コーヒーの泡

「泡のないコーヒーは顔のない人のようなもの」〜トルココーヒーの淹れ方より〜

最初にお断りしておきますが、ここに述べる内容についてはまだ科学的な根拠に乏しいものもあります。凡そどのような本にも記載のない内容ではありますが、まだ今後の検討如何によっては訂正が必要になると考えています。ですから「こう解釈すると全体的に上手く説明できる」という内容としてお読みください。

またこの稿のアイデアをまとめるにあたって,数多くの重要なヒントを与えてくれた 喫茶メーリングリスト とその参加者各位に,この場を借りて深謝いたします。

「コーヒーと泡の関係」と言われてもぴんと来ない人もいるかもしれません。ですが、コーヒーの味と泡とはとても深い関係にあります。

例えばペーパー・ネルドリップの場合、お湯を注ぐと細かい泡がドリッパーの中にたくさん出てきます。淹れ方について説明している本を見ると、どれも「この泡が抽出されるコーヒーに混じらないように」薦めています。サイフォンの場合も、漏斗の中でコーヒーの粉と湯が混じると上に泡を生じます。また、エスプレッソになると、ポットにせよマシンにせよ出来上がりのコーヒーに細かな泡がびっしり浮いています。このページの冒頭に掲げていますが、トルコ式コーヒーを淹れる場合には「泡はコーヒーの顔だ」という表現をし、抽出中に決して泡を消してはならないとされています。顔のない人がいないように、泡のないコーヒーもあってはならないというわけです。

では、この「泡立つ」ということがどういうことなのか。またこれがコーヒーの味にどのような影響を与えるのか、科学的な解説を交えながら考えてみたいと思います。

「泡立つ」ということ

皆さんが「泡立つ」という言葉を聞いて、まず連想するだろうもののひとつに「石けん」が挙げられることと思います。洗濯やシャンプー、シャボン玉しかり、石けん水は確かに泡立つものの代表のように考えられます。しかし、ここで次の3つの例について考えてみて下さい。

    1. 水を入れたコップに蓋をして激しく振り混ぜる。

    2. 水を入れたコップの中に石けんを静かに沈め、そのまま溶けるまで静置する。

    3. 石けん水を入れたコップに蓋をして激しく振り混ぜる。

果たしてどのコップが「泡だっている」でしょうか?

答えは言うまでもありませんね。1.は混ぜた瞬間には泡ができますがすぐに消えてしまいます。2.は振り混ぜればすぐに消えにくい泡ができますが、置いているだけでは泡ができることはまずありえません。

この例を考えれば「泡立つ」ためには少なくとも2つの要素が必要なことに気付かれたと思います。すなわち

    1. 泡が発生すること。

    2. 発生した泡が消えない(消えにくい)こと。

です。「何を今更わかりきったことを」とお思いの向きもあるとは思いますが、この後を考えるうえで重要なことですので、改めて確認させて頂きます。

なぜコーヒーに泡が「発生する」のか

泡が発生するにはさまざまな原因があります。ですが、どれも最終的には、空気などの気体が水に混ざる(≠溶ける)ということに変わりはありません。

水はいろいろなものを自分に溶かし込む働きを持っていますが、溶かせる量には限りがあります。溶かされる物が固体ならば溶けきれずに残り、水より重いものが下に沈み(沈殿し)ますが、気体ならば溶けきれない分は水より軽いために空気中に逃げていきます。これが気泡、すなわち泡になるわけです。

例えば上に挙げた例のように、水を入れたコップに蓋をして振り混ぜればコップの中の空気と混じって泡ができますし、水道の蛇口をひねってコップに水を受けるだけでも泡は生じます。

