コーヒーと健康

この文書は、全日本コーヒー商工組合連合会発行の「コーヒー検定教本」(2011年度版)に寄稿したものを、一部改訂したものです。

「コーヒーがヒトの健康にどのように関わるか」は、古くから世界的に関心を集めてきたテーマの一つである。しかしコーヒーにまつわる知識の中でこれほど正しい理解がされていない分野はないと言えるほど、世間にはコーヒーと健康に関する内容には善悪両面のさまざま誤解や風評が蔓延している。一方で科学や医学の研究領域、いわば「専門家」の間でも、コーヒーと健康の関係は、さまざまな疾患との関係について善悪両面からの論争が長い間続いているが、1990年以降に多くの研究が重ねられ、その論争の収束点がようやく見えかかる段階に来ている。もちろんまだ「結論」を出すには時期尚早であるが、「現時点(2011年)での専門家の意見がどうなっているか」という小括を紹介するとともに、各論としてそのいくつかをとりあげながらこれまでに言われてきた世間の誤解や風評についても解説を行いたい。

総論:「コーヒーを飲むとヒトはどうなるか」

「コーヒーを飲むとヒトはどうなるか」についてこれまでに判っていることを、急性作用と慢性作用とにわけてまとめると以下のようになる。

急性作用

コーヒーを飲んだ後、数分から数時間(せいぜいでもその日のうち)に出てくる代表的な作用には以下のものが挙げられる。

    1. 中枢神経興奮作用(眠気覚まし・計算力記憶力の賦活化/不眠・不安)1, 2

    2. 骨格筋運動亢進作用(疲労感の回復/振せん、痙攣)1, 2

    3. 胃液分泌促進(消化促進/胃粘膜障害)1, 2

    4. 利尿作用1, 2

    5. 代謝促進1, 3

    6. 血圧上昇1, 2

    7. 血中コレステロール増加4, 5

    8. 大腸ぜん動運動の亢進(便通改善/下痢)6

これらの急性作用はそれ自体が「体に良い/悪い」というものではなく、括弧内に示したようにケースバイケースでよくも悪くもなるという捉え方をされるべき である。例えば、中枢神経興奮作用によって目がさえることはこれから徹夜仕事をするときには有益かもしれないが、これからぐっすり眠りたいというときには 邪魔であるように。また、これらの急性作用はあくまで一過性のものであり、摂取後の時間経過により正常に戻るものであり、長期的な作用とは関連しない。例 えば、コーヒーを飲んだ直後には血圧が上がるが、かと言って、コーヒーを飲み続けている人に高血圧患者が多くなるというわけではない。通常健常者にとって は、よほど普段飲む量から逸脱した大量を一時に摂取しない限りは、健康上の被害を考える必要はまずないが、そのときの体調や特定の疾患などによっては摂取 に注意が必要な場合がある。

このうち、(1)〜(6)についてはコーヒー中のカフェインがその主な活性本体だと考えられている1,2。胃液分泌(3)には、カフェイン以外にもクロロゲン酸類などが分泌を促進する一方で、深煎りで増加するN-メチルピリジニウムが分泌を抑制することが近年報告され7、これまで経験的に知られていた「深煎りの方が浅煎りよりも胃に負担が少ない」という巷説を説明する有力な仮説になっている。血中コレステロール増加(7)については、コーヒー中のジテルペン化合物(カフェストールとカーウェオール)が活性本体である5。大腸ぜん動運動促進(8)はカフェイン以外の成分による作用だと考えられているが、その活性本体はまだ判っていない6

慢性作用

コーヒーを長期間摂取しつづけるとヒトはどうなるか、ということについて、

習慣性

コーヒーには軽度の精神依存性(カフェインによる)があり、飲用者は習慣的に常用する傾向がある1,2。ただし必ずしも摂取量の増加は伴わない。これはアルコールやタバコ、あるいは麻薬などと異なり耐性を生じにくいためと考えられている。また長期飲用者が急にやめると頭痛(カフェイン禁断頭痛)を訴える場合がある(2〜5日程度継続する場合があるが特に問題なく治まる)。これらのことは通常は、特に問題ない程度の習慣性だと考えられている。

疾患リスクとの関係

コーヒーを常用している人としない人で特定疾患の発症リスクを検討した報告は数多い。しかし、その多くは未だ論争中であり、結論は出ていない。

発症リスク低下(ほぼ確証)

