補足 疫学データの読み方

疫学データの基本的な見方

疫学調査は研究グループごとに調査結果にばらつきが生じることが多く、単回の調査結果だけを鵜呑みにすることはしばしば間違いの元になります。通 常、学術論文では図1に示した数字であるオッズ比(OR)や相対リスク(RR)だけでなく、その数値の95%信頼区間(95%CI)を併せて示されます。 単純に言うと、例えばある調査でのOR(RR)が1.5、95%CIが1.3-1.7と示されていた場合、同じような調査を100回行ったとき、それぞれ の結果はばらついたとしても、95回は1.3から1.7の間の値が得られるだろう、ということを意味しています。しかし実際に複数の疫学調査の結果を比べ てみると、しばしばそれ以上のばらつきが見られるのが現状です。このため、複数のグループの調査結果を比べることが重要だといえます。しかし、実験デザイ ンの違いなどから、これらの複数の調査には信頼性が比較的高いものと、低いものが混在しているため、それぞれの調査結果を同等に扱って比べることはできま せん。このことを踏まえ、信頼性を加味した上で俯瞰的に判断する必要があります。

信頼性についての大まかな考え方としては、調査方法については、メタアナリシス>コホート>症例対照研究>横断調査、の順に信頼性が高い(ただしそ の分、調査の手間がかかる)と考えることが出来ます(ただしメタアナリシスは、その元になった調査の信頼性にも依存します)。また古い時代に行われた調査 より、新しく行われた調査の方が、過去の問題点を解決して行われることが多いため、信頼性は概ね高いものが多いと言えるでしょう。また一般には先進国で行 われた調査や、掲載された学術雑誌のレベルが高いものほど、厳密な条件に基づいて行われることが多いため、信頼性が高くなる傾向にあります。

一般には、ORやRRが1.5以上になると、その因子は「単独でリスク因子となりうる」と考えられることが多くなります。ただしORやRRに予想さ れるぶれが大きい(95%CIが広い)場合には、この限りではありません(同じOR1.5でも95%CIが0.5-2.5では1.4-1.6よりも信頼性 が低い)。一方、ORやRRが1.5に満たない場合には「リスク因子になる」と表現することは、学術論文などでは通常認められません。ただしこの場合で も、95%CIが狭い上に、1.3以上などの比較的高めの数値であれば、「小さいが有意にリスクを増加させる」 などの表現をしたり、あるいは「単独では小さいが、他の因子との組み合わせによってリスク因子になりうるかもしれない」などの考察を加えることは、しばし ば許容されます。このあたりは、その研究を行った研究者がどのような結論を言いたいのかという、恣意的な部分も関わってきますので、判断する際には注意が 必要です。

相関関係と因果関係

このような疫学調査を含め、統計データを解釈するときにしばしば混同されがちなのが「相関関係」と「因果関係」の違いです。この違いを説明するには、例えば次のような喩え話があります。

昔、ロシアの片田舎で疫病が発生した。疫病は、少し離れて隣り合っている集落の間を伝染し、次々に村々を襲っていった。政府は医師団を編成して、流行の起こった集落に派遣した。医師団の活躍はそれなりの成果を収めたが、その蔓延を完全に食い止めることはできなかった。

とある小さな村にも、疫病の魔の手が迫って来た。そこで村人は集まってどうすればいいかを相談した。疫病の被害が大きい村にあって、そうでない村には無い ものとは一体何か……。そして、その村に最初の患者が出たと聞きつけて医師団がやってきたとき、村人たちは皆で医師団を追い返し、まもなく村は壊滅した。

「疫病の被害が大きい村には医師団が来ている」という事象と「被害のない村には医師団が来ない」という事象があるとき、「疫病の発生」と「医師団が 来ること」には、相関関係があると言えます(厳密には、他の要因についても調べてそれらの影響を排除して初めて言えることですが)。しかし村人は「医師団 が来ること」を「疫病の発生」の原因だという、誤った因果関係を導き出してしまったために、このような事態になったといえるでしょう。この喩え話では、た だのブラックジョークか小話のようですが、現実に二つの事柄が結びついて見えるとき、その二つがどういう関係にあるのかを正しく見極めることは重要だけど 難しい問題です。単に同時に見られることなのか(相関)、片方がもう片方の原因になっているのか(因果)、あるいは別の、三つ目の事象を介して、相関があ るように見えたり(疑似相関)、因果関係があるように見えたり(因果連鎖)することもあります1

相関関係(A⇄B)

AとBの事象が同時に見られるが、どちらが先とは言えない。AがBを起こすかもしれないし、BがAを起こすのかもしれない。

因果関係(A→B)

Aが原因になり、結果としてBが引き起こされる。

疑似相関(A←x→B)

見掛け上A⇄Bだが、それぞれ隠れた事象xに引き起こされているだけで、AだけではBを起こさないし、BだけではAを起こさない。

因果連鎖(A→x→B)

見掛け上A→Bだが、隠れた事象xがその間に介在している。