さて、肝心の「コーヒーの泡」はどうでしょう。この場合も幾つか分けて考える必要がありそうです。

ドリップ時に生じる泡

ペーパードリップやネルドリップ で、新鮮なコーヒーの粉に湯をかけると泡が生じます。もし湯を勢いよく注いだのであれば、そのために周りの空気が混ざって生じた泡であると考えられるでしょう。確かにこの泡もあるとは思います。ですが実際にはどれだけ静かに注いでも泡は出てきますし、周りの空気が混ざるというよりもむしろ粉の内部から出てくるように見えることだと思います。

事実、この 泡は粉から発生している と考えられます。コーヒー豆はもともと植物の組織を煎ったもので、顕微鏡レベルの大きさの穴が無数にある多孔質です。この穴の部分には焙煎の時に生じるガス(おもに二酸化炭素)や空気が入っていますが、これに湯が染み込んでいくと中のガスが周りの水の中に追い出されると考えることができます。この細かい泡がドリップの時の泡だと考えていいでしょう。

この考えを応用してみると、俗に「蟹泡」と呼ばれるものの説明も一応可能になります。

蟹泡とは、 最初の蒸らし のあと、本格的な注湯をするときに「ぼこっ」と大きい泡が生じることを言います。原因としては「蒸らしが不十分である」ことが指摘されています。

もしも蒸らしが十分であれば、ドリッパー内の粉には均一に水が染み込んでいるはずです。この状態で注湯すれば粉全体から均一な細かい泡が生じてくるでしょう。

ですが、もし不十分な蒸らししかなされていなければ、ドリッパー内に全然湯が染み込んでない部分が出てくるわけです。そこに新たに注湯すると、すでに湯が染みていた部分からは細かい泡が出るけれど、そうでない部分からでるガスの量が極端に多くなることが容易に想像できます。このガスが大きい泡−蟹泡−になるという解釈が可能です。

ですから「蟹泡が立つ=蒸らしが不十分」の公式が成り立つと考えられます。

エスプレッソに生じる泡

エスプレッソは水蒸気を発生させて、その蒸気圧を利用してコーヒーの粉の中に瞬間的に湯を通して抽出する方法です。これにはポット型の直火にかけるタイプのもの(以下ポット)と業務用によく見かけるエスプレッソマシン(以下マシン)の2つがあります。ここで面白いことに、マシンでの泡立ちとポットでの泡立ちには差が見られ、ポットでは十分な泡が出ないことがよく指摘されます。エスプレッソの場合も 1. と同様、粉からのガスの発生は十分に起こります。ですが、これだけではポットとマシンの違いを説明できませんので、別の可能性を考える必要があります。

ポットとマシンの最大の違いはかかる「圧」にあります。粉の詰め方にも大きく依存しますが、それでもマシンの方が遥かに高圧での抽出が可能です。

空気などのガスが一部水に溶け、溶けきれないものが気泡になることを すでに 述べましたが、この溶ける量は圧が上がるにつれて多くなります。エスプレッソを抽出するときにかける 圧のために、その分、多くのガスが水中に溶け込みますが、それが器具から出て通常の気圧に晒された途端、気泡となって出てくる ことが考えられます。

炭酸飲料の入ったビンの蓋を開ける時のことを思いだしてください。

このことがエスプレッソの泡が生じる最大の原因だと思われます。

サイフォン・トルココーヒーなどに生じる泡

サイフォンやトルココーヒーの場合も上手に静かに淹れれば、ほぼ ドリップの場合 と同様だと思われます。

ただし、ドリップが注湯の勢いで生じる泡を無視できないのと同様に、これらの場合も沸騰による泡を無視することはできません。

なぜコーヒーの泡が「消えない」のか

最初に挙げた石けん水の例で言えば、ここまでの説明は「コップを振り混ぜる」ことに当たります。でも例で言えば石けんが溶けてなければ、いくら泡を作ったところで、すぐに消えてしまっていわゆる「泡立ち」は見られません。

