「潰瘍性大腸炎と学生生活」
19 歳 女性
2016 年 10 月 31 日
19 歳 女性
2016 年 10 月 31 日
<発症>
2014年10月 高校3年生の時入試1週間前に下痢が始まりました。
11月に血便が出たのですが1、2度だったので気にせずにいました。ですが、下旬には腹痛と下痢がひどくなり、血便もひどくなりK病院を受診しました。担当の先生が膠原病の先生で、「潰瘍性大腸炎の可能性が高いので大学病院までは行かなくても、少し大きい病院に早く行った方がいい。」と言われU病院に行きました。
<U病院での治療>
内視鏡検査の結果、大腸の3分の2が炎症していました。メサラジンを出され1週間は登校していましたが、2週間目くらいから40度前後の熱と嘔吐がひどく学校を休むようになりました。薬をアサコールに変えましたが嘔吐が続き、薬も食事もとれなくなりました。次に先生からすすめられた治療が、ステロイドか透析でした。当時の体調はトイレに行くにもふらつき、間に合わず下着を汚してしまうこともありました。薬を飲もうとするのですが薬を見ただけで吐き気がし、「もう病気は治らないのかな。ダンスやりたいな。」と母に弱音を言ってしまいました。母がこの病気が完治する方法はないか調べて松本漢方クリニックを見つけてくれました。母から松本漢方クリニックの話を聞き、「行きたい!」とお願いしました。U病院の先生には「大阪の松本漢方クリニックという病院に行ってみたいので透析の治療はしません。」と断りの電話をしました。
<松本漢方クリニックへ>
12月26日、松本漢方クリニックを初めて受診しました。診療時間より早めに着いたのですが待合室はすでにたくさんの人がいました。漢方の香りが心地よく、診察が始まると松本先生の声が聞こえてきました。新幹線でも、松本漢方クリニックに行ってからも松本先生の理論を読みましたがすべてを理解することは無理でした。(手記もまず1つ読んでみようとたまたま選んだのが、Naoki さんの手記でした。)診察が近づくと理論を理解できていないので緊張していました。案の定、質問に答えられず怒られてしまいましたが、「この病気はいい子がなるんだよ。」「治らない病気はない。」「治すのは自分だよ。」と私と母に握手をしてくださいました。
初めてのお灸と鍼のおかげで冷え性だった私の体がポカポカしてきました。帰りの新幹線は漢方を持ち帰っているという安堵感でいっぱいでした。帰宅した夜から漢方を飲み始めましたが、苦い!こんなに苦いのに飲み続けることができるのか不安になるほどでした。でも苦さは2日目には慣れていました。3日目には血便が治まり、2週間たつとトイレの回数も少なくなりました。お灸も毎日続けました。漢方風呂は体の芯から温まるのを実感しました。ヘルペスの薬のおかげでひどかった頭痛もいつの間にか治っていました。3学期から学校に行けるようになり、卒業式にも出ることができました。
<大学生活が始まって>
2015年 大学に入学してからは、環境が変わった事のストレスで下痢が続くようになってしまいましたが、6月にはずっと目指していたダンスのオーディションに合格できました。起き上がるのがやっとだった時を思うとスポーツができることが夢のようです。2016年10月 発病して2年が経ちますが、トイレの心配をすることも少なくなっています。完治はまだですが完治するまで頑張っていきたいと思います。
<電話診察>
松本先生は電話で症状を聞いて漢方を郵送して下さいます。通院した場合、治療費と薬代のほかに、新幹線代、ホテル代がかかる私はできるだけ親に負担をかけたくないので、大変助かっています。ありがとうございます。そして、完治までよろしくお願いします。