酒の宴にご用心
それは酒の席での事だった。
肩に寄り掛かる気配を感じて右を見れば、軽く目を閉じたサスケがナルトに撓(しな)垂れている所だった。
―ああこいつ酔ってんな。
単純にそう思ったのは彼が酔う事が珍しく、素面ならば絶対に曝さない姿だったからだ。今夜サスケが口にしたのは乾杯のビール一杯といま手にしている冷酒の徳利一本だけだ。普段ならばこれにウーロンハイやウィスキーロック、芋焼酎やらを足しても何ら変わらない顔で相槌を打つ。それが酒の前に幾らか食べ物を腹に入れていたにも拘らず、こうも簡単に酔いが回ったのは、恐らく遠方での任務帰りで疲れていたからだろうと容易に想像できた。
「おいサスケ、お前酔ってるだろ」
「・・・・」
ナルトのからかう声にも無反応だ。
仕方なくそのままに視線を他へ移すと、彼らが座っているカウンター席の右端でリーがほろ酔いのキバを宥めていた。また中々得られない恋人に関する話だろう。リーは酒乱を自覚しているので今宵は酒を口にしていない。
彼女が欲しいとか、周りの女は見る目がないとか、諸々の理想を語っている。だがその相手も色恋に疎いので不毛な会話に見えた。
「よお、サスケが珍しいな」
顔を上げるとグラス片手に移動して来たシカマルがナルトの左隣に座って言った。そこは十分前までカカシがいた席だが、彼は翌日の任務に備えて一足先に帰って行った。
「ああ疲れてんだろ、サスケは色んなとこ飛び回って、そんでも里を守ってるんだからスゲーよ。なのにオレってば未だに下忍」
「お前の場合ランクはもう関係ねェんじゃねーか?任務だってもう殆どS級だって聞いたぜ」
―扱いにくい下忍だよな。
シカマルは意地悪く笑って空にしたグラスをカウンターに置いた。カランと残った氷が音を立てる。彼の追加注文する声を聞きながら、ナルトはそんなものか、と納得しかけるがそういえば何が不満なのかと自身に問う。
里外に出ているサスケに負けないくらい、里を考え行動している自負はある。ならば何故、何が。
「要するに相手の方が輝いて見えるっつーのは、お前らがライバルだからなんだろ」
「ンッ?」
「ナルトにゃ言ってなかったが、サスケだってお前を気にしてる。ハッキリとは言わねェが、お前の活躍を聞いて嫉妬したり誇らしげに一言二言返してくる。滅多に笑わねーから半端なく分かり難いがな」
「え・・・マジで?」
「本っ当にお前らは違う様で同じなんだから面白いぜ」
シカマルが笑った時、右肩のサスケが身じろいでナルトは思わず振り返った。けれど彼は変わらず目を伏せたまま、夢見とうつつの狭間を揺蕩っている。
「それにだ、酔ってたってサスケはお前以外には寄り掛からないだろうしな」
追加のグラスを受け取ったシカマルは含みのある言い方をして他の仲間達の方へ行った。
「ん・・・」
サスケの口から吐息が漏れ、微かに動いた彼の髪がナルトの首筋や頬を擽り、そこで最初よりも随分密着している事に気付いてハッとした。
「サスケ近過ぎっ」
しかし文句を言って離れようにも、こちらへ戻って来る様子は全くなく、ナルトは身を硬くして、すっかり気の抜けたビールを見つめた。
周りもこの状況には疾うに気付いているだろうに、気を遣ってか或いは面白がってなのか、シカマルの後には誰も話し掛けて来ず、心配の声も寄越さない。まるで二人はこの風景から切り離された状態でそこにいた。
「うぅ、なんでオレが、ってか、しっかり歩けってば」
街灯の少ない細い道を酒に飲まれたサスケを支え懸命に進む。肩に担いだ腕は今にもずり落ちそうな力の抜け具合で、それを首に掛け直しながら進むのだが、ゆえに歩みが遅い。途中何度本気で放置しようかと思ったことか。けれど良心が勝りナルトは必死に家を目指す。
