付記:「コーヒーの健康的な飲み方」の目安

コーヒーの場合、どこまでが適量でどこからが摂りすぎなのか。この問いに対する答えは、正確を期すならば「飲む人によって異なる」としかいいようがない。 例えば、ヴォルテールのように一日10杯を飲み続けた人もいれば、バルザックのように1日60杯飲んだという伝説を残したものもいる一方、「たかが1杯の コーヒー」で体調を崩す人がいるというのもまた事実であるからだ。しばしば見落とされているが、コーヒーも若干ながらそれなりに「飲む人を選ぶ」飲み物な のである。

とはいえ、一部の過剰な「健康信奉者」の主張に見られるように、このような極端な事例を根拠に「コーヒーは飲むべきではない」と過度に意識しす ぎるのもバランスを欠いた考え方である。コーヒーはアルコールやタバコに比べれば遥かに気にする必要のない部類のものであるからこそ、未成年などにも門戸 が開かれた嗜好品としての現状がある。あくまでこのように、個人差が大きいという前提のもとで、では大体どれくらいの数値が目安になるかを、タイプ別にまとめて示した。

ここでは

    • グループA:健常者(成人)

    • グループB:健常者(子供)

    • グループC:妊産婦

    • グループD:肝機能が現在低下している、またはカフェイン過敏体質の人、心臓発作の危険性が高い人

    • グループE:パニック症候群の人、うつ治療中の人、胃炎治療中の人

に分類し、それぞれについて長期(習慣的に飲みつづける場合)と短期(たまたま大量に飲むことになった場合)のそれぞれについて目安を示した。

グループA:健常者(成人)の場合

後述する疾患などに当てはまらない、いわゆる「健康な」人で、また普段コーヒーやお茶を飲んでも特に具合が悪くならない、ほとんど大部分の人がここに該当する。

短期的(1回/1日)な摂取量の目安

継続的に飲みつづけるのでない場合、すなわち、たまたまコーヒーをいつもより多く飲む状況になったときの、健康者(成人)の目安としては以下の通り。

    • 1回(たてつづけに飲む場合)あたり:3〜4杯以下(カフェイン含有量が一回極量である0.5g 以下)

    • 1日あたり:10〜12杯以下(カフェイン含有量が一日極量である1.5g 以下)

ただし1杯あたりのカフェイン含有量は飲むコーヒーごとに変動があるものである点に留意すること。

短時間のうちに大量摂取した場合、一過性に嘔吐や頭痛、不安などのカフェインによる急性中毒が表れる場合がある。また就寝前の大量摂取は、一過性の不眠や睡眠の質を落とすことにもつながる。

長期的な摂取量の目安

これまでの研究結果を総合して考えた「2011年の時点で」言えることとしては、一日3杯以内のコーヒー摂取は、健康上まず問題がないと 考えられる。ただしこの数値は極めて安全側に考慮したものであり、「4杯以上が危険だと証明されている」というわけではない。以前言われていたような「癌 や高血圧になりやすい」という報告は、ほとんど否定され、残された問題点として、それ以上摂取する人では膀胱癌や関節リウマチの増加(一日4杯以上)な ど、いくつかのリスクとの関連が疑われている。しかしこれらは未だ論争中の研究途上のものであり、今後の研究の進展によって疑いが晴れる可能性が高く、 「一日3杯までは安全」の数値は将来的にはもっと引き上げられる可能性が高いと思われる。

また「疾患」ではないが、一日4杯程度以上の コーヒーを慢性的に摂取している人の一部では、コーヒーの摂取をやめたときに頭痛(カフェイン禁断頭痛)などの禁断症状を訴える場合がある。この症状は再 度カフェインを摂取するか、数日程度カフェイン摂取をやめれば治まるものであり、特に心配することはない。

グループB:健常者(子供)の場合

カ フェインは、小児の無呼吸症の治療薬として2006年にWHO model list of essential medicines(WHOの基礎医薬品リスト)に収載されており、その関係から小児に対する安全性の研究は進んでいる。それによると、子供でもカフェイ ンの代謝能力は(乳児期を除き)大人とほぼ同程度にあると言われている。ただし他の医薬品の場合と同様、体が小さい分、カフェインの体内濃度が高く表れる ため、大人と同程度の摂取では過剰摂取 になりやすい点に注意が必要である。

