ジケトピペラジン類

食品によっては、タンパク質の分解産物から生まれるペプチド(数個〜数十個のアミノ酸からなる小さなタンパク質)が重要な苦味物質として働くことが見つかっています。これらは「苦味ペプチド」と総称されますが、この中でも特にたった二個のアミノ酸からなるペプチド(ジペプチド)に、強い苦味を呈するものがあることが発見されました。このペプチドは、通常のタンパク質、つまりアミノ酸が鎖状につながったもの、とは異なり、二個のアミノ酸からなる環状の構造を有しており、ジケトピペラジン類と呼ばれています。

ジケトピペラジン類は当初、チーズが変性した際などに生じる苦味ペプチドの一種として発見されました。チーズではタンパク質分解酵素の働きによってジケトピペラジン類を生じますが、食品によっては加熱加工のときに生じることが知られています。その苦味は構造によっても異なりますが、閾値は10〜200mg/で、カフェインと同程度の苦味のものから、強いものでは20倍程度の苦さであると考えられています。その後ココアや黒ビールの苦味成分としても発見され、特にココアにおいては、このジケトピペラジン類が、テオブロミンと並んで重要な苦味物質であるということが明らかになっています。コーヒーにもココアと近い苦味を持つものがあり、また焙煎という加熱反応を行うものであることから、このジケトピペラジンがコーヒーの苦味物質、特に焙煎後期に生成する、深煎りコーヒーに見られる苦味物質として働いているのではないかということは、以前から予測されていました2。このジケトピペラジンがコーヒーにも含まれていることが報告されたのは、2000年になってからのことです19。コーヒーには、アミノ酸部分としてプロリンを含む5種類のジケトピペラジン類(右図)が含まれていることが明らかになりました。これらは黒ビールの原材料である、焙煎された大麦から見つかった5種類と同じものでした。なおココアにはこの5種類以外にも多くの種類のジケトピペラジン類が含まれていることが報告されています。コーヒーから見つかった、これら5種類のプロリン型ジケトピペラジンの苦味は、いずれもカフェインと同程度で、ジケトピペラジン類の中では比較的苦味の弱い部類に当たります。また、コーヒーの抽出液中にどれだけの濃度のジケトピペラジンが含まれているかはまだ明らかになっていないため、実際のコーヒーの苦味に占める、ジケトピペラジンの寄与については、まだはっきりとはしていません。ただし、加熱によって新しく生成される苦味物質として、ジケトピペラジンが関与する可能性は大きく、コーヒーにおいても重要な苦味成分の一つなのかもしれません。今後、この5種類のジケトピペラジン類の濃度がどれくらいか、焙煎の過程でどう変動するのか、また、これらよりも苦味の強いジケトピペラジン類が存在するかどうかなどの解明が待たれます。

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