目的地はナルトの部屋だ。旅立って長いサスケの住いは里にはなく、帰って来た時には友人、主にナルトの部屋に勝手に上がり込んでいる。旅立つ前、サスケは心の整理だと言って、生家を処分してしまったのだ。
そこにどれ程の葛藤があったか知る由はないが、心の奥底に深い情を抱えた彼だから、考えに考え抜いた結果であるのは察しがつく。
「ナルト―――」
「やーーーっと起きたのか?」
「・・・・・」
「寝てんのかよ!」
夫婦漫才染みたやり取りもいつもの事だ。
しかしナルトの体に微かな呼吸が伝わり、サスケが徐々に覚醒へ向かっているのが分かった。
「ナルト」
「なんだよ、サスケちゃんはまだオネンネしてんだろ~?」
この際嫌みの一つや二つ言ってやらねば、それでサスケの不興を買ったとして構うものか。ところがサスケは怒る様子なく、逆に擦り寄る仕草でナルトの首筋に唇を近付けた。
「ナルト・・・」
この熱っぽい囁きにナルトは理性を総動員して、深夜の小道で怒鳴るのも、煽られて流されるのもいけないと己を説得し、家まで耐えねばならなかった。
長年世話になっている部屋のドアを開けて、狭い玄関で四苦八苦して靴を脱ぎ、脱がせ、これまたさして広くない室内にサスケを押し込んだ。
家に着いた安心感と、ナルトの気力体力の限界により、ぐでん、と力の抜けた男が床に転がる。
「着いたってばよ、サスケ」
「ン・・・・」
絶賛床とお友達の男が、返事とも只の唸り声とも取れる息を漏らして、横向きに倒れた体を仰向きに変え、蛍光灯の眩しさを感じたのか、再び唸った。
「ほらサスケ、水持って来たってばよ」
グラスに注いだ水を口元に持っていくと、無意識に上がった手がそれを受け取り傾けた。グラスと口の端から零れた水が彼の襟や床を濡らす。
瞼は僅かに開いているが、まだ眠そうだ。
幸いナルトの声は届いているらしくホッとするが、飲み切れなかった水と共に右手がまた床に落ちた。しかしコップが転がらない程度にはコントロールが利いている。やはり目覚める手前か。
「風呂の準備をすっから、落ち着いたら起き上がれってばよ」
酔いが回っている状態では危ないが、風呂の湯が溜まる頃には調子が戻るだろうと踏んで背を向けた。
が―――。
今のサスケでは動けないと、油断したナルトの手が引かれ盛大にベッドに倒れ込んだ。
「っぶねーってば!」
怒鳴りながらドスンと響いた音に苦情が来ないか心配になる。けれど顔を上げた途端に、掴まれた腕をシーツに留められ口を塞がれた。
「ンンッ!」
勝手にされるのが悔しくて、一方的に押し付ける唇から逃れようともがく、すると手首は自由になり、反対に顎を捕らわれて更に深い口付けを受けるはめになった。
「んっふ・・・ぅ・・・」
無遠慮な舌が口内の奥に逃げるナルトを絡め取り、知り尽くした弱点を責め立てる。
「・・・ぷはっ・・・サスケ!起きてたのかよっ」
「寝てるとは言っていない」
「なにすっとぼけた事言って!」
背後から伸し掛かるサスケは片腕のくせに、器用な両足でまんまとナルトを押さえ付けると、なんとか顔だけ振り向いて文句を言う彼の耳元から首筋を攻めた。
「アァッ!そこはやめっ・・・」
早くもゾクゾクとした感覚が腰から背中を這い上がり、本能的にまずい、と直感する。
「くくっ、相変わらず弱いな」
耳を口に含んだまま喋る男を睨んでも、どこ吹く風と躱される。
「っぅ・・・マジでやめ、ろって」
「お前の考えは当たってる」
「は、はあ?」
「こういう事だろう?」
