コーヒーの栄養学

コーヒーを「食品」として栄養学的に見ると、以下のような特徴が挙げられる。

コーヒーのカロリー

コーヒーのカロリーは低く、平均的なブラックコーヒー一杯あたり約4kcal程度だと言われている30。またカフェインの持つ代謝促進作用も考えれば、ブラックコーヒーを飲むことはカロリー摂取という観点からはほとんど無視できる程度だと考えてよいだろう。なお、この代謝促進について俗に「カフェインが体組織中の脂肪を分解するため血中脂質が増加する」と言われているが、血中脂質の増加についてはジテルペン化合物の関与が大きく5、カロリー消費と単純に結びつけて考えることはできない。むしろ現在は、カフェインが中枢神経に作用して交感神経系を興奮させることがカロリー消費の主な原因だと考えられている1

コーヒーの摂取がカロリー消費に及ぼす影響についての研究は複数存在するが、まだ統一した見解は出ていない。カフェイン単独についての研究では、コーヒー一杯分弱に相当するカフェイン(100mg)を食事と同時に摂取すると、一日で75-110kcal程度(ごはん茶碗半分に相当)のカロリー消費亢進が見られるという報告31があるが、コーヒー全体の飲用については、痩身/肥満、男女、運動前後などの違いによって差が出たり出なかったりするなど3、調査結果による食い違いが大きいためである。このため「人によっては100kcal前後のカロリー消費が起こる場合もある」程度に解釈するとよいだろう。

またこれを根拠に「コーヒーはダイエットに有効」と言っている人もいるが、医学的に見ると「一ヶ月程度継続すれば体重などに影響がでることも稀にあるかもしれない」程度のものでしかない。医学的な根拠がほとんど存在しないダイエット法の中においては、まだ根拠がある方であり、また実行も比較的容易で健康上のリスクをほとんど伴わないという点からは評価してよいだろうが、その効果を過信すべきではない。そもそも効果が確実で実行が容易なダイエット法などというものが存在しないからこそ、世間の人々が未だにダイエット法を模索しつづけているのである。

ナイアシン

コーヒー生豆に含まれるアルカロイドの一つであるトリゴネリンは、焙煎の過程で分解されて、ナイアシン(ビタミンB3:ニコチン酸やニコチン酸アミドなど)と呼ばれる水溶性ビタミンの一種になる。ナイアシンはヒト自身が必須アミノ酸であるトリプトファンから合成できるので、厳密なビタミンの定義にはあてはまらない。しかし、その合成に比較的多量のトリプトファンが消費されるため、直接にも摂取することが望ましいと考えられており、成人では一日当たり約15mgが必要量だと考えられている。コーヒー一杯あたりには約1mg当量のナイアシンが含まれており30、その摂取源としての役割を期待することができる29

カリウム

カリウムは野菜や果物に多く含まれる必須ミネラルの一つであり、成人の一日必要量は1.5〜2.0gとされている。コーヒー一杯には100mg弱のカリウム(50%果汁のジュースとほぼ同程度)が含まれる30が、その反面、カフェインによる利尿作用によってカリウムの排出も促される。健常者では腎臓が体内のカリウム濃度を制御しているため、大きな影響を考える必要はないが、一方、腎不全など重篤な腎機能障害によってはカリウムの一日摂取量の上限を定めている場合があり、この場合にはコーヒーの摂取量についても考慮が必要と指摘する専門家もいる29

炭水化物

コーヒーの生豆の約50%は炭水化物からなるが、焙煎による化学変化と抽出効率の問題から、ヒトが栄養源として利用可能な糖としてはコーヒーの抽出液中にはあまり含まれない。一方、コーヒーにはアラビノガラクタンやアラビノマンナンに由来する多糖類やオリゴ糖類が含まれており、これらの成分が体脂肪減少や糖質代謝、腸内細菌バランスに与える影響についての研究も行われている29

コーヒーによる栄養吸収の阻害

コーヒーに含まれるクロロゲン酸類が、鉄イオンやビタミンB1(チアミン)と結合することによって、これらの吸収を妨げるということが古くから報告されており、食事と一緒にコーヒーを飲んだ場合には、それぞれの利用率は50%以上低下するという報告32,33もある。ただしコーヒーを常用している人で貧血やビタミンB1欠乏の発生が増加するということはないため、健常者にとっては問題がない程度の作用であると考えられている。普段から鉄やビタミンB1が不足している人は、これらの栄養素を摂る量を増やしたり、あるいは食事と同時にコーヒーを飲むことを避け、食間に飲むようにするなどの対策が有効だと考えられる。