味を感じる仕組み

ヒトを含めた脊椎動物は、食物を食べたときに、その食物に含まれる化学物質の一部を口腔内で感知する機構を持っています。これが「味覚」です。味覚は、口 腔内にある味覚受容細胞(あるいは味細胞)と呼ばれる細胞によって知覚され、この細胞が様々な化学物質に応答すると、味覚神経(味神経)を介して、中枢に その情報を伝えます。

味覚は「基本味」とも呼ばれる5つの味質、すなわち、甘味、塩味、酸味、苦味、旨味(うま味)に分類されます。この 他、ヒトが感じる味には辛味や渋味などがありますが、これらは味細胞以外の細胞によっても知覚されることから、味覚とは少し異なる感覚(温覚や痛覚に近い もの)として基本味とは区別され、味覚研究では基本味を対象にしたものがもっとも進展しています。

味覚は、食品の味、ひいては「おいしさ」を決める上で最も中心となる要素です1。 ただし実際にヒトが感じる「おいしさ」には、味覚以外の要素も深く関わっています。特に、味・香り・テクスチャー(食品の材質からくる口触り、食感)は、 食品のおいしさの三要素とも呼ばれ、これらが合わさったものが「風味」として位置づけられ、食品自身が持つ「おいしさ」の重要な要素として近年重視されて います。コーヒーの味については、古くから「味(テイスト)+香り(アロマ)=香味(フレイバー)」という図式で考えることが提唱されてきましたが、これ は「食べ物」とは異なり、飲み物であるコーヒーの場合には、食感(テクスチャー)の持つ意味合いが小さいことによるものだと考えてよいでしょう。この他、 食品の色や形状、咀嚼音なども含め、ヒトの五感のすべてが食品のおいしさの感じ方に影響します。ヒトや動物には味に対する嗜好性、言い換 えると「好き嫌い」が存在します。基本的には、甘味や塩味、旨味は好ましい(=おいしい)味として、酸味と苦味は嫌な(=まずい)味として認識されます。 この認識はその味の元になる化学物質(味物質)の濃度にも依存しており、塩味は低濃度では好ましい味として、高濃度では嫌な味として認識されます。このよ うな味に対する嗜好性は、その食物を摂取することが、その生物にとって有益か有害かということから、生物が進化の過程で獲得した先天的な感覚だと考えられ ています。甘味は砂糖などのカロリー源、塩味はミネラル、旨味はタンパク質など、いずれも生体にとって必須な栄養源に対して、苦味や酸味は、自然界に存在 する毒物や腐敗物など、摂取を避けるべきものに対して、それぞれ反応するシグナルだと考えられています。また、ヒトが通常の生活で摂取することのある代表 的な味覚物質では、苦味物質に対する閾値が最も小さく、微量でも知覚できるのに対して、甘味に対する閾値は大きいということ2も、 このような考えを支持するでしょう。毒物はたとえ微量の摂取でも危険かもしれませんし、カロリー源になるものはむしろあまり微量しか含まないものを食べる よりは、より多くの栄養を含むものを選んで食べる方が効率的です。このように、味の「好き嫌い」にしたがうことで、動物は自然に、自分に必要なものを効率 よく食べ、食べてはいけないものは食べない、という行動を取るわけです。

野生動物や、あるいはヒトでも子供のうちは、味覚の嗜好はこの基 本的な考え方とよく一致します。しかしヒトが大人になるにしたがって、苦味や酸味など、本来は「嫌な味」のものを、逆に「好ましい味」として好むようにな ることもしばしば見られます。特にコーヒーの味は、まさに「苦味」や「酸味」という、本来は忌避されるはずの味を「おいしい」と感じるようになる典型的な 例だと言えます。このように味覚に対する嗜好性は、本人の食習慣や経験などの学習によっても後天的に変化するものであり、食べ物の味に対する好み、言い換 えるとその人にとっての「おいしさ」を決めています。これが「おいしさ」を理解する上での複雑さや、奥深さにもつながっているのです。

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