まずはコーヒーの前にどうして石けん水の泡が消えないかについて検証します。

石けん水は水の中に石けんの分子が溶け込んだものです。石けんは一個の分子の中に、水に馴染みやすい(親水性の)部分と馴染みにくい(疎水性の)部分を持った分子です。このため、油よごれなどに疎水性の部分でくっつき、親水性の部分を外側に向けて集まることで全体を水に溶けやすくするような働きを持ちます。これが石けんの洗浄作用の原理の一つです。

相手が油よごれではなく、空気になったときも同じようなことが起こります。石けんの分子はその疎水性の部分を空気に向け、親水性の部分を水に入れたような状態で集まりたがる習性があります。そのほうが疎水性の部分まで水に浸けておくよりも、全体的に見て余分なエネルギーを使わずにすむからです。

石けん水の中に気泡が生じた場合、気泡は水よりも軽いですから上にのぼりますが、それが液面まで到達した時にはじけて消えてしまうよりも、消えずに残しておく方が余分なエネルギーを使わずにすむ、このような原理で石けん水の泡が消えずに残るのだと考えられます。

このとき、石けんの分子は 泡の部分に高濃度で集まり 、溶液の表面張力を著しく低下させています。このような作用を 界面活性作用 、またこういった性質をもつ物質を 界面活性剤 と呼びます

さてここまで話を進めれば、勘のいい方ならもうお気付きだと思います。すなわち「コーヒーにも界面活性作用を持つ成分があるんではないだろうか」ということです。

残念ながら私も泡の成分を分析したわけではありませんから、泡を構成しているものが一体何であるかということについては想像の域をでません。しかし、コーヒーには、石けんほど強くはないにせよ、界面活性作用がある物質が幾つか含まれていることが示唆されます。

有力な候補としては クロロゲン酸 由来の焙炒化合物が考えられます。コーヒー生豆に含まれているクロロゲン酸は,焙煎時の加熱反応によってコーヒー酸とキナ酸に分解され,さらに場合によっては糖や蛋白などと結合し,コーヒーの性質を決める上で重要な化合物になると考えられます。これらの中で,脂溶性の高いボディにコーヒー酸由来のフェノール基が多く結合したような化合物が生じることは十分に起こりうると考えられ,こういった化合物が界面活性作用を持つのではないかと考えられます。

また生豆の段階から考えれば,種々の配糖体,クロロゲン酸類などに界面活性作用があるのではないかと考えられます。また糖や蛋白などの高分子のうち,水溶性の高いものについてもよく泡立つことが知られています。これらの化合物の多くは焙煎によって分解されますが,あるいはその一部がコーヒーの界面活性に関与している可能性もあります。

これらの成分が石けん分子の役割を果たし、そのためにコーヒーの泡が消えない のだと考えてよいでしょう。

泡とアク

ここまでで泡の正体が何となく掴めてきたことと思います。ですが、なぜ泡がそれほどまでに大事なのかについては、まだ何もふれていません。

このことを知る いちばんの方法は「泡を舐めてみる」こと です。

ドリップ式で抽出するときに、ドリッパーに浮かんできた泡を舐めてみてください。吐き出さずにはいられないようなひどい味が舌にまとわりついたはずです。きつい苦味と青臭いようなえぐ味、そして何よりも口の中がしぼんでしまうような、ひどい渋味が感じられるでしょう。これらが泡に集まっている成分、すなわちサポニンやタンニンの味です。一般的に「雑味」「アク」と言われているものに当たります。

泡によるアク抜き

さてここで一つ、 なぜコーヒーの泡が「消えない」のか を思いだしてみてください。石けんの場合、その分子は水中に溶けているよりも泡を形成するほうが安定です。そのため水中よりも泡の周りに集まりたがるということを述べました。このことはアクについても同じように言えます。

アクの場合も水中に溶けているより、泡に吸着されているほうが安定だと考えることができます。そのため、泡の部分でアクの濃度が非常に高くなり、その分抽出液中の濃度が減少します。言い換えるなら 泡が抽出液のアクを減らす 働きを担っていると言えます。

ドリップ式で抽出する場合、 ドリッパー内の湯を涸らさない ように、とか、泡が消えないように抽出するというのが、美味しく淹れるための方法として言われますが、これらはすべて、この泡とアクの関係で説明することができます。ドリッパー内の湯が涸れると泡として分離されていたアクが抽出液に混ざってしまいますし、泡が消えるということはその分のアクが抽出液に溶け込むということに繋がるからです。

このことが、とりもなおさず泡が「コーヒーの顔」とまで言われる所以ではないかと考えられます。

エスプレッソの泡はおいしいか?