2型糖尿病8・肝がん9,10・パーキンソン病11, 12

リスク低下の報告あるが論争中

大腸がん13・子宮体がん14・口腔・咽頭がん15・膵臓がん16・アルツハイマー病17・胆石18・脳卒中19・心血管系疾患20・うつ21

リスク上昇の報告あったが後に否定された22

高脂血症・膵臓がん・心不全・十二指腸潰瘍

リスク上昇の報告あるが論争中

関節リウマチ23・高血圧24・骨粗鬆症25・膀胱がん26・肺がん27

発症リスク上昇(ほぼ確証)

流産リスク(妊娠初期の大量飲用による:ただし2-3杯/日以内は問題ない)28, 29

上述した項目のうち、リスク低下がいわゆる「いい効果」、リスク上昇がいわゆる「悪い効果」である。複数の異なるグループの調査結果を総合してほぼ統一した見解が得られ、なおかつ医学的、科学的にも信頼性のある学術雑誌に掲載されたことがあるものについて「ほぼ確証」とし、調査ごとに結果のばらつきが大きいものや報告件数がまだ少ないものについては「論争中」としている。

4番目のグループ(リスク上昇の報告があるが論争中)のものが未だに多いことに驚かれる人も多いかもしれないが、20年ほど前にはこれに加えて「後に否定された」とするものを含めたものまでがリスク上昇の論争中のものであり、今はまだそれが否定されている途上の段階だと理解していただきたい。特に2000年以降は、単にコーヒー飲用/非飲用という比較だけでなく、一日あたりの飲用量との関連も調べた研究が増えており、4番目、5番目のグループについても、一日2杯以下の場合ではほぼ否定されていると言ってよい。現在はそれよりも多い場合の因果関係について論争が行われているが、このうちのいくつかについても将来否定されていくことが予想される。

なお、新聞やオンラインニュースでは、しばしばこの手の論文を元にした記事が載ることがあるが、疫学調査という研究手法の性質上、単回の調査だけでものを言えるというわけではないことには注意が必要である。

以下の各論では(1) ヒトを対象とした、複数の調査結果で一致した傾向が見られること、(2) 調査結果ごとにばらつきが見られる場合には、それらを総合評価(メタアナリシスやシステマティックレビューと呼ばれる)して結果が得られていること、などを基準に、現時点である程度の信頼性が確保されている内容について紹介する。

将来への展望

総合リスクを評価する時代へ

近年の疫学調査によって、コーヒーと各種疾患リスクとの関係の解明は飛躍的に進みつつある。糖尿病、肝がん、パーキンソン病などのリスク低下が見られる一方で、膀胱がんや流産リスクの増加が指摘されている。これまで「コーヒーが健康にいい」と主張する人の多くは、そのメリットだけを強調してお茶を濁してきた。しかしそのようなやり方では通用しなくなる時代が、おそらくもう間近に迫っている。この「次の時代」に求められるのは、どのような説明の仕方だろうか?

その答えの一つが総合的なリスク評価である。個別の疾患だけに注目するのではなく、リスクの上がる疾患、下がる疾患など、メリットとデメリットの両方を含めた情報から「コーヒーを飲むとヒトはどうなるのか?」を総合的に評価する必要がある。

「総合的に評価する」と言っても、単にリスクが上がる疾患と下がる疾患の数や、リスクの増減だけを比較すればいいというものでもない。例えば、「疾患A」「疾患B」の二つの病気について、コーヒーを飲む人では疾患Aのリスクが80%(相対リスク0.8)に下がり、疾患Bのリスクが3倍(相対リスク3.0)に上がった、という研究結果が、別々に発表されたと仮定してみよう。これらの情報だけからでは一見、デメリットの方が大きいと感じるかもしれない。だが、Aが日本で年間あたり1万人の人が発症する病気であるのに対して、Bが年間10人しか出ない病気だったとしたらどうだろうか? 影響を受ける人の数(2000人: 20人)から言えばメリットの方が大きい。しかし、さらにどちらも年間1万人の人が発症する病気で、Aは命に関わることが多くて有効な治療法もなく、Bは薬を飲めば治る病気だったとしたらどうだろうか?…このように考えていくと、「総合リスク評価」は決して簡単なものとは言えないことがわかる。だが、こういった方向こそが「コーヒーと健康の関わりを明らかにする」上で本質的な作業だと考えられる。

