味覚受容体

分子生物学的な研究の結果、これまでに甘味、うま味、苦味受容体が遺伝子レベルで同定され、また酸味受容体の候補分子が見つかっています。塩味受容体はまだ不明です。

甘味、うま味、苦味に対する受容体14はいずれも、細胞膜を貫通する領域を7つ持った「7回膜貫通型タンパク質」と呼ばれる膜タンパク質であり、また細胞内に位置する部分で、Gタンパク質(= 三量体型GTP結合タンパク質)というタンパク質と連結することから、「Gタンパク質共役受容体(G protein coupled receptor, GPCR)」という受容体のグループに属しています。この甘味、うま味、苦味の味覚受容体タンパク質はその構造から、大きな細胞外領域を持つものと、この 領域を持たないものの二種類に大別でき、前者をT1Rファミリー(またはTAS1R、taste receptor type-1)、後者をT2Rファミリー(TAS2R, taste receptor type-2)と呼びます。T1Rファミリーにはさらに、T1R1〜T1R3までの三種類が存在しており、これらのうち、T1R1とT1R3の組み合わせでうま味受容体を、T1R2とT1R3の組み合わせで甘味受容体を、それぞれ構成していることがわかりました。T2Rファミリーにはさらに多くの種類があり、ヒトでは26種類、マウスで35種類のT2Rファミリー遺伝子があることがわかっています。このうち、T2R5など複数のT2Rファミリー遺伝子について、その味覚受容における機能が解析された結果、T2Rファミリーが苦味受容体として機能することが証明されました。T2Rファミリーが苦味受容体として働くときに、何分子かのT2Rの組み合わせになる必要があるのかどうかは、まだわかっていませんが、甘味やうま味と同様、なんらかの形で複合体を形成するのではないかという説があります。一方、酸味や塩味に対する受容体はイオンチャネル型の分子だと考えられており、中でもTRPチャネル(transient receptor potential channel、一過性受容体電位型チャネル)と呼ばれる、これまでに温度や辛みなどの受容に関わることが知られていたチャネル分子の仲間であろうと考えられています15。一般的なTRPチャネルは6回膜貫通型の膜タンパク質で、これが一種類もしくは、別のタイプの何種類かのチャネル分子とともに複数集まって複合体を形成し、一つのチャネルを形成していると考えられています(右図)。酸味や塩味の受容に関わる分子も、まだ同定されてはいませんが、これと似たようなかたちのイオンチャネルを形成しており、酸味受容体は水素イオン、塩味受容体はナトリウムイオンなどの陽イオンの濃度に依存して、何らかのイオンを細胞外から細胞内へと輸送するチャネルとして、それぞれ働いているものであろうと予想されます。

実際の酸味受容体の候補も最近になって報告されました16 。マウスにおいては、これまでに考えられてきたTRPチャネル分子であるPKD2L1ともに、11回膜貫通型で大きな細胞外領域を持つPKD1L3という膜タンパク質が複合体を形成し、これがチャネル型の味覚受容体として酸味の受容に関与することが示唆されており、哺乳動物の酸味受容体の有力な候補になっています。

下表に、これまでに同定された代表的な味覚受容体とそれに結合する代表的な味物質(リガンド)の対応を示しました。苦味物質として名前の上がっているものには、耳慣れないものが多いと思いますが、これらはいずれも強い苦味物質として見つかったことから、苦味の研究目的に用いられたり、殺虫剤などの誤飲防止に添加されていたりする物質を含みます。例えばデナトニウムは、わずか0.01 ppm17の濃度でも苦味を感じさせる物質 で、世界で最も苦い物質としてギネスブックに認定されています。なお苦味物質の中には受容体が不明と書かれたものが存在しますが、これについては後の節で解説します。

味覚受容体とそのリガンド18

* うま味増強因子として作用する

** マウスのT2R遺伝子(他はヒトT2R遺伝子)

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