その他の疾患との関係

糖尿病との関連

近年、コーヒーと疾患の関係でもっとも注目されているのは、2型糖尿病の発症リスク低下である。糖尿病には、血糖を下げる働きがあるホルモンであるインスリンの分泌量が低下する1型糖尿病と、体組織のインスリン感受性が低下することでインスリンが効かなくなる2型糖尿病がある。2型糖尿病は生活習慣病として発症することが多く、日本で問題になっているものの大部分がこの2型である。コーヒー飲用者で2型糖尿病の発症リスクが低下することは、複数の疫学調査によって追試され、ほぼ確認済みのものであると言ってよい。メタアナリシスの結果では、コーヒー1日1杯につき、約7%のリスク低下が見られると試算されている8

これまで2型糖尿病の発症リスクを上昇させる生活習慣因子はいくつか知られていたものの、低下させる因子というのはあまり知られていなかったため、コーヒーの作用メカニズムについては医学研究者の関心も集まっている。高濃度のカフェインがインスリン分泌を調節するという報告もあるが1, 2、その一方でデカフェでも同程度のリスク低下効果があるという報告もあり、活性本体を含めてまだよく判っていないのが現状である。

神経難病(パーキンソン病・アルツハイマー病・認知症)との関連

コーヒー飲用者ではパーキンソン病の発症リスクが低下することが複数の疫学調査で報告されている。これらの報告を総合的に解析したメタアナリシスの結果からも、この結論が支持されており11,12、コーヒー飲用者でパーキンソン病発症リスクが低下することについては、概ね確認されたものと考えることができる。

この作用はカフェインレスコーヒーでは認められなかったことと、茶飲用者でもコーヒーと同様の傾向が認められたことから、カフェインによる作用だと考えられているが、パーキンソン病発症のメカニズム自体にまだ不明の点が多いため、カフェインがどのようにしてその発症に予防的に働いているのかは不明である。ただし、パーキンソン病は主に中脳のドーパミン作動神経の機能異常によって起きると考えられているため、カフェインがA2A受容体を介してドーパミン作動神経に作用していることと何らかの関連があると考えられる47

またコーヒーがアルツハイマー病17や、それを含めた認知症48の発生リスクを低下させるという報告もある。まだ報告件数が少ないものの、複数の疫学調査で、同様の結果が報告されており、今後の追試結果が待たれる。

心血管系疾患(心筋梗塞、脳卒中)との関連

コーヒーやカフェインの摂取が心臓・血管系疾患の原因になるのではないか、ということは、古くから疑われてきたことの一つである。しかし、メタアナリシスの結果によれば、以前の研究結果では確かにコーヒーやカフェインが心筋梗塞のリスクを高める可能性が見られていたものの、近年の一般の人を対象にした追跡調査では、逆に心筋梗塞や脳卒中などによる死亡のリスクが低くなるという、従来の研究結果と矛盾する結果が報告されている20, 49

なぜこのような矛盾が生じるかについては、まだ判ってはいないが、一つの可能性として、心臓に基礎疾患があるかどうかの違いが関与しているのではないか、という説がある49。古い時期の疫学調査では症例対照研究という調査手法が多く用いられており、この手法では予め実際に病気に罹っている人や、何らかの基礎疾患がある人に偏った検証結果になることが指摘されている。これに対して、近年用いられているコホート研究は(研究にはコストと長い期間を要するが)より一般の人の状況を反映した結果が得られると考えられている。コーヒーやカフェインは、一般の人にとって心臓・血管系疾患のリスク因子になるものではなく、むしろ逆に保護的に働くものの、何らかの別の原因で心臓などに基礎疾患を抱えている人に対しては、リスクを高めるのではないか、という仮説が提唱されている。この仮説が本当に正しいかどうかについて、また正しい場合、どのような人でリスクが上昇するのかについては今後の検証を待つ必要があるだろう。

精神疾患(うつ病)・自殺率・心理的ストレスとの関連

コーヒーやカフェインに、「気鬱を晴らす」働きがあることは、古くから経験的に知られてきた。ただし精神疾患としての「うつ病」と、この「気鬱」は必ずしも同じものを意味するものではなく、同一に考えることはできない。むしろ、コーヒーやカフェインの摂取はうつ病の症状の一部(不眠50やパニック発作51)や治療52に悪影響を与える可能性が指摘されており、少なくとも、既に発症・治療中のうつ病患者では摂取を避けるか、少なくとも注意を要することは確かだろう。しかし、その一方で、一般の人を対象とした大規模疫学調査では、コーヒー飲用者でうつ病のリスクが低下するという結果が近年報告され21、今後の研究の進展が注目されている。

また、コーヒーを飲む量と自殺率の関係についての興味深い研究があり、コーヒーを飲まない人に比べて、少量から中程度(8杯/日未満)飲む人は自殺率が若干低いが、それ以上大量に飲む人では却って自殺率が高かったことが報告されている53。これらの現象は、コーヒーの摂取が精神的な心理的ストレスを軽減させる効果から説明できるかもしれない。カフェインにはストレス軽減効果があることが知られているが、一方で、心理的ストレスを感じるとカフェインを含むコーヒーやソフトドリンクの摂取量が増す傾向があること54も知られている。おそらく、カフェインによるストレス軽減効果には限度があり、ストレスが比較的軽いうちは、カフェインの摂取によってそれが軽減されて、うつ発症や自殺のリスクを下げることができるが、過度のストレスの場合は、コーヒーやカフェイン摂取がストレスに応じて大きく増えても、自殺を抑止するには至らず、結果的に「コーヒー摂取が非常に多いヒトで自殺率が高い」結果になるのではないかと考えられる。心理的ストレスは、上述した心疾患リスクなど、他の疾患の重要なリスク因子になることも知られているため、コーヒー摂取によるストレス軽減効果は、ひょっとしたら、健康との関係についての、かなり広い範囲に影響する要素かもしれない。

ただし、コーヒーやカフェインと心理的ストレスの解消や気分(mood)の向上をもたらす効果は、そもそも、カフェインを常用して依存が形成された人で、禁断症状(いらいらや抑うつ気分)が解消されることの影響が大きいのではないかという指摘が、一部の研究者からなされている。このこともあわせて、コーヒー/カフェインと心理的ストレスの関係の解明が今後進展することが大いに期待される。