5つの味質を区別する仕組み

味覚には5つの基本味があり、これらを味細胞は別々に感知し、それが複雑に組み合わさることで、我々はさまざまな食品の味を感じます。では、この「基本味」の違いは、どのようなメカニズムで区別されているのでしょう。

これは味覚研究の中で、いくつかの考え方が提唱され、対立する仮説同士での論争が起こってきました。代表的な仮説としては、以下のような考え方があります。

A 担当する味の種類は舌の部位ごとに決まり、分担されている。

B 舌の部位による差はないが、担当する味の種類は味蕾ごとに決まっていて、一つの味蕾は一種類の味に特化している。

C 舌の部位や味蕾による分担はなく、一つの味蕾は5つの基本味のすべてに対応する。

一般にはこのうち、Aの仮説が広まり信じられてきました2。もしかしたら皆さんの中にも、図の左に挙げたような「味覚地図」3をどこかで見たことのある方も多いかもしれませんが、これがAの仮説にあたるものです。しかし、この「味覚地図」は1990年頃にはすでに否定されており、現在では間違っていたことが判明しています。領域を支配する神経系の違いから、味の感受性には多少の差があり、例えばうま味や酸味のシグナルなどは舌奥から(舌咽神経)の情報が強く伝達されるということなども知られていますが、一般に信じられていたように基本味で完全に分担されているわけではなく、どの領域も多かれ少なかれ、すべての基本味の伝達に関与するということがわかっています。さらに味蕾ごとに味の分担があるというBの仮説についても、遺伝子レベル、細胞レベルの解析が進んだ結果否定され、現在はCの仮説が正しい、すなわち一つの味蕾が5つの基本味のすべてに対応していることがわかっています4

では、その「一つの味蕾」はどのようにして5つの基本味に対応しているのでしょうか。一つの味蕾には複数の味細胞が存在して、味神経を介して脳にシグナルを送っていますが、それが何らかの形で味の種類を区別しているはずです。この仕組みについても、いくつかの考え方、仮説が立てられました。

    1. 一つの味細胞は一種類の基本味の受容に特化しており、またそこから、その味に特化した味神経につながっており「一種類の味」の情報として脳に伝える5

    2. 一つの味細胞が複数の基本味を感知する。このため、そこから伸びる味神経も、一本で複数の基本味が混じった情報として脳に伝える6

    3. 一つの味細胞は一種類の基本味の受容に特化しているが、味神経は基本味に特化していない。つまり、異なる基本味に特化した味細胞が同じ味神経につながっていて、一本で複数の基本味が混じった情報として脳に伝える6

    • これらの仮説についても、現在は、C-1のモデルが正しいことが証明されています。これには、近年相次いで報告された、味覚受容体の発見が大きく貢献して います。味覚受容体そのものについての詳しい解説は次の節で行うこととして、その証明の概要についてだけ大まかに述べると、以下のようになります。味細胞上端の細胞表面(細胞膜上)には特定の味成分と結合するタンパク質(味覚受容体)が存在し、甘味受容体を持つ味細胞は、苦味や旨味、酸味など、他の味に対する受容体を持たない。他の受容体でも同様(=一種類の味の受容に特化していることの証明)

    • 甘味受容体だけを欠損した遺伝子組換えマウスでは、甘味に対する応答だけが失われ、他の味の知覚には全く影響しない。他の受容体でも同様(=味神経が「混じった情報」でなく、一種類の味に特化した情報を伝えることの証明)

以上をまとめたものが右の図で、これが現在信じられている「味覚を区別するメカニズム」に当たります4