「渋み」とタンニン

渋み(渋味)も辛みと同様に、味蕾や味細胞以外の、口腔内全体の細胞によって知覚される感覚であると考えられており、厳密な意味での「味覚」には含まれないとするのが一般的です。辛みが辛み物質と受容体との特異的な結合によって生じる感覚であるのに対し、渋みはむしろ、渋みの元となる物質(渋味物質)が、さまざまな感覚受容体タンパク質に非特異的に結合することでもたらされる、味覚、温度感覚の麻痺と、触覚への刺激(違和感)、そしてそれらに伴って感じる感覚が、一種の「痛み」に近いものとして感知されるものだと考えられています。またこのとき、口腔の粘膜が「縮められた」ような感覚を伴うことから、「収斂(しゅうれん)味」と呼ばれることもあります。渋みに直接対応する英語はありませんが、一般には、この収斂味を意味する"astringency"という訳語が用いられます。

渋みの元となる物質の代表としてはタンニンが知られています。タンニンは、植物の二次代謝産物22と呼ばれるものの一種で、ヌルデにつく虫こぶ(五倍子)や渋柿などに含まれるものが有名です。この他、一部の金属塩やアルデヒド類にも渋みを生じるものがあります。

タンニンは本来水に溶ける化合物ですが、タンパク質などと強く結合する性質を持っており、結合によって水に溶けなくなるとともに、タンパク質を変性させて腐敗などを防止する作用(タンニン活性)があることから、古くから革の鞣(なめ)しなどに利用されてきました。(1)植物が作り出すポリフェノール性の二次代謝産物である、(2)水溶性である、(3)タンパク質やアルカロイド、金属塩と結合して難溶性の塩をつくる、(4)ある程度以上の大きさ(分子量)を持つ、という条件をすべて満たすものがタンニンの定義に当てはまります。ただし、これは「特定の作用を持つ化合物群」に対して名付けられた総称であり、このような名称は、化学の分野などでは近年使われなくなる傾向があります。実際、食品科学などの一部の分野を除いては、より広範囲なものを指す、化学物質の構造に対して名付けられた名称である「ポリフェノール」という言葉が用いられています。ポリフェノールのすべてがタンニン活性を持つわけではないので、ポリフェノールという大きなグループの一部に、以前はタンニンとして分類されていたグループが含まれている、という位置付けに当たります。

食品中の「渋み」として典型的なものは「渋柿の渋み」でしょう。食べた経験のある人はご存知だと思いますが、異物感とも違和感とも付かない強烈な「渋み」が口の中一面に広がり、しかもしばらくの間持続しつづけます。これは、まさしく「口の中が鞣された」状態だと言えます。一方、お茶の味の要素として「お茶の渋み」は重要ですが、こちらは渋柿ほど強烈ではなく、また持続時間も短いため、むしろ渋みを感じた後に「さっぱりとした」後味すら感じられます。お茶に含まれるタンニンとしては、緑茶に含まれるカテキン類(エピカテキン、エピカテキンガレート、エピガロカテキン、エピガロカテキンガレートなど)と、それらが重合した、紅茶に含まれるテアルビジン、テアフラビンなどが代表的です。これらの渋みの強さの違いは、渋味物質であるタンニンの濃度とともに、それぞれどのくらいの強さで、口腔内のタンパク質と結合し変性させるかという活性の強さ(タンニン活性の強さ)によって決まります。

コーヒーの生豆には、五倍子のタンニンと構造的に良く似たクロロゲン酸類と呼ばれるポリフェノールが多く含まれています。ただしクロロゲン酸類はタンニン活性が低いため、一般にはタンニンには分類されていません。クロロゲン酸類は焙煎による化学変化によって、比較的タンニン活性が高い化合物を生じると考えられますが、これらは「植物の二次代謝産物」という定義を満たさないため、これも厳密にはタンニンには分類できません。

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