コーヒー:「味」の化学
前章では「味」の感じ方について、食品全般に適用できる一般的な立場で考えてきましたが、ここでは「コーヒーの味」に絞って考えてみたいと思います。
右の図は、前章で示した「おいしさ」を決める要素を、コーヒーに当てはめたものです1。太字で、かつ大きく示した要素ほど重要であることを意味します。他の食品の場合と同様に、コーヒーのおいしさを決める要素は、コーヒー自身の要素と、飲む人側の環境要因とに大別できます。コーヒー自身の要素として、五感に訴えかけるさまざまな要素が影響しますが、もっとも重要なのは「味」と「香り」、すなわち香味(フレイバー)です。一般的な食品の場合、「味」「香り」「テクスチャー(食感)」が食品自身の「風味」として、おいしさの三要素になりますが、飲み物であるコーヒーの場合、「舌触りのなめらかさ」や温度などの要因も影響するとはいえ、触覚的な要素が占める重要性は、他の食品と比べると相対的に低いと考えられます。コーヒー単独(ブラック)で飲むことを考えて味の各要素に着目した場合、5つの基本味の中で最も大きなウェイトを占めるのは苦味です。酸味がこれに続き、甘味もまた、特に「良質なコーヒー」の持ち味として、コーヒーの味のバランスに関与します。一方で、塩味やうま味は、コーヒー自体の味にはほとんど関与していないと考えていいでしょう。基本味以外の味要素では渋みや、場合によっては、より強い不快味であるえぐみが、どちらかというとコーヒーの味を損なう要素として関与します。辛みはほとんど影響しません。また、味の持続性や広がりに関わる要素である、キレ、後味、コクなどは、コーヒーの味を決める上で非常に大きなウェイトを占めており、これらがどのように働くのかを抜きにして、コーヒーの味を語ることはできません。香りもまた同じくらい、あるいはそれ以上に重要な役割を果たしていると言えます。この他、舌触りなどのテクスチャーや温度などの触覚に関わる要素、コーヒーの色合いや見た目などの要素なども一部影響します。これらの要素について、それぞれ詳しく考えてみましょう。コーヒーの苦味