味覚感受性の個人差

味覚には個人差があり、味の好き嫌い(嗜好性)は人によって異なりますが、それとはまた別の問題として、味覚の鋭さ、言い換えると味覚の感受性にも個人差があります。味覚の感受性も、嗜好性と同様に、その人の食習慣や経験などによって後天的に変化しうるものですが、それとは別にその人が生まれもった、遺伝子レベルでの違いも存在するということが、味覚受容体遺伝子の研究から明らかになっています14

味覚受容体の遺伝子に変異があると、その受容体と反応するリガンドとの結合性(親和性)が変わることがあり、これによって閾値が変わります。例えば、マウスではT1R3の変異によって、甘味の感じ方が系統ごとに異なることが知られています。またネコは甘味を感じないことが知られていますが、これはT1R2の遺伝子が変異した結果、正しく受容体として発現しなくなっているためです。またヒトでも、特定の味物質を感じない人がいるということが報告されており、このような現象を「味盲」と呼びます。ヒトでは苦味物質の一つであるフェニルチオカルバミド(PTC)に対する味盲が有名で、その受容体であるT2R38の変異によることが判明しています。

ヒトそれぞれにゲノム上の遺伝子には、もともと小さな違い(変異)が無数に存在しています。これがそのヒトの個性を決める上での先天的な要因の一つになっているのですが、特定の地域に暮らしているヒトや特定の人種などのグループと、他のグループとの間で、ある遺伝子を比較したときに、そのグループごとで変異のパターンが似通っていることがあります。これを遺伝子多型と呼びます。遺伝子多型は、その違いによって特定の疾患への罹りやすさが異なることなども報告されており、医学上でも大きな関心を集めているものですが、味覚感受性の違いにも、この遺伝子多型が関わっていることが知られています。特にヒトの苦味受容体には、人種やその地域での生活環境に応じた遺伝子多型があり、それぞれどのような苦味物質と良く反応するかが異なっていることが報告されています。これはそのヒトの先祖が、その地域で暮らしていく上で、どのような「毒」にあたるものと接する機会が多かったのか、また、どのような「毒」を見分けることが、その地域で生き延びるために必要であったのかを反映しているのではないかと考えられています。

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