嗅覚の個人差と変動

嗅覚は、五感の中でも特に個人差が大きい感覚だと言われています。俗に言う「嗅覚の鋭い人」と「鈍い人」が存在するというだけでなく、嗅覚が鋭いという人であっても、それぞれの匂い物質に対する感受性が異なるため、特定の匂いはよく感じるのだけど、ある匂いに対しては感受性が低かったり、あるいは全くなかったりするような場合も、しばしば見られます。この特定の匂い物質を感知できない状態を「特異的嗅覚脱失」あるいは「嗅盲」と呼びます。味覚の場合と同様、嗅覚の個人差にも、遺伝子多型などの遺伝子レベルでの違いが関与しますが、これ以外にその人の体験や学習など、後天的な要因も影響します。また味覚と同様に、そのときの体調や精神状態なども、嗅覚に大きく影響して変動させることが知られています。

ヒトの嗅覚はきわめて鋭敏で、空気中のわずか数分子の匂い物質も感知することが可能ですが、一方で、感知した匂いにはすぐに「慣れ」が生じて、あまり感じなくなるという特徴があります。この現象は「嗅覚疲労」と呼ばれます。このような、「慣れ」による感受性の低下は、嗅覚以外の感覚でも認められており「感覚疲労」と呼ばれますが、特に嗅覚は疲労しやすく、すぐに匂いに順応して感受性の低下が起こります。例えば、悪臭が充満しているところに居つづけなければならないような状態のときには、もし嗅覚疲労が起こらないと、いつまで経っても悪臭を感じつづけなければならず、精神的なストレスを受けるでしょう。嗅覚疲労は、このようなストレスから自分の身を守るために、進化の過程で獲得されたものだという考え方があります。ただし一方では、最初に感じた有毒ガスの匂いに慣れてしまうことで、却って自分の身を危険に晒してしまう可能性もあるため、嗅覚疲労が持つ意義については、よくわかっていないというのが現状です。

前(嗅覚受容体)<