では、その「コーヒーと健康の総合リスク」には、どういう評価が下されることになるだろうか?……残念ながら、現在までに得られている研究結果だけでは、十分に信頼できる結論が得られる段階にはない。ただしいくつかの研究から、控えめに言ってもメリットの方が若干大きいのではないか、と期待される結果が得られている。アメリカで行われた18年以上の大規模追跡調査(コホート研究)の結果からは、コーヒーを飲む人の方が調査期間中の総死亡率(特に心臓疾患による死亡)が低かったことが報告55されており、これと類似の結果が日本の大規模コホートの一つ (JACC study) からも得られている56。またJACC studyでは総がん発生との関連についても報告57しており、有意な差は認められなかったものの、コーヒーを飲むグループでは、がん全体についても若干のリスク低下傾向が見られた。また、あくまで概算ではあるが、日本のがん発生件数から試算しても、膀胱がんや肺がんに対するリスク増加があったとしても、他の種類のがんに対するリスク減少でほぼ帳消しになるか、むしろ少し「お釣り」が来るのだろうと予想される。これに加えて、糖尿病やパーキンソン病・アルツハイマー病や認知症など、現在まだ予防や対策が困難な難病のリスク低下が期待できることの意義は大きい。

以上のような情報から判断すれば、コーヒーの長期的作用にも「いい面」「悪い面」の両方があるが、「いい面」の方が勝っているのではないだろうか。ただし、もちろん上述した話を「コーヒーを飲みさえすれば(後はどんな不摂生な生活をしても)健康でいられる」などという、都合のいい解釈にすりかえてはいけない。それに「いい面」が勝っているとは言っても、そこまでの大差というわけでもないだろう。そもそも味や香りを楽しむコーヒーで、あまり「健康にいい」という部分だけを強調しすぎるのも、そればかりを追求されるようになってしまうかもしれず、「嗜好品」としては考えものかもしれない。

残された課題と問題点

長期のコーヒー飲用と疾患リスクの関係について論じてきたが、「相関関係」は明らかにされているものの、その「因果関係」が証明されているわけではないことには、十分な注意が必要である。疫学調査(症例対照研究、コホート研究)の結果が示すのはあくまで相関関係、いわば「単なる状況証拠」にすぎない。「コーヒーを飲む人(グループ)で、○○の発症リスクが高い/低い」ということは言えても、「コーヒーを飲むと、○○の発症リスクが上がる/下がる」ということは証明できる段階にはない。後者のような「因果関係」を証明するためには、介入試験(RCT:ランダム対照試験、二重盲検定など)と呼ばれる、ヒトを対象にした実験が必要になる。しかし、コーヒーのようにありふれた飲み物について長期間の介入試験を行うことは容易ではなく、これまでほとんど実施されていないし、おそらく今後もほとんどの疾患で難航することが予想される。

この「介入試験が行われていない」ことが、健康上の効果を主張する上で非常に大きな瑕疵であることは認識しておいてほしい。通常、医学分野の「本当の」専門家であれば「介入試験の結果、効果がない」ものについては取り合わないし、「介入試験が行われてすらいない」ものなど論外だ。ただし、このような批判については、それを受け入れた上で、下記のように説明することは可能かもしれない。

    • コーヒーについては、あくまで「複数の疫学調査で確かめられた(状況証拠からは可能性が極めて濃厚)」という研究途中の段階である。この段階で有力な証拠が得られたからこそ、介入試験までを行う意義があると示された。介入試験の実施が「今後の課題」である。

    • また、タバコと健康被害の関係についてなど、極めて濃厚な状況証拠があって、介入試験が困難(倫理的に実施困難など)なものが、十分な関係性があると認められているケースはある。コーヒーもそれと似たような状況にある。これは決して証明の代わりにはならないが、一つの説明材料に使えるかもしれない。

この他、最近の流れとして、従来よりも高濃度のカフェインを含むドリンク剤が発売され、これらを妊産婦や子ども、青少年が服用するケースが世界的に問題視されつつある。このため、国によっては食品中のカフェイン含有量の表示義務化やなど、監視や規制の動きが世界的に強まってきている。コーヒーやお茶、チョコレートなどに含まれる程度のカフェイン量であれば、今のところ、大きな問題とは捉えられてはいないが、国によってはカフェインの一日総摂取量の目安が提唱されているところもある。また近年、パニック症候群の患者など「カフェイン摂取自体が問題になる」人や、「カフェイン断ち」でカフェイン禁断頭痛を味わった人などが、自分の「実体験」をインターネット上のブログなどで公開するケースも増えているようで、「カフェイン=悪玉説」が口コミによって再燃することも危惧される。

