「自分の免疫のすばらしさを実感」
39歳2015年11月16日
39歳2015年11月16日
私に潰瘍性大腸炎の症状が出たのは、2年前の2013年11月の事です。いつものようにトイレに行くと、血が混じっていたのです。でも珍しい事ではなかったので、少し様子を見ることにしました。しかし、その症状が1カ月近く続いたので、不安になって近くの消化器内科を受診しました。先生は「年齢的に大腸癌ではないと思うけど、心配なら内視鏡検査を受けるように」とおっしゃいました。私にとって検査は初めてで、受けるのにとても勇気がいりました。決心がつかず少し様子を見ようと思いました。しかし、その後も出血や粘液は続きました。私はよく風邪をひいていましたが、風邪をひくとお腹の痛みや症状も酷くなるようでした。
次の年の9月に他の検診を受ける機会があり、そこの看護師さんに自分の症状について相談してみました。その方は親身になって、ご自身が働いておられたクリニックの先生を紹介して下さいました。やっと決心がつき、その日のうちに紹介されたクリニックを受診しました。その先生は私の話を聞くと「すぐに検査した方が良い」と言われました。
検査は2カ月後の11月でした。検査までの2カ月間が不安でした。もし自分が大腸癌でないとしたら、潰瘍性大腸炎かもしれないなと思いました。検査はとても緊張しました。大量の下剤を飲むのは大変でした。検査が終わると先生は「潰瘍性大腸炎で間違いないと思うから、特定疾患の申請をするように」と言われました。そして、潰瘍性大腸炎ガイドブックを数冊渡され、それをよく読むように言われました。また、この病気は治らないので、一生薬を飲み続ける必要があることなども話されました。私は本当の病気になってしまったのだと思いました。でも気持ちのどこかで「もう病名について思い悩まなくて良いのだ」という気もしました。
先生が出して下さった薬はアサコールで、1か月分が処方されました。これを1、2カ月飲めば炎症はきれいになるので、2カ月後に再検査することになっていました。でも、私はその薬を2日間飲みましたが、続ける事はできませんでした。炎症を抑え続けることなどできるのだろうか、炎症が出ているのは、理由があるのではないのだろうかと思いました。でも薬を飲まないで、先生の所に通い続けることはできないし、どうしようと思いながら1カ月が過ぎてしまいました。
1カ月後、受診した時に、先生から「出血は治まったか?」と聞かれました。その時は実際治まっていたので、「はい」と答えました。でも先生は私の様子から、「薬はもちろん飲んでいるんだよね?」と聞いてこられました。私は返事に困ったなと思ったけれど、正直に飲んでいないことを伝えました。先生は私がこの病気の事をちゃんと理解していないと思われたみたいでしたが、話を聞いてくれそうだったので、自分の思っていたことを少し話してみました。治らない病気なのに薬を飲み続けなければならないということが、よくわからないということ、炎症を薬で抑えてもさらに強い薬が必要になるだけではないかということ、私は先生に向かって失礼だと感じ何とも言えない気持ちでした。
先生は静かに聞いて下さいました。でも、「あなたは考えすぎだ」とか「間違っている」と言われました。先生は、「自分以外のクリニックに行って、他の先生の意見を聞いてくるように」とおっしゃいました。しかし、私はまた検査を受けるのが嫌だったし、他の先生もおっしゃることは同じだろうと思ったので、「結構です」と断りました。先生は「もう一度確かめたいので一カ月後に再検査をしたい」と言われました。その時悪くなっていたので、薬を飲まなかったからかなと思いました。先生の「あなたに無理に飲ませるわけにはいかないけれど、治療に入らないのは残念だ」という言葉も堪えました。私の周りでも私の思いを理解してくれる人はいませんでした。それに病気が放っておいて良くなるわけではないので、本当にこれからどうしていったら良いのだろうと思い、とても孤独でした。