短期的な摂取量の目安

市販の一般的な内服薬と同様に考えることが可能であり、年齢にもよるが小学生以上であれば、成人の場合の3分の1か ら2分の1程度を目安に、少量摂取したり、牛乳などで薄めたものを飲む分には問題はないと考えられる。

長期的な摂取量の目安

小児を対象にした調査はほとんど行われていないのが現状であるため今後の研究に注目する必要があるが、成人のケー スとほぼ同様、長期間のスパンでみた場合の安全性はほとんど問題にはならないと考えられている。グループAの摂取量の目安と短期摂取の上限の低さを合わせ て考慮して、1日1〜2杯程度以内がおおよその目安になるだろう。

グループC:妊産婦の場合

妊産婦とコーヒー

妊 娠中のコーヒー飲用はストレス軽減になる反面、過量のカフェイン摂取が流産リスクの上昇につながるという報告がある。ただし適量の摂取には問題がない。ま たカフェインは母乳に移行することが知られており、授乳期の母親が摂取することは乳児が摂取することにつながる。ただし、一般的な飲用量であれば授乳期で あっても気にする必要がないと考えられている。

いずれの場合も問題となるのはカフェインであるため、お茶やコーラなどカフェインを含むもの を摂取する場合には、その分コーヒーの摂取量は減らす必要がある。またカフェインレスコーヒーで代用したり、カフェインレスと通常のコーヒーを混ぜること で摂取量を減らすことは有効である。

長期的な摂取量の目安

妊娠初期〜中期の妊婦に対しては、安全側に考慮し、一日2杯〜3杯以内(お茶などカフェインを含むものを代わりに摂取する場合はその分減らす)という指針が一部の産婦人科医から提案されている(この数値は将来的に増減する可能性がある)。

授乳期の母親の場合、やや多め(1日あたりコーヒー5杯分のカフェイン)に採りつづけた場合でも、そのこ とが乳児の発育や睡眠などに影響することはほとんどないという研究結果が示されており、一般的な飲用量であれば授乳期であっても気にする必要がないと考えられるため、成人健康者に準じた基準(一日3杯以内)であれば、問題はないと考えてよいだろう。

短期的な摂取量の目安

妊産婦においては「短期間の摂取で、どの量まで安全か」ということについては十分な研究結果は得られていない。ただし一般にカフェインによる流産リスクの 上昇は、高濃度を短期間に摂取することがその要因になりうると考えられるため、安全側に考慮して、普段よりも極端に飲み過ぎることは、できるだけ避ける方 が無難だろう(この数値は将来的に増減する可能性がある)。

また長期の摂取量でも述べたように、授乳中の母親の場合も一般 的より少し多めまでのカフェイン摂取に関しては乳児への影響はほとんどないと考えてよいが、これを超える場合には乳児が寝付きにくくなるなどのケースも現 れることが考えられる。授乳中にたまたまたくさん飲む場合にも、1日5杯以内にする方が無難だと考えられる。なお、カフェインの母乳中の濃度は摂取後 30〜40分くらいがピークになるため、その時間帯を避けて授乳することも有用かもしれない。

グループD:肝機能が現在低下している、またはカフェイン過敏体質の人、心臓発作の危険性が高い人

摂取されたカフェインは主に肝臓で分解されるため、肝機能が弱っている人では体内からのカフェインの消失速度が遅くなり、その分カフェインの副作用(嘔吐や 頭痛、不安など)が健常者より強く表れることがある。またその仕組みはよく判っていないが、健常者よりもカフェインの副作用が出やすい「カフェイン過敏体質」ともいうべき人もごくまれにいることが報告されている。

虚血性心疾患(心筋梗塞など)のリスクの高い人に対しては、カフェインによる急性の血圧上昇や、コーヒーによる血中コレステロールの増加がよくないのではないかという報告がある。

これらのケースではまず医者に相談することをお勧めするが、特に重篤なケース(医者に一切のアルコールを止められているなど)でない限り、一日1〜2杯であれば問題はないと考えて良いだろう。

グループE:パニック症候群の人、うつ治療中の人、胃炎治療中の人

パニック症候群の人がカフェインを摂取するとパニック発作を起こす危険性が高まる。また抗うつ薬による治療効果がカフェインによって抑制される。またコー ヒーによる胃液分泌促進は胃炎時には炎症を促進するため避けなければならない。これらのケースではコーヒーに限らず、カフェインを含むものの摂取を避けるべきである。