においを感じる仕組み

食べ物の「おいしさ」には、味覚(味)以外にも、嗅覚(香り)や触覚(テクスチャー)などが大きく影響します。例えば、風邪で鼻が詰まったときには、あるいは単に鼻をつまんで、空気中から来る香りの情報を遮断しただけでも、味の感じ方はまるっきり変わってしまいます。また、特にコーヒーを語る上では、「コーヒーは香りが命だ」と言い切る人もいるくらいで、「香り」がコーヒーにとって、切っても切り離せない重要なものだと言ってもいいでしょう。

ヒトが香り(匂い)を感じるメカニズム、すなわち嗅覚については、味覚や他の感覚と同じくらいに古くからの研究の歴史がありますが、その全体像は、他の感覚に比べてあまりはっきりとはしていません。これにはいくつかの理由があります。

    1. 香りや匂いの元となる物質(匂い物質)の種類はきわめて多く、数万種類ともいわれる。

    2. 匂い物質は多種多様であり、「5基本味」のように、少ない「基本臭」に分類することができない。

    3. 嗅覚の感受性は極めて高く、空気中にわずか数分子の匂い物質にも反応して、匂いを感じる。

    4. 嗅覚の感じ方には個人差が大きく、またそのときどきによって感じ方が変わる。

    5. 匂いを体系づけて表現するための語彙(苦い・甘いなどに相当)がなく、「○○のような香り」という形式の比喩で表されることが多い。

1と2の理由のため、個々の匂い物質について行われた研究を網羅的に統合しても、カバーできない部分が多いことに加え、3に挙げたように、ヒトの嗅覚の感度があまりによすぎて、ガスクロマトグラフィーなどの分析機器を使って、分析化学的に測ることのできる限界を超えているため、最終的に嗅覚の研究では「実際に嗅いでみてどう感じるか」という方法論に頼らざるを得ません。そして、4、5に挙げた理由によって、そこには観測者の個人差や主観などが入り込みやすいため、どこまでが普遍的に通用する現象なのかがはっきりしません。このため「匂いの全体像」を物質レベルで、化学や生理学などの立場から把握することは難しいと言えます。ただし、1991年に、嗅覚受容体の遺伝子群が発見されたことをきっかけに、嗅覚に関する研究も近年、大きな発展を遂げつつあります。

嗅覚は味覚に輪をかけて未知の部分が多く、科学的に解説しようとしてもどうしても消化不良というか、すっきりしない部分が多いので、触れずにすむのであればすませたいというのが、科学者としての著者のホンネです。それでもコーヒーを語る上では、やはり避けては通れない話題ですので、「ほんの少しだけ」説明させていただきます。

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