湖沼が分布する。 

首都リガ】

   ラトヴィアの首都リガは世界遺産

     華やかな色とりどり街

世界遺産のリガの街並み。真ん中の黒いのが大聖堂、右の緑が聖ヤコブ教会

左の高層ビルは「科学アカデミー」、右は「自由記念碑」 、真ん中のドームは「中央市場」

【市場】

     野イチゴ

     干し魚

海が近いのでサーモンが多い

ブラックヘッドの館

 1334年に建てられたこの館は、当時、裕福な商人たちが集い、会議や舞踏会の会場として利用されてきた。ブラックヘッドの館は、未婚の外国人商人のギルドで、北アフリカのムーア人とされる聖モーリスを守護聖人としていた。

 16世紀に建てられたルネッサンス様式の正面、その後、天文時計、ネプチューン像など4体の像が加わる。第二次世界大戦で破壊された後、1999年、リガ建都800周年の前年に再建された。その後一時的にラトビア大統領の借り住まいとなる。
 20128月以前は観光客にも開放され、その豪華な大ホールや瀟洒な内部が公開されていた。

【ゴシック建築

聖ヨハネ教会:ゴシック様式

聖ヨハネ教会の壁には生きた修道士が埋められた

【音楽の街】

三国共に音楽の街、あちこちで演奏、チップも目的

女の子も美しい旋律を、愛想も好い、しかしチップは少ない

大人の女性は、音色より顔を見る人が多い?

 バルト三国・人間の鎖は、1989年8月23日に、ソビエト連邦の統治下にあったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)で、独立運動の一環として行われたデモ活動。バルトの道ともいう。

 およそ200万人が参加して手をつなぎ、3カ国を結び、600km以上(日本の東京から大阪以上の距離)の人間の鎖を形成した。このデモンストレーションは、バルト三国のソ連併合を認めた独ソ不可侵条約秘密議定書締結50周年を期して行われ、三国が共通の歴史的運命を共有していることを、国際社会に訴えるために行われた。

 「人間の鎖」は地元の当局によって認可され、鎖が切れないよう、周到に計画された。例えば、各都市や町には担当の場所が割り当てられ、他の交通手段を持たない参加者には無料バスを提供するよう指示された。参加者は、現地時間午後7時から15分間手をつないだ。この集会を調整するため、特別のラジオ放送も行われた。

 その後、各地で多くの集会や抗議行動が行われるようになった。ヴィリニュスでは教会の大聖堂前で数千人が、ろうそくを持って国歌をはじめとする民族の歌を歌った。他の場所では神父がミサを行い、教会の鐘を鳴らした。

 エストニアとラトビアの国民戦線は二国の国境で集会を開き、巨大な黒い十字架に火がともされ、象徴的な葬儀が営まれた。 抗議行動はまったく平和裏に行われたが、参加者は報復や制裁がなされることを恐れたが、ソ連の体制崩壊もあり制裁は無く独立につながった。

 人間の鎖にどれだけの人が参加したかは報道によって異なる。翌日のロイター通信によれば、エストニア人70万人、ラトビア人50万人、リトアニア人100万人が参加したと報じている。

【アール・ヌーヴォ】

アールヌーヴォ  首都リガの街の一角が全て奇妙な彫刻

     人面

      女性

       動物

      悪魔

       人面

 アール・ヌーヴォーは、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に開花した国際的な美術運動。「新しい芸術」を意味する。
 花や植物などの有機的なモチーフや自由曲線の組み合わせによる従来の様式に囚われない装飾性や、鉄やガラスといった当時の新素材の利用などが特徴。

 分野としては建築、工芸品、グラフィックデザインなど多岐に亘った。 ブリュッセルやリガ歴史地区のアール・ヌーヴォー建築群は世界遺産に指定されている。

【ほほぅ~】

リストニアとラトビアの国境は検査なし

街角 公園の欄干には無数の錠が

結婚すると離れないようにと錠を夫婦でかける風習

【政府の指導者】

カリンシュ ラトビア首相 1964年生 56


・ラトビア系アメリカ人の子としてアメリカで生まれた。

・アメリカの大学を卒業して、ラトビアに移住し、氷や冷凍食品の製造・販売をはじめた。

38才から政治にかかわった。

ラトビア編  終わり