耳に直接囁いたと同時に布の上からナルトの急所を握り込んでぐにぐにと刺激を与える。
「ひっ・・・や、やあっ」
「すぐに嫌じゃなくなるだろ?」
いつもの事だ、と口角を上げる男に、カアッと怒り半分、過去の痴態を思い出して恥ずかしさ半分、顔が赤く染まる。
「テメェッ・・・覚えてろよ・・・あぁっ」
「そんな顔で睨まれても説得力ねぇな」
笑うサスケもどこか浮かれた様子で、組み敷いたナルトを早急に脱がしにかかる。
やけに強引に事に及ぼうとするサスケを、本気になれば蹴とばせたし、一晩中外で反省させる事もできた。だが口では拒否しながら、愛撫する手を振り払わないのは、きっと自分も求めていたからだと、相手の襟を開きながら自ら唇を差し出して思った。
「う・・・くぅ・・」
先刻の言葉や態度とは裏腹に優しくゆっくりズズズッと、けれど確実に凶器が奥まで沈む。
それが一度ずるずると抜かれ、また一気に突き上げてくる衝撃にナルトは背を弓なりに撓らせて耐えた。
「あっあ・・・あああ!」
もう何も纏っていない二人の繋がった秘部からは、ぐちゅっぐちゅっと淫らな水音が響くが、もうそれには気を払えない程夢中になっていた。
更に体が激しくぶつかる音が絶え間なく聞こえ、行為の激しさを物語る。ナルトがこの部屋に入った時に気にかけていた、苦情云々は頭からすっかり飛んでいる。
「ナルトッ」
「さ、サスケェ」
息も絶え絶えの口端から唾液が垂れる。気持ちが好すぎて時折意識が飛びそうになるが、その度に腰を掴んで激しく抽挿する、サスケの手の熱さや、降り掛かる吐息に引き戻される。
軋む寝台の音をどこか遠くで聞きながら、この繋がりの果てに訪れる、脳が蕩ける程の快楽を想って知らず笑みが零れた。
逢えば愛し合うのは常だが、こんな風に乱れているのは酒の所為。たぶん二人とも―――。
「ひっ、あ、は―――アッアッアッ!」
碌な言葉も紡げない状態でナルトはひたすら揺さぶられ、ドクドクと注がれる熱い精を思い起こして、そこがきゅうっと窄まった。サスケが必ず最後に最奥に残さず放出する飛沫。
「ク・・・きつく、する、な・・・」
サスケは何とか堪えて不意の放出を逃れたが、ナルトの方は後ろの感覚だけで達してしまったらしく、はあはあ、と必死に息を吐いている。
「ふ・・・あ、サスケ?」
ふわふわとした頭でやっと背後のサスケを思い出すが、相手の方は置いて行かれた仕返しとばかりに、濃厚な口付けを交わした後で、これ以前にイッていたナルトの前に指を絡め、強い刺激を与えておいて、一度引き抜き彼の右足を掴んで挿入する角度を変えた。
「ヤッ!アアア―――ッ!」
今までよりずっと深く繋がる体位に一際高い嬌声が上がる。
「クソッ、気持ちいいか?・・・なあ、オレも―――っ」
ガンガン衝かれる後孔はサスケを喜んで迎え入れていて、どうにかなってしまいそうだった。いや既に手遅れなのかもしれない。
「あっ、ん、ん、ンーーーっ!サス、も、イクッ」
「っは・・・う、いいぜ・・・イッ―――」
サスケが促すように指の動きを速め、打ち付ける腰の律動を強めて彼自身も解放へ向かう。
「アーーーッ・・・」
ナルトは再びガクガクと震え、繰り返し往き来し余さず注がれる、サスケの熱を感じながら射精した。
翌日、勿論ナルトは動ける筈もなく、ベッドに突っ伏したままジロリとサスケを睨んだ。当の本人は二日酔いも何もなく、スッキリした顔で看病の傍ら巻物を読んでいる。
ナルトは思うのだ、流された自分も悪い、悪いが―――。
「もーゼッテェ、サスケとは呑まねえ・・・呑んだら家には入れねえー・・・ってばよ」
「フッ・・・出来るならな」
「~~~~!バカーーーーッ!」
END