Ogita2003

Ogita S, Uefuji H, Yamaguchi Y, Koizumi N, Sano H.

RNA interference: Producing decaffeinated coffee plants

Nature: 423:823(2003 (19 June))

世界で初めて、遺伝子組換によりカフェイン含量の少ないコーヒーノキを作出した報告。この研究を行った佐野教授(奈良先端大)はコーヒーノキのカフェイン合成酵素の遺伝子配列を明らかにした人でもある。

現在の遺伝子組換技術を用いれば、特定の遺伝子配列が明らかになれば、ゲノムDNA上での組換を行って、その遺伝子が全く発現しない生物(ノックアウト生物)を作出することは原理的には可能になる。しかし、その作出には多くの試行錯誤と何世代かに亘る掛け合わせのため長い時間が必要になるし、またその遺伝子がその生物の生存や繁殖に必須であった場合は、遺伝子の発現を完全に抑制してしまうことで子孫を残せなくなり、実用が不可能になるという問題点があった。一方、遺伝子の発現を抑えるもう一つの方法として、この数年、急速に注目を集め出しているものにRNAi (RNA interference, RNA干渉)と呼ばれるものがある。これは2本鎖RNAを細胞に導入すると、その配列に一致する遺伝子のmRNA発現を抑制できるという現象であり、近年、十数塩基対という短い2本鎖RNA(siRNA)の導入によって高効率での遺伝子発現抑制を可能にする方法が見つかっている。このRNAiによる遺伝子発現抑制は効率的にはノックアウトに劣るが(元から遺伝子の発現をなくすノックアウトに対して「ノックダウン」と呼ばれる)、従来から行われている他のノックダウン法(アンチセンスを用いる方法等)よりも高効率であり、またノックアウトよりもはるかに作出が容易である(従来の遺伝子導入法がそのまま使える)という利点がある。

この研究ではアグロバクテリウムを使った植物遺伝子組換技術を用いて、カフェイン合成に関わる酵素の一つ、テオブロミン合成酵素に対するsiRNAを、C. canephora(カネフォラ種:俗に言うロブスタ)に導入し、植物体中のカフェイン含量がオリジナルの約3分の1程度のものの作出に成功した。遺伝子組換によるカフェインレスコーヒーは、従来の生豆から抜く方法に比べると香り成分の(カフェイン抽出過程での)損失を免れるという点で期待できる。今回はロブスタを用いた報告であるが、アラビカ種についても現在作出中とのことだ(当然、ノックアウト作成も同時進行で進めているだろう)

最終的にテオブロミン合成酵素をターゲットにしたのはこの実験の一つのポイントであろう。おそらく他のカフェイン合成関連酵素についても発現抑制を試みているはずであるが、その中でテオブロミン合成酵素がターゲットとして有効であったのだと考えられる。

抑制率が70%というのは生体レベルでのRNAiの効果としては、必ずしも低いものとは言えず、別径路が存在するというより一遺伝子のRNAiとしての限界だと考えた方がよさそうである。今回のはまだ結実には至っていないこともあり、豆中の含量は判らないものの、欧州でのカフェインレスの基準にはまだ遠そうだ。合成径路上の別の遺伝子を同時に抑制することは相乗的な効果を得る上で有効かもしれない。

アグロバクテリウムを用いた外来遺伝子導入には特に遺伝子組換に対する風当たりも強いように感じる。その点ではノックアウトにも期待したいところだ。遺伝子組換作物についてはさまざまな議論があるが、科学技術として一つの選択肢を生み出したということは素直に評価したい。

植物学/分子生物学:アグロバクテリウムによる組換、RNAi:世界初の遺伝子組換えによるカフェインの少ないコーヒーノキの作出(重要度★★★★)