三忍三様・恋模様
里を出ていた間に誰かが殉死したらしい。
大門から伸びる大通りを黒服の集団がゆき、暗い鐘の音が里に響き渡る。戻って来たばかりのナルトは荘厳な列を避けて端を歩き、その音をぼんやり聞く。
ナルトの心には悲しみも憂鬱もなく、ただ己が死した時は一体どんな風に人々の心に響くのだろうかという単純な疑問が浮かぶ。
誰か一人でも悲しんでくれる者がいるだろうか?
先日寂しがりな自分を自覚したばかりの頭は碌でもない事を考える。だが忍ならば一度は己の死に様を想像するのではないだろうか。
それは決して自分の死に酔っている訳ではなく職業柄自然な思考だ。忍も人、家族がいれば友人恋人もいる。自分が消えた後の事を気にしても悪くはないだろう。
「キレーな空に似合わねえ音」
「漸く戻ったか」
その声は聞き覚えのあるものだった。
「カカシにお前の居所を聞かれて隠す必要もないと思って答えたが、里を出る時伝えて行かなかったのか」
「教えなきゃいけねー義理なんてねえ」
「確かに、元生徒ってだけならな」
「ライドウさん何が言いたいんだよ」
「あいつの肩を持つ気はないが、以前のお前はそんなに冷たい人間じゃなかっただろう」
「オレは冷たくなんかない」
「ああカカシを除いてはな。気を遣い過ぎるくらい優しいだろう。カカシに恨みでもあるのか」
「恨みも何も・・・付き纏われんのが迷惑なだけで」
「はっきり言ったのか」
「言ったけどさ、あの人オレの言葉通じてないんじゃねーの?懲りてねえっつーか、態々オレを好きになるなんて物好き・・・奇特な人だってばよ」
「そうか」
男は顎に指を添えて沈黙し何か考え込む様子でこれ以上の会話は必要ないように思えた。
「話ないならもういいってば?」
問いつつ返事を聞くつもりはなく、踵を返し去る背中に男の声が掛かる。
「カカシはお前に会いたがっていたぞ」
「・・・関係ないってばよ」
関係ない。
そう胸中で呟いて当てなくぶらぶら彷徨っていたが、気が付くと何の因果か知らぬ間にカカシの家の側まで来ていた。
「っそ・・・なんだよ」
意識すればするほど付き纏う影に辟易する。
人々は里の一ヶ所に集まっている為この辺りの人通りは疎らで、葬列を見た後では輪を掛けた淋しさが押し寄せる。
「ライドウさんも喪服だったな」
死んだのは彼の知り合いだったのだろうか。同じ忍が死んでも全員が全員喪に服する訳ではないのだから、ナルトの耳に詳しい情報が入ってこなくても不思議はない。
「けど何か引っ掛かるような」
それの正体を確かめようとすれば自分が傷付く事になりはしないか。我が身可愛さにそんな風に考え、少しして自己嫌悪と呆れが湧いた。
「自分の事ばっかりだな」
砂にいる時は感じなかったマイナスのエネルギーがこの里に帰ってからは異様に渦巻いてナルトを滅入らせる。
「意識の切り替えってやつが必要なのかもな」
あれ程避けていた相手にもライドウが言うように素っ気無さ過ぎるのかもしれない。会いたがっていたと言うなら帰って来た事くらいは伝えた方がいいだろう。あくまで元弟子として。
ナルトは拳を握って後退しかける心を奮起させ、もう随分と遠退いていた古びた扉をノックした。
数秒経過し、一分経ち二分経ち、じっと待っていたが中からの返事はなかった。
「聞こえてねえのかな?」
もう一度叩いてみるが同じく反応はない。せっかく顔を見せようと思ったのに、と偉ぶっても居ないのであれば詮無いことだ。
ナルトは緩く首を振って階段を下りて行く。
そのまま通りに出て待機所への道程を歩き周囲を見回して首を傾げる。
「みんな何処行ってんだろ?」
歩いていればいつもはポツポツ見かける顔があるのに今日は全く見当たらない。砂へ一緒に行ったメンバーも門前で別れたきりだ。
やはりライドウと同じく葬儀に参列しているのだろうか。
「何やってんだオレ」
輪からひとり外れブラブラしているのが不謹慎に思え、誰に何を言われた訳でもないが恥ずかしくなる。里は相変わらず陰鬱で鐘の音を除けばとても静かだ。
待機所に着いてすぐ目に付いたのは人の少なさだった。ライドウと同格の人間は案の定おらず同期の仲間もなぜかいない。得体の知れない薄ら寒さが沸き起こり恐る恐るゆっくり歩を進める。
友人と喋る窓際の席はがらんとしていてそこから見える風景が妙に寂しい。がっかりした思いで視線を左にずらし、だがそこでナルトは一気に安堵した。
「アンコ先生!」
「あらーナルト久し振りじゃない。ふうん、すっかり上忍顔になっちゃって、まあ」
「えっオレって様になってる?」
「なってるなってる」
「アンコ先生は相変わらずだな」
「あははっまーね・・・」
「先生は葬式・・・出ねえの?」
「え?あーアタシはね・・・・あはっまあ色々とあんのよ!」
誤魔化された感じがするが笑っている彼女はどうしてか物悲しげで理由を追及する気にはなれなかった。
「あのさ・・・カカシ先生、今日来た?」
「カカシ?」
「帰って来たばっかでよく分からないんだけどさ、自宅にはいなかったし、もしかして葬式出てんのかな」
アンコの目線はぼんやり出入り口に向けられている。誰かを待っているのか、それはナルトには分からない。
「カカシ・・・?さあ、どうだったかしら・・・・」
「アンコ先生も知らないんじゃなー」
部下だった頃と違って側にいない今はカカシがナルトの行動を把握していない様に、こちらも彼が何処にいるのか分からない。
ナルトは足を止めて考え込み、やがてふと根本的な疑問に気付いた。
ここまでしてカカシ先生を捜す意味なんてあるか?
ライドウに文句を言われ意識の切り替えをしようとは思ったが、自宅に行って見つからなかったのだからいいじゃないか。これ以上必死になって捜して得るものはあるのか。たとえ会えたとしても、帰って来た事を告げるだけで他には何もない。それに方々捜し回った事が知られれば却って誤解される事態になりはしないか?
「オレは馬鹿か!?」
なに相手を喜ばすようなことしてんだってばよ。
「くそ~っ調子狂いっぱなしだってばよー」
続く