コーヒーとがんの関係

「コーヒーはがんの発生原因になる」という指摘も、カフェインの毒性と同様にコーヒー有害説の立場をとる人が主張することが多いものの一つである。実際のところはどうなのか、結論を先にまとめて述べると、以下のようになる。

    1. コーヒーがIARC(国際がん研究機関)の発がん性が疑われる物質のリストに入れられていることや、コーヒーに発がん性のある物質が含まれていることは事実である。

    2. ただし、それが即ち「コーヒーを飲むとがんになる」ことを意味するものではない。実際には、コーヒーに含まれている発がん物質の量や強さと、コーヒーにおそらく含まれている発がん抑制作用を持った成分とのバランスで決まると考えられる。

    3. コーヒーと発がんリスクの関係は、がんの種類によって異なる。膀胱がんや肺がんのリスクが上がる可能性が指摘されている一方、肝がん、大腸がん、子宮体がん、口腔・咽頭がん、膵臓がんなどのリスクが下がる可能性が指摘されている。

コーヒーには発がん性がある?

実は、コーヒーはWHO(世界保健機構)の下部組織であるIARC(国際がん研究機関)が公開している「IARC発がん性リスク一覧」において「グループ2B:発がん性が疑われる」に分類されており37、このことがしばしば「コーヒーには発がん性がある」という根拠として取り上げられることが多い。

しかしながら、このIARCの項目には但し書きがあり、

    1. 発がんリスクの上昇は膀胱がんについて報告されたものであること

    2. 大腸がんについては発がんリスクの低下の報告がいくつかあること

    3. それ以外のがんについては発がん性があるとは言えないこと

が補足されている。すなわち、少なくとも膀胱がん以外についてこれを根拠に「コーヒーには発がん性がある」と主張するのは誤りである。では「膀胱がんについてはどうなのか」ということになるが、IARCリストにコーヒーが収載されたのは1991年(Vol.51)のときで、実は1970年代から30年を超える論争が未だに続いており結論が出ていないのが現状である。この状況を受けてIARCは、発がん性が「疑われる」グループ2Bに位置づけている。「疑い」はあくまで「疑い」であって、リストに収載されているからといって、単純に「発がん性がある」というわけではないことに留意されたい。

コーヒーには発がん物質が含まれる?

コーヒーの発がん性についてのもう一つの指摘に「コーヒーには○○という発がん物質が含まれている」というものがある。これについてはどうだろうか?

コーヒーには確かにいわゆる発がん物質が含まれている。焙煎の際に生じるアクリルアミド(IARCグループ2A)をはじめ、カフェー酸、フラン、アセトアルデヒド(グループ2B)、また生豆に生じるカビに由来するオクラトキシンA(グループ2B)、その他メチルグアヤコールや過酸化水素などが、それぞれいわゆる発がん物質候補として考えられている37。つまりその主張自体は正しい。しかしながら重要なのは、これらの化合物がコーヒーに含まれている状態(量など)で、本当に発がんリスクを高めるのかどうかということである。それら個々の物質がどうであろうと、「コーヒー全体としての発がん性」が問題にならなければ、それらを気にする必要はほとんどないと言ってよいだろう。

種類別のがんとの関係

膀胱がん

コーヒーがIARCリストに記載される原因になった膀胱がんについては、依然として発がんリスクが上昇するという報告と、差がないという報告の両方が入り乱れているのが現状である。

近年、これらの結果をまとめてメタアナリシス(メタ解析)という手法で解析された38。その結果、

    1. 一日 4〜5杯以上の大量飲用(heavy consumption)グループでのみ可能性が疑われる

    2. 膀胱がんリスクが元から低い非喫煙者でのみ若干のリスク増加が疑われる

という傾向が指摘された。日本の大規模コホート(JPHC study)においても、非喫煙者の男性でのみ、コーヒーを飲まないグループよりもコーヒーを飲むグループの方が、膀胱がんリスクが高いことが報告されている39。日本では、膀胱がんは主に男性に見られるが、欧米人と比べるとその頻度は少なく(約5分の1)、喫煙が最も大きなリスク因子だと言われている。おそらく、コーヒーの影響は他のリスク因子(人種の違い、喫煙)に比べて小さく、これらの影響が十分に除かれ、かつ大量に飲む場合にはじめて見えてくる程度の、わずかな差だと考えられる40

大腸がん

コーヒーと大腸がんリスク低下の関係は、IARCリストにも特記されており、健康面におけるメリットとして、これまで大きく取り上げられてきた。しかし、その結論は再評価の結果、下方修正され、当初考えられていたほどの効果がないのではないか、とも指摘されている。

1998年にメタアナリシスで解析した結果、コーヒー飲用者で大腸がんの発生リスクが低下することが報告されていた41。しかし、その後、コーヒーと大腸がんの発生に関連がないという疫学調査が複数報告され、これらの研究を受けて、先のメタアナリシスを行った研究者によって再び解析が行われている13。その結果、コーヒーと大腸がんの発生リスク低下に関連があるとまではいえない、というかたちで結論が見直されることになった。ただし、特定の集団(日本人女性など42)においてはリスク低下の傾向が見られており、コーヒーと大腸がん発生リスクの低下は、以前期待されていたほどの普遍的な現象ではないにせよ、一部の人に対しては若干の効果がある可能性が残されている。また、この「特定の集団」「一部の人」が、どんな特徴を持った人の集団か解明できれば、コーヒーの作用メカニズムを明らかにする重要な手がかりになると期待される。

肝がん

大腸がんに対する見解がトーンダウンした一方、他の種類のがんで、ここ数年で、コーヒー飲用者の発生リスクが低下するという報告が、一挙に増加している。その中で、もっとも確からしいと考えられるのは、肝がん(肝細胞がん)との関連である。各国の研究グループから、コーヒー飲用と肝がん発生リスク低下に関連があったという、概ね一致する結果が報告されている。これらの研究結果は、メタアナリシスによる総合的な解析9, 10からも裏付けられ、1日あたりコーヒー1杯につき、肝がんのリスクが約23%低下すると試算された。

日本でも、厚労省研究班の多目的コホート(JPHC study)などで、日本人を対象とした疫学調査が早期に行われ、同様の結果が報告されている43。日本では肝がん発生の最大の危険因子はB型およびC型肝炎ウイルスの感染であるが、これらのウイルス性肝がんについても、コーヒー摂取によって発生リスクが低下することが明らかになった44。これらの疫学調査の結果から、コーヒーを飲むことが肝がんの発生を予防する可能性が強く示唆された。

この作用メカニズムについてはまだ明らかになっていないが、カフェインレスコーヒーでも同様の結果が見られていることや、コーヒー飲用者では肝機能が向上する傾向が見られること45、肝硬変のリスクも低下すること46などから、カフェイン以外の何らかの成分が肝機能を向上させ、肝臓に対して保護的に働く可能性が考えられている。

その他のがん

膀胱がん以外に発生リスクが上がると指摘されているものには、肺がんが挙げられる27。しかし、こちらはまだ十分な数の調査が行われておらず、また喫煙による影響を十分除外した調査が行われているかどうかが疑問視されているため、今後の調査が重要である。

また、それぞれの報告数はまだ少ないものの、女性の子宮体がん14、口腔・咽頭がん15、膵臓がん16など、いくつかのがんにおいてコーヒー飲用と発生リスク低下の関連が報告されている。これらのがんとの関連については、今後さらに多くのグループによって追試され、その関連が確認されていくことが期待される。