「泡がアクを吸着していることはよしとしよう。でもエスプレッソはあの泡がおいしいんじゃないか? だったら両者は別物では」そのように考える人もおいでだと思います。ですが結論から言わせてもらいますと、エスプレッソの泡も多量のアクが吸着していることに変わりはありません。

もし疑問に思われるのでしたら、エスプレッソの泡だけを掬って舐めてみてください。たちどころに口の中が渋くなります。別に エスプレッソの泡もドリップの時の泡もさほど違いはない と考えられます。

ではなぜエスプレッソの泡は美味しいと感じるのでしょうか?

おそらく、そのいちばんの理由は泡の中身にあると考えてよいでしょう。泡の中身は空っぽ・・・ではなく、空気です。例えばアイスクリームの美味しさのいちばんの秘密もまた空気にあるとされています。十分な空気が入ることではじめて舌触りや口どけのいい、美味しいアイスクリームが生まれます。

エスプレッソについても同じような効果が期待されます。エスプレッソの泡は確かにアクの多いものですが、十分な空気を含むことでその味は和らぎ、また舌触りのよさが新たに生まれることで、おいしいと感じるようになるのではないでしょうか。

アクの功罪

泡によってアクが抜ける ことについては上述しましたが、もちろん100%アクを除くのは不可能です。量の多少はあれ、抽出されたコーヒーには必ずアクが含まれます。これはドリップ式でアクを極力落とさないように淹れた場合でも例外ではなく、抽出液を泡立ててみると消えない泡が生じるのが見られます。

あるとき私は、ふと思いついてドリップした抽出液を泡立ててはその泡を捨て、味を確認して再び泡立てるということを、泡がすぐに消えるようになるまで繰り返してみました。

そのときはエスプレッソマシンのスチーマーを利用して、蒸気で泡立てましたが、泡がすぐに消えるようになるまでに5回作業を繰り返しました。その結果

    1. 回を重ねるごとに、泡の立つ量が少なくなった。

    2. またそれに伴い、コーヒーの透明度が増した。

    3. コーヒーの味はどんどんまろやかな癖のないものに変化したが、逆に言えば個性に乏しいものになった。

この実験は泡立てるために蒸気を使いましたからその影響も考えないといけませんし、また泡の部分にアク以外のよい味を作る成分がわずかずつ吸着していることは否定できません。ですがある意味、 アクが少量含まれていることでコーヒーの味に個性が生まれるという可能性 も示唆されます。

この結果はかなり極端な例ですし、気を使ってドリップしても結構な量のアクがコーヒーに入ってくるわけですから、普段は極力アクが出ないようにすることがコーヒーを美味しくする秘訣だと思います。

ですがアクにはアクなりの良さも持っているのではないでしょうか。

上に挙げたようにアクの味は、それが苦痛にならない程度ならば、コーヒー全体の味わいにアクセントを加えて個性のあるものに仕上げることも考えられます。また、アクの成分に界面活性作用があるのであれば、コーヒーに含まれている脂肪分を抽出液に溶かし込む働きを担うだろうことが想像されます。脂肪分はコーヒーにコクと滑らかな舌触りを与えると思われますので、アクが間接的にコーヒーの味わいを深めている可能性も示唆されます。

こうして考えれば考えるほど、コーヒーの泡、そしてアクは不思議で奥の深いものだと実感させられますね。