「潰瘍性大腸炎偏頭痛リウマチ手記」
54歳2013年6月5日
54歳2013年6月5日
潰瘍性大腸炎、偏頭痛、リウマチ中間報告
私が潰瘍性大腸炎と診断されたのは、平成18年8月の事でした。その2ヶ月ほど前から、便秘はしても下痢などほとんどした事の無かった私が、1日に何回もトイレに駆け込む日々が続いていました。そこで以前から胃の検査の為に定期的に通っていた地域の総合病院で内視鏡検査を受けました。結果はある程度予想していた事もあり「ああ、そうなのだ」というのが診断を受けた時の感想でした。
実は私には、少しですがクローン病や潰瘍性大腸炎について予備知識がありました。こちらのホームページに五十肩の手記を発表されている中村ゆかりさんとは高校の同級生であり、特にこの20年間は最も踏み込んだ会話を交わしてきた友人です。手記にも書かれている通り彼女のお嬢さんが(ゆかりさんのブログでの呼び名からコハちゃんと呼ばせてもらいます)クローン病で辛い(しかし明るく強く!)闘病生活を送っている事は聞いていました。どんな病気なのかもネットや本で調べていました。一生治らないとどちらにも書いてありました。それなのになぜか自分自身についてあまり危機感を持てずにいました。
病院からはペンタサを処方されました。便の回数は劇的に減り血便も無くなりました。最後に残った粘液の症状は注腸で解消。3ヶ月の通院でほとんどの症状は消えました。始めのうちかなり気を遣っていた食事も徐々に元通りに戻し、翌19年の春からはパートタイムの仕事に就けるまでになっていました。潰瘍性大腸炎を思い出させるのは便意を我慢出来ない事だけ。これも朝、家で済ませてしまえば1日悩まされる事はありませんでした。
ここで「やった~!治った~!」と素直に喜んで病院通いを止めていれば、ひょっとするとここで手記を書いている私はいなかったのかもしれません。ところが、病気に対する危機感の薄かった私は、薬に対する危機感も薄かったのです。せっかく症状が消えたのに「一生治らない病気」を真に受けて、ばか正直に病院に通い続け、ばか正直に薬を飲み続けたのです。
そして平成22年秋、ほとんど忘れかけていたあの症状が・・。10月から仕事を休み自宅療養となりました。ペンタサを飲み続けていて出た症状ですペンタサで治まるはずがありません。すぐにペンタサの注腸が出されましたが以前のような効果はありませんでした。次に処方されたのはステロイドの内服薬です。この時はなんとかこれで治まり、翌年の2月には休んでいた仕事に復帰できました。しかしここからは前回のようにはいきませんでした。一旦は良くなっても数ヶ月すると徐々に症状が表れるのです。ステロイドの注腸も使いました。ものすごく悪くなることも無いけれど、すっかり良くなることも無い。そんな日々が続きました。
平成23年7月にペンタサからアサコールに薬が替わりました。これで腸の症状は徐々に治まってきましたが、代りに関節に痛みを感じるようになりました。朝起きると手がこわばり、力仕事をした日の夜は寝返りを打つのにも苦労するようになってしまいました。ひょっとしてリウマチ?と不安になり整形外科に行きMRI検査を受けましたが、関節はすり減ってないし、変形もしてないから問題無しとして湿布を出されただけでした。消化器内科にもこの件は報告しましたが「あ、そう」と無視された感じでした。
この年の10月に義理の父が亡くなり葬儀の為に夫の故郷に行きました。夫の母はリウマチの為に身体の自由が利かず、夜中のトイレに付き添ったり、寝返りの手伝いをしたりしました。遠方のため普段は施設に任せきりで嫁らしい事は何ひとつしていません。、せめて葬儀の間だけでもと慣れない介護の真似事をなんとかこなしていましたが、翌日ホテルで目覚めてみると、今度は自分が身動きが取れないくらいに身体中が傷んでいました。今回ばかりはさすがの私も「これはマズい」と思うようになりました。まだ実家の両親も居るのに、このままでは私のほうが先に要介護者になってしまう!と。
そしてちょうどこの頃、前述の中村ゆかりさんから、コハちゃんが見つけた大阪の病院で漢方治療を始めた所、驚くほど効果が出ている事を聞きました。そしてホームページを読んでみたらと薦められました。早速ホームページを開いてみました。潰瘍性大腸炎やクローン病をはじめとしてリウマチ、膠原病、アレルギー等の完治の理論、ヘルペスの事、たくさんの患者さんの喜びの手記。難しい用語も多くとても理解出来たとは言い難かったけれど、一番心に響いたのは「病気は自分が作っている」という言葉でした。これを私が求めていた答えでした。
思い起こせば潰瘍性大腸炎を発症する前の10年間、私は自分をいじめ続けていました。平成7年7月、最初の夫が心筋梗塞で急逝しました。子供たちは二とも小学校の低学年でした。いざという時の備えは遺してくれていましたし、そのまま義父と暮らし続けましたので生活に困ることはありませんでした。仕事にも行き始め、表面上は結構うまくやっていたと思います。しかし処理しきれない感情からパニック障害や不安発作を起こし、安定剤を常用するようになっていました。生活も不規則で夜は寝られず、休みの日は寝てばかりで慢性的に頭痛に悩まされ、鎮痛剤も飲み続けていました。そんな生活を平成17年暮れに現在の夫と暮らし始めるまで10年間続けていました。