近い将来、これらの動きが偏向的に、あるいは中途半端な情報がメディアに取り上げられると、カフェインやコーヒーに対し、一種の「風評被害」が及ぶことが懸念される。そのときに備えて、以下のような説明の例を挙げておきたい。

    • 確かに、妊産婦や子ども、パニック症候群患者などカフェインの摂取に特に注意が必要な人もいる。しかし、それ以外の多くの人にとって、コーヒーに含まれる程度のカフェインは健康上の問題にはなっていない。

    • コーヒーやカフェインには、(a)短期的な作用(美味しさや爽快感/副作用)、(b)中期的(やや長期)な作用(カフェイン依存、禁断頭痛などの問題)、(c)長期的な作用(諸疾患のリスク低下/一部疾患のリスク上昇:おそらく総合的にはメリットが大きい)がある。カフェイン禁断頭痛は、個人が実感しやすい副作用の一つだから大きく捉えられがちかもしれない。しかし、そういう「判りやすい」中期的なデメリットだけに目を奪われて、「判りにくい」短期・長期のメリットに目を向けないのは、正しいことだろうか?

まとめ:「コーヒーの健康的な飲み方」とは

医者や薬剤師などを目指して薬理学を学ぶ者ならば誰でも、必ず最初の時間に教えられる言葉に「万物は毒となりうる。量だけが毒になるかどうかを決める」というものがある。「薬学の祖」の一人でもある、中世の錬金術師パラケルススが残した言葉だ。もっと噛み砕いて言うならば「過ぎたるは猶及ばざるが如し」「何であれ、摂りすぎは体に毒」と言ってもよい。コーヒーに限った話ではなく、何事にも「その人にとっての適量」というものが存在するというのは、揺るぎがたい事実であるし、薬学を学んでないほとんどの消費者もそのことを経験的にいわば「常識として」知っている。「コーヒーは健康にいい/悪い」という一面的な考え方をする以前に、もう一度その考えに立ち戻って常識的に考えることが重要である。すなわちコーヒーも飲む量によって、よくも悪くもどちらにもなる。だからこそ「健康的な飲み方をする」ことを考える必要がある。

ではコーヒーの場合、どこまでが適量でどこからが摂りすぎなのか。この問いに対する答えは、正確を期すならば「飲む人によって異なる」としかいいようがない。例えば、ヴォルテールのように一日10杯を飲み続けた人もいれば、バルザックのように1日60杯飲んだという伝説を残したものもいる一方、「たかが1杯のコーヒー」で体調を崩す人がいるというのもまた事実であるからだ。しばしば見落とされているが、コーヒーも若干ながらそれなりに「飲む人を選ぶ」飲み物なのである。とはいえ、一部の過剰な「健康信奉者」の主張に見られるように、このような極端な事例を根拠に「コーヒーは飲むべきではない」と過度に意識しすぎるのもバランスを欠いた考え方である。コーヒーはアルコールやタバコに比べれば遥かに気にする必要のない部類のものであるからこそ、未成年などにも門戸が開かれた嗜好品としての現状がある。あくまでこのように、個人差が大きいという前提のもとで、では大体どれくらいの数値が目安になるかを、タイプ別にまとめて本稿の最後に示す。

「コーヒーは健康にいい/悪い」ということを考えるとき、「そもそも健康とは何だろうか?」ということに思いを巡らせてほしい。WHOが発表した定義58によると「健康とは単に病気あるいは虚弱でないというだけでなく、肉体的、精神的、社会的に完全に良好な状態を指す」とある。近年よく耳にする言葉に「クオリティ・オブ・ライフ(Quality of Life)」というものがあるが、これもWHOの定義によく似た考え方で、「ただ単に『生きている』ということだけで満足するのではなく、質の高い人生を送ることを重視しよう」というものだ。本稿では病気とのリスト関係を中心に解説してきたが、実はそこだけに着目しても、真の意味でコーヒーと健康の関連を考えているとは言えない。コーヒーが嗜好品として、人生に愉しみと潤いを与えるという点こそをもっと大きく評価しなければならない。コーヒーはまさに「クオリティ・オブ・ライフ」を高める飲み物として、我々愛好家の「健康」に大きく貢献していると言っていいのではないだろうか。