カフェインの作用

カフェインがコーヒーを代表する生理活性成分の一つであることは、疑う余地のないものである。単一の 化合物としてのカフェインの作用と、混合物であるコーヒーの作用を同一に考えてはならないが、コーヒーにはその生理作用が現れるのに十分な量のカフェイン が含有されているし、コーヒーの生理作用の多くをカフェインによって説明することが可能である。

作用メカニズム

カフェインは生体内に存在するアデノシン とよく似た構造の分子である。アデノシンは核酸(DNAやRNA)を構成する分子の一つであり、またアデノシン3リン酸(ATP)や環状アデノシン1リン 酸(cyclic AMP)という形で細胞内に存在し、細胞が活動するためのエネルギーとして働くことも古くから知られていた。近年、これに加えてアデノシンそのものが細胞 の外で、細胞同士の情報を伝達する働きがあることが明らかになり、カフェインの作用には特に、この情報伝達系が関連していることが報告されている1, 2, 3

アデノシンによる細胞間の情報伝達は、細胞表面にあるアデノシン受容体と呼ばれるタンパク質に細胞外のアデノシンが結合す ることで行われる。この受容体はアデノシン以外の分子とはほとんど結合しない(特異性を持つ)が、構造がよく似たカフェインはこの受容体に結合しうる。カフェインがアデノシン受容体に結合すると、その受容体にアデノシンが結合できなくなるため、本来伝達されるべきであった信号が伝わらなくなり、結果として アデノシンの作用が抑制されることになる。アデノシン受容体はさまざまな細胞の表面に発現しているが、その中でも特に脳のドーパミン作動神経と呼ばれる興 奮や覚醒状態を司る神経細胞には、A1受容体、A2A受容体という2種類のアデノシン受容体が多く発現しており、普段はアデノシンがこの神経の働きを抑制している。これに対 してカフェインが「抑制の抑制」を行うことによって、カフェインは中枢神経を興奮させる4。これが眠気覚ましや疲労感の軽減、計算や記憶能力の亢進など につながる。さらにこの中枢神経の興奮によって交感神経系が興奮して、交感神経終末からのノルエピネフリン(ノルアドレナリン)の放出が上がり、血圧の上昇や代謝促進など、全身性にも興奮した状態になる。

この他、カフェインにはフォスフォジエステラーゼと呼ばれるcyclic AMP分解酵素を阻害することで細胞活動を高めたり、骨格筋のカルシウムイオンに対する反応性を高めて運動負荷を低減させるなどの作用があり、これらが総合的に働くことで総論に示したようなさまざまな急性作用を発現させる1, 2

カフェインの安全性

コーヒーの有害性を強調する人の中には、カフェインが医薬品であり毒性が高いことを指摘する人がいる。また環境問題を議論する人も、いわゆる環境汚染物質の毒 性と比較するために「身近だけど毒性の高い物質」としてカフェインを取り上げて説明することがある。これらはしばしば「コーヒー(カフェイン)有害説」の 根拠として用いられるが、実際のところはどうなのだろうか?

カフェインは確かに日本薬局方に収載された医薬品5であり、その半数致死量 (LD50)は約200mg/kgである。この数値は「医薬品の中では」比較的高い部類に属するため、高濃度高用量のカフェインを含む(0.5%以上また は一容器中に0.25g以上)など、定められた基準値を超える医薬品については、薬事法上の劇薬として扱われている。これはまぎれもない事実である。し かし、これをもって単に「カフェインは劇薬である」と主張したならばそれは誤りであり、あくまで「高濃度高用量を含む医薬品」についてのことであると反論 するべきである。また「劇薬」という用語はあくまで医薬品としての使用を前提としたものであるため、コーヒーを「食品として」扱う場合にはそもそも規制の 対象外にあたる。また医薬品(ヒトに用いることが前提のもの)としては比較的毒性が強いカフェインも、「一つの化合物として」見ればその毒性はありふれた 程度のものであるため、危険「物」としての毒物、劇物のどちらにも該当していない。あくまで医薬品としての規制であることに留意されたい。ただし近年、い わゆる健康食品を名乗る商品に対しても規制を強化すべきであるという論調が高まっているため、今後の動向については注目が必要だろう。だがいずれにしても カフェインそのものを後から添加するなどせずに「普通の」コーヒーを扱っている限りは、このような規制について気にする必要はないと思われる。