潰瘍性大腸炎を発症したのは安定剤を止め、規則正しい生活をするようになった半年後の事です。それまで虐げられ続けていた私の免疫が、やっと抗議の声を上げたのです。しかしそれでも私は気付きませんでした。幸か不幸か最初の抗議の声は小さかった。入院するような事も無く数回の通院と薬で治まってしまったからです。夫との新しい生活は免疫を目覚めさせてくれましたが、それなりの年齢同士の再婚です。親の事、子供の事、幸せの中にも葛藤は多く、私の身体はステロイドホルモンを出し続けていたのでしょう。こうやって自分が辿って来た道を思い返せば、病気になって当然だったのです。
最初に松本漢方クリニックの門を叩いたのは、平成23年11月です。この時はまだそこまで理解出来ていませんでしたが、やっと感じ始めた自分に対する危機感と、信頼している友がこれほど絶賛している治療が悪い訳が無い、という思いがいつもは動きの鈍い私を突き動かしました。松本漢方クリニックに行くと、まずは今まで自分が飲んできた薬の種類と量を申告しました。なんとまあ、たくさんの薬を身体に入れてきた事でしょう。しかもこの時は潰瘍性大腸炎限定で考えていましたから、10年間服用し続けた安定剤や鎮痛剤も含めたら、どれだけの量になったことか。たぶん計算出来ませんでした。
松本先生に関節の痛みと手のこわばりを訴えると即座に「リウマチやね。潰瘍性大腸炎とリウマチは同じ病気やで。」とおっしゃいました。MRIを撮った整形外科でも消化器内科でも全く無視だったのに。リウマチといえば義母が大変な思いをしている恐ろしい病気です。しかしこの時自分がそうだと聞かされても怖いとは思いませんでした。これは最初に潰瘍性大腸炎と診断された時の半ば他人事みたいな感覚とは違いました。「ここでなら治すことが出来る。だから心配する事は無い。」そんな感じでした。
松本先生にお世話になって1年半になります。潰瘍性大腸炎の症状はすっかり消えました。偏頭痛は抗ヘルペス薬のおかげで随分と楽になりました。それでもまだ肩は凝るし頭痛も起きるので抗ヘルペス薬は手放せません。これに保険が利かないのには驚きです。毒にしかならない薬は断ってもタダでくれるのに。今の一番の問題はリウマチの症状です。最初の頃に比べれば随分楽になっていますが、停滞したり少し戻ったりという感じです。私のアトピーはほんの少しですし、いまだリバウンドらしいリバウンドは味わっていません。
実は松本先生から手記を書くように言われたのは何か月も前です。潰瘍性大腸炎の症状はすっかり消えていたからです。しかし何かスッキリしないリウマチの症状を思うとなかなか書けませんでした。一度は取り掛かって半分くらい迄下書きしましたが、途中で止まってしまいそのまま続きは書けませんでした。
結局、今回は始めから書き直しました。正直しぶしぶ書き始めた手記でしたが、こうやって来し方を順に思い返して文章にしてみると、あらためて思い知らされる事があります。漢方薬も鍼灸もやってるつもりでも最初に比べれば雑だったり、忙しさにかまけてサボる日が増えている事。少しでも免疫を上げようと気を遣っていた生活習慣もいつの間にか「ま、いっか」が増えている事。職場の環境が変わって以前程わがままが言えなくなり無理をしている事。そし34て何より心の持ちようは松本漢方クリニックに来る前とあまり変わっていない事。
私は昔から争いが苦手で、周りの感情にやたら敏感でした。争いを避けるあまり他人の感情ばかり優先して自分の感情はないがしろにしてきました。最初に潰瘍性大腸炎と診断されても危機感を持てなかったのは、自分の感情に鈍感になっていたからでしょう。そうやって顧みられなかった心が病気を作っているのだと今はわかります。そして他者を優先していると病気は罪悪感を呼びます。今度は病気が罪悪感の言い訳になり、病気を手放せない。逃げ出したい事があると病気が悪化する。そんな悪循環にはまっているのかもしれません。さあ、これをなんとか変えていかないといけません。言うはやすしですが、そうとも言っていられません。まずは罪悪感から感謝の気持ちへ。松本先生、無理矢理にでも手記を書かせてくれてありがとうございます。何回も書いては直すうちに色々気付く事ができました。初心に戻って完治に向けてがんばります。これからもよろしくお願いします。そして最後になりましたがこの場を借りて・・
コハちゃん、松本先生を見つけてくれてありがとう!そしてクローン病完治ほんとうにおめでとう。輝かしい未来が訪れますように。ゆかりさん、私に松本医院を薦めてくれてありがとう。たぶん自分では松本漢方クリニックにたどり着けなかった。私って懲りるのに時間かかるから。またお話ししてふたりで大笑いしましょう!