私は何とかこの病気を治したいと思いました。何か方法があるはずだと思いました。癌のような病気でも、潰瘍性大腸炎でも治った人はいるはずだと思いました。それでインターネットで“潰瘍性大腸炎完治”というワードで検索してみました。するとすぐに松本漢方クリニックさんのホームページが見つかりました。まず漢方で治療するというところに安心しました。私は以前から症状に合わせて漢方をよく使っていたからです。松本先生の文章はとても詳細で、なかなか理解できませんでした。しかし、潰瘍性大腸炎が生じる過程をここまで詳細に書いているお医者さんがおられるだろうかと思いました。是非、行ってみたいと思いました。でも「母が一緒に行ってくれるだろうか。一度大阪に行けたとしても、費用の面で続けていけるのだろうか」、その事が心配でした。
2015年2月、なんとか母を説得し、一緒についてきてもらう事ができました。先生にお会いするまでは、どんな人なんだろうと緊張でいっぱいでした。先生の声は、診察室の外まで響いていて、「もっと勉強してくれば良かった」と後悔しました。実際お会いすると、先生は私が少し話をするだけで、多くの事を理解してしまわれるようでした。私は話すのがあまり得意ではないので、その事に不思議な感覚を覚えながら、緊張がどんどんほぐれていきました。先生から「何かストレスになることがあったんじゃないか?」と聞かれた時、母の事を話していました。長い間つらかったからです。帰り道、たくさんの涙が出ました。
処方された漢方は乾燥した木の根や、葉のようなものが入っていて煎じるものでした。煎じ方や味に慣れるのに少し時間がかかりました。飲む前は粘液や出血が多かったのですが、2~3日くらいで便通が良くなりました。漢方のお風呂は体が温まり、気持ちの良いものでした。漢方を飲み始めて7~8か月くらいまでは、朝起きた時、食後、特に夕方から出血することが多かったので、朝は食べず、昼も少しだけにしました。夜は普通に食べていました。お腹が空いていたし、夜なら家にいて安心だったからです。松本先生には2~3週に1度、漢方薬を送っていただきました。少しのお話でも状況をすぐに分かって下さるので安心でした。そして「病気は自分で治す」という事を何度も言って励ましてくださいました。
少しずつ色々なことが変わっていきました。けれども自分の考え方を変えると言うのは一番難しい事でした。自分の気持ちを見つめてみると色々な感情があります。まずその気持ちをよく見つめて、どんなことを感じているのか気づくことは本当に大切だなと思います。ともすると以前のような考え方に戻っている時もありますが、少しずつやっていきたいと思います。また頑張り過ぎないこととか、楽しめる事をやってみるとか、ストレスが溜まっているなと感じたら、そこから少し離れてみることもしてみました。そうしているうちに少しずつ気持ちが楽になっていきました。
2015年11月、6カ月ぶりに松本漢方クリニックに行きました。その時、ひどいアレルギー性鼻炎の症状が出ていました。私は子供の頃からアトピーやアレルギがありましたが、考えるとここ数年出ていませんでした。そのアレルギーが久しぶりに出ていて、便秘気味にもなっていました。診察の時、先生に良くなっていると言っていただいた時はびっくりしました。今もその時の事を考えると嬉しくなります。もし、あの時、先生のホームページに出会わなかったら、私は今でも苦しんでいたと思います。潰瘍性大腸炎の原因が死んだ異物である化学物質と自分のストレスによって免疫を抑制してしまったことにあったとは思いもしませんでした。私が感じていたストレスが、副腎からステロイドホルモンを出させて、免疫を抑制し、このステロイドホルモンが免疫の遺伝子の働きに影響し、アレルギーとして出すために用いるIgEがIgGに逆クラススイッチしてしまったために潰瘍性大腸炎にしてしまいました。
私の心が免疫の働きを抑えてしまっていました。私の免疫はちゃんと働いてくれていたのに、「これまで心の無理に付き合わせてごめんなさい」という気持ちです。私の体が「このままじゃだめだよ」って教えてくれたのだと思います。この一年、つらい事もあったけれど、私が気づけなかった事を、たくさん教えていただきました。自分の体を通して、心と体の繋がりを実感しましたし、体(免疫)って本当にすごいなあと思いました。その事を教えて下さった松本先生に感謝しています。本当にありがとうございました。