た だし、医薬品であるかないか、劇薬であるかないかとは別の問題として、カフェインの摂取については量的な面で注意が必要でもある。カフェインを過剰に摂取 する(1回1g以上)と頭痛や不安、振せん(手足の震え)など急性の副作用が現れることがある。この急性の副作用は「カフェイン中毒 (caffeine intoxication)」と呼ばれる(精神障害の診断と統計の手引きDSM-IV-TRの305.90に分類される)。さらに過剰に摂取すると(5〜 10g)生命に関わる場合があるとされる。ただしこの量については個人差も大きく、30gを摂取しても生き残った例や、重篤な肝機能障害がある人で1gの 摂取で死亡した例も報告されている1, 2。なお日本では、医薬品の場合「極量」という、治療上の有用性と副作用の両方を考慮した「ほとんどの人にとって安全かつ適正な利用の上限値」が指標とし て設けられており、カフェインの場合、一回極量が0.5g、一日極量が1.5gとされている5。これが「治療」という明確に意義がある場合の指標である ため、「嗜好」という、これよりも意義の弱いものについてもこれ以下に抑えるのが安全であろうと考えられる。コーヒー一杯あたりのカフェインの量にはばら つきが大きく、30〜150 mg/cup(平均100〜120前後)程度だと言われているが1, 6、この例から急性作用だけを考えれば、一回(ごく短時間のうち)に平均的なコーヒーを3〜4杯程度までは「ほとんどの健常な人に安全かつ適正」で、 5〜6杯からは副作用が表れる場合があると言えるだろう。一日あたりでは、この3倍程度が「極量」的な目安となるだろう。

→参考

飲料・食品中のカフェイン含量

付記:「コーヒーの健康的な飲み方」の目安

一方、長期間に わたってカフェインを摂取する場合についての慢性的な副作用については、医学上はほとんど問題がないと考えられている。習慣性(カフェイン依存症 caffeine addiction)などについてはすでに総論で述べた通り軽微なものであり、例えば禁煙することに比べてカフェイン断ちははるかに容易であるためであ る。なお翻訳上の問題から、このcaffeine addictionを「カフェイン中毒」と訳して、先に述べた急性毒性と同様に医学上の問題であるかのように論じる人も見受けられるが、この両者は混同す べきではない。caffeine addictionを問題視しているのは、医学関係者では今のところ、むしろ少数派である。特に中枢神経に対して、カフェインは耐性を生じないため「飲み 続けているうちに効かなくなる」ことはほとんどないと言われている(そのように感じられる場合、例えば慢性的な睡眠不足などの別の原因が先に考えられ る)。一日300mg(3〜4杯程度)以上を常用している人では摂取を止めた際にカフェイン禁断頭痛を訴える場合があるが、これも数日で治まるため、医学上問題視されることは少ない。

以上のような副作用が気になるものの大量に飲みたいという人については、味覚的な問題はさておき、カフェイ ンレス(デカフェ)の利用も勧められるだろう。なお近年「浅煎りはカフェインが多く、深煎りでは少ない」という話が流れているが、実際のところ豆自体に含 まれるカフェインの減少量はわずか数%であるため6、薬理的には両者に違いがあるというのは大きな誤解である(ビタミンC 1000mg入りの錠剤と 1050mgの錠剤に大した違いがないことと同じである)。実際は豆自体の含有量のばらつきや使用する粉の量、抽出法の違いによる影響の方が大きいが、い ずれも確実性に欠けるため、健康上の理由などからカフェインを避けてコーヒーを楽しみたいのであればカフェインレスにするのがいちばん確実である。

→参考

カフェインレスコーヒー