カフェイン(メチルキサンチン類)

カフェイン(caffeine)は、コーヒーを代表する成分としてもっとも有名なものです。カフェインは、メチルキサンチン類と呼ばれる化合物群に属するアルカロイドの一種で、コーヒーのさまざまな生理作用の原因となる生理活性物質であるとともに、コーヒーの中ではもっとも有名な苦味物質でもあります。メチルキサンチン類には、カフェイン(1,3,7-トリメチルキサンチン)の他に、お茶に多く含まれるテオフィリン(1,3-ジメチルキサンチン)、ココアに多く含まれるテオブロミン(3,7-ジメチルキサンチン)があり、これらもカフェインと似た生理作用と苦味を持ちます。コーヒーにも、カフェインと比べるとその量ははるかに少ないもののテオフィリン、テオブロミンもごく微量含まれています。カフェインの苦味閾値は0.0007 M(約135mg/L)とされますが5、ヒトによってもばらつきがあり、60-200 mg/L程度とも言われています。大体、コーヒー一杯にはこの約10倍濃度のカフェインが含まれていますので(100-150 mg/cup)、十分に苦味を感じるだけの濃度が存在しているといえるでしょう。コーヒーの苦味のうち、カフェインによるものは約10-30%程度だと考えられています 。カフェインが苦味を生じるメカニズムについては、まだよくわかってはいませんが、前章でも触れたように、特定の苦味受容体に結合するわけではなく、苦味細胞内のホスホジエステラーゼと呼ばれる酵素に作用して、その活性を阻害することで、細胞内のサイクリックGMP濃度を上昇させることによるという、受容体下流のシグナル伝達経路に直接作用するためだという説があります6。名前が有名な割に(あるいは有名であるがゆえに)、カフェインについてはさまざまな誤解が広まっています。誤解の一つはコーヒーの苦味に占める割合についてです。しばしばカフェインはコーヒーの苦味成分を代表する、中心的な役割を担っていると言われることがあります。しかし実際には、上述のように、カフェインの苦味がコーヒー全体の苦味に占める割合は約10%といわれており、カフェインを抜いたデカフェ(カフェインレスコーヒー)でも、通常のコーヒーとそれほど変わらない苦味を示すことからもわかるように、カフェインがなくてもコーヒーの苦味は十分成立します。

またもっとも広まっている誤解は、焙煎による変化についてです。これには初期に広まっていた誤解と、それを打ち消すための情報から新しく広まった誤解があり、いわば二重の誤解があるためややこしいことになっています。まず最初に広まっていた誤解は「深煎りの豆ほどカフェインが多い」というものです。これはおそらく、コーヒーを深煎りにするほど苦味が増すという事実と、上で述べた「カフェインがコーヒーの苦味の代表である」という誤解が結びついて生まれたものだと思われます。実際には、焙煎による加熱でカフェインの一部が昇華して失われるため、「同じ豆一粒あたり」について注目すると、カフェインの量は深煎りにしていくほど少なくなります。

ところが、この事実から「深煎り豆ほどカフェインが少ない」ことが、あたかも一般に通用するかのように広まっていますが、これも実は誤解です。深煎りにするまでの間に昇華で失われるカフェインの量は、生豆に含まれていた全カフェインの10-15%程度であり2、浅煎りと深煎りで比べると、たかだか数%程度の違いにとどまります。この程度の違いは、豆の種類やロット間の誤差で隠れてしまう、小さなものでしかありません。また焙煎の過程では、水分やカフェイン以外の揮発性成分の減少に伴う豆重量の減少(=単位重量あたりのカフェイン量は増える)と、豆の膨張による体積の増加(=単位体積あたりのカフェイン量は減る)も同時に起こるため、昇華によるカフェイン量の減少は、これらの変動の大きさに埋もれてしまいます。

もし「同じ生豆を20gずつ、浅煎りと深煎りにそれぞれ焙煎して、出来上がった豆の全量を使ってコーヒーを淹れる」という状況であれば、深煎りの方が、昇華した分だけカフェインが少ないと言うことはできます——それでもわずか数%の差ですが。しかし豆の起源も異なる浅煎り豆と深煎り豆とを並べて、「深煎り豆はカフェインが少ない」と言うのは誤りで、「実際に測ってみないことには、どちらとも判断できない」というのが、科学的にもっとも正しい答えです。また中には「深煎り豆はカフェインが少ないから、カフェインを気にする人におすすめ」というようなことを言う人もいますが、差があるにしてもたかだか数%程度では生理作用に差が出るほどの違いはありませんので、これは全くのナンセンスと言っていいでしょう。結局のところ、カフェインはコーヒーに含まれている全ての成分の中でも、実はもっとも焙煎による変動が起こりにくい成分の一つなのです。

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