ビニルカテコールオリゴマー

クロロゲン酸類を加熱すると、上述のクロロゲン酸ラクトン類が生じる反応以外にもさまざまな化学反応が起こります。クロロゲン酸類が加熱によって分解されるとキナ酸とコーヒー酸を生じますが、このコーヒー酸がさらに化学反応を起こすことで作り出される、クロロゲン酸ラクトン類とは別の苦味物質グループが存在することが、2007年にFrankらによって報告されました8。このグループも、非常に複雑な構造を持ったたくさんの成分の混合物ですが、これらはいずれもコーヒー酸をさらに加熱したときに生じる、4-ビニルカテコールという物質が2、3分子集まって結合(縮重合)した分子(オリゴマー17)です。それぞれの分子に正式な化学上の名称はあるのですが、いずれも苦味物質として作用するものなので、本稿ではこれらを「ビニルカテコールオリゴマー」と総称します18

上述のクロロゲン酸ラクトン類は、クロロゲン酸類から1ステップの化学反応でも生成可能であるのに対して、ビニルカテコールオリゴマーの生成には少なくとも数段階の化学反応を必要とします。このため、焙焦反応の中〜後期に比較的多く生成されてくるものと考えられます。また、クロロゲン酸ラクトン類の化学構造からは、その熱分解によってもコーヒー酸や4-ビニルカテコールが生じることがわかります。したがって浅煎り〜中煎りで生成されたクロロゲン酸ラクトン類の一部も、このビニルカテコールオリゴマーに転じることが予想されます。実際にビニルカテコールオリゴマーは、深煎りしたコーヒー、エスプレッソの苦味と似通った味を呈します。ビニルカテコールオリゴマーも、クロロゲン酸ラクトン類と同じくらい強い苦味物質であり、その苦味閾値は20mg/L前後で、やはりカフェインの10〜20倍の苦さを持つと考えられます。ビニルカテコールオリゴマーの研究が開始されて間もないため、実際のコーヒー中における濃度はまだわかっていません。しかしその化学構造などから考えて、クロロゲン酸類から十分量のビニルカテコールオリゴマーが生成されることが予想されますから、実際のコーヒーにおいても主要な苦味成分の一つとしての役割を担っていると考えられます。前(余談:幻の「コーヒーエクソルフィン」)< >次(キナ酸とキナ酸ラクトン)