コーヒーの酸味

世間一般には「コーヒーの酸味」というのは、あまり認識されていない部類の味だと思われます。またコーヒーの酸味について語られている場合も、劣化したコーヒーの持つ酸味を指していることがあり、この場合あまり良い味とは捉えられてはいません。しかし良質なコーヒーはほどよい酸味を持っており、この酸味と苦味のバランスが全体の味を決めると言っても過言ではない、コーヒーにとって重要な「良い味」の要素だと言えるでしょう。

味覚についての章で述べたように、酸味の実体となるものは水素イオン(H+) です。硫酸や塩酸、酢酸など、皆さんがよく名前を耳にするだろう「酸」は、いずれも水に溶けたときにイオンの形に解離して、水素イオンを放出するという共 通点を持っています。この「水に溶けたときに水素イオンを放出する」という性質は、化学の分野における「酸」の定義の一つに当たりますので、以後、本稿 で、単に「酸」もしくは「酸味物質」と呼んだ場合、この性質を持つものを指すことにします24

コー ヒーが酸味を生じさせるということは、コーヒーにはこのような「酸」が含まれていて、水にとけた時に水素イオンを放出しているということを意味します。 コーヒーに含まれる酸味物質には、クロロゲン酸類のように生豆の段階から含まれているものもありますが、生豆中ではカリウム塩などのかたちで存在する場合 も多く、この状態では水に溶けても、水素イオン濃度はあまり高く(pHが小さく)はなりません。しかしコーヒーを焙煎すると、加熱によって起きる酸化反応 の結果、コーヒー中には新たに有機酸が生成し、これがコーヒーの酸味の元、すなわち酸味物質として働くのです

この酸味の強さは、コーヒー抽出液の水素イオン濃度(pH)の変化と概ね一致することが知られています。コーヒー抽出液は、通常、pH 5前後(4.7-5.2)の酸性を示します。コーヒーの酸味の強さは、焙煎の程度に大きく影響を受け、浅煎りや中煎りの段階でもっとも強く、そこからさらに焙煎が進行して深煎りになるにつれて 消失していきます。また、焙煎したコーヒー豆を水分の多い環境で長時間保管した場合や、コーヒー抽出液を長時間保温していた場合などには、コーヒー中の一部の成分が分解されて酸を生成し、コーヒーの味を変えてしまうことも知られています。