神憑 夢追篇
七日目の夜に叩き起こされたナルトは頭を振り鈍った心を奮い起こして里の門に立った。
「良かったな」
珍しく気の利いた事を言うので別人ではないかと疑ってサスケを見る。
「六日間大人しく過ごしたのは奇跡だな」
一言多いので正真正銘だ。
「ヘッ!オレだって静かにぐらいできるってばよ!」
「ほー」
この馬鹿にした感じがサスケなのだ。
彼は二つ折りの紙を開いて進む方角を指差した。
「目的はあの女が言っていたが」
“あの女”とは綱手のことだ。
「巻物だな」
「暗部が盗賊もどきの任を負うとはな」
息を吐いて首を振る。
「仕方ねーってばよ。普通の忍には重過ぎんだろ?場合に依っては暗殺が生じるって・・・」
「分かってる。順序としては盗賊のふりをして城に侵入、最上階の巻物を奪い逃走」
淡々と語るサスケは何故盗賊に扮する必要があるのか理解しているのだ。
「依頼主は分かんねーけど、忍ってバレるとマズイんだよな?」
「盗賊の襲撃だと主に分かる様に自然に装わなけりゃ駄目だ」
「地下牢の忍は?」
「知るか」
「置いてきぼりか?」
「俺達が世話をしなくても別働が助け出す」
それを聞いて安堵した顔のナルトに呆れる。
「他人を心配してる場合か?」
厳しい言葉だが尤もなので黙る。
「巻物は以前別の国から奪われた禁術の書だ。興味があっても開くなよ」
「危険て分かってて開くかってばよ!」
「お前は充分有り得る」
「ぐっ・・・」
ナルトが好奇心に勝てないのは本当だ。
「ちゃんと任務は達成するってばよ」
火の国外から来た盗賊の仕業に見せる為に一度国を抜ける。
「サスケ」
「いつでもオッケーだ」
一度お互いの態勢を確認し国境警備を難なく潜り抜けた二人は白夜城と呼ばれるターゲットに辿り着いた。
白夜城は名の如く夜が訪れない城だ。太陽は隠れ月は顔を出しているのに不思議と辺りは青白く地を曝け出している。本当の白夜に似た現象だが原因は分かっていない。
「あれが難攻不落ってやつか」
「主は幾度も変わっているが戦では負け知らずだ。ワケは内部のカラクリらしいが雇った忍の力でも生き延びてきている」
「なんでそんなに主が変わるんだってばよ」
「知らん。だがあの城には呪われた話があるとか、戦いで勝ち抜いてもなぜかすぐに城主が死ぬとか・・・或いは単なる寿命でおっ死んだか」
「呪い・・・・」
「ただの噂だろ」
サスケはそういう類を一切信じない。
それから暫く黙っていたが岩陰に隠れるナルトが身動ぐとサスケも動いた。二人がいる岩山からは白夜城とその背景の山々の峰がよく見渡せる。
サスケは双眼鏡を覗いて勝機の厳しさを実感した。
「全くのゼロじゃないが」
距離はまだ遠く向こうからは見つからない。更に死角に恵まれているが一歩出たら危険で城の周囲には隠れ蓑がない。
付近に適当な影があれば凌げると思ったがこれは丸腰で出て行くのと同じだ。
「サスケ?」
「酷く不利だ」
城の全体像、大きさ、里との位置関係などある程度は理解していたが詳細な地形までは分からなかった。
「見せろってばよ」
ナルトは双眼鏡を引っ手繰った。いきなり仙術を使う阿呆な真似はしない。
「んー?どれどれ・・・・」
右から左、上から下、また左から右に戻り中央に据えてじっと見ている内に一部盛り上がった岩とそこに空気孔を見付けた。
「あそこから入れるか」
双眼鏡を渡しながら示すと、覗き込みじっとその場所を睨み付けたサスケは頷いた。
「いいだろう」
その穴は径が四十センチメートル程で這っていけば入れる大きさだ。生憎ここからでは中の広さまでは分からない。
そこに思い至りナルトはがっかりした。
「あそこまで行って中で詰まる可能性があるよな?」
「珍しく慎重な考えぶりだな」
しかしサスケも思っていた。それは可能性の一つとして考えられる。
けれど他の道もある。
「一理同意するがあの岩は一見他と同化している」
「同化してるから良いのかってばよ」
「そうだ。あれがわざとだとしたらどう思う?」
「他から見つからないように・・・!っ、侵入されねーようにって事か!」
「結局見つかっちまってる訳だから間抜けだけどな」
「っしゃ!行くってばよぉ!」
勢いで立ち上がった目立つナルトをサスケは呆れた目で見た。
これ程暗部に向いていない人間がいるだろうか。
侵入口までの距離はおよそ百メートル。そこまで丸裸で走るのと同じ、と思っていたナルトは瞬身を使おうとしているサスケを見て口を開けた。
「その方法なら初めから悩む必要なかったってばよ」
「今は正門から突破する訳じゃねえからな。正門からなら話が違ってた」
「オレも時空間忍術があれば無敵なのによーぉ」
「言ってろ。行くぞ」
シュッと消えた後を追ってナルトも移動を開始する。
空気孔に入る際には苦労したが穴は緩い坂を保ちながら下へ続いており、暫く中腰で歩いていたがすぐに立って歩ける広さになった。
一人が通れる幅の穴を奥まで進んで行くと坂は平らになりまた上りに変化した。
「上ってるってばよ」
「このまま行けば城内に出るな」
その二人が出たのは窓も扉もない白壁に囲まれた四畳半サイズの部屋だった。
「あっ」
声を上げたナルトの視線の先、一段上がったところに台座がありその上にいかにもな巻物が鎮座している。
「なんだ楽勝だってばよ~」
「拍子抜けだな・・・・!来るぞっ」
「サスケ!」
ガガガガガという大音量と共に上から天井を埋め尽くす鉄の槍が下りてきた。鈍く光る先端を見てこれは不味いと感じる。
「こっちだ!」
いつの間にか出現した出口へサスケが誘導する。彼の両手は壁の一ヶ所を押し出していた。
「巻物は・・・」
「取ってきたってばよ」
「・・・・」
「サスケ?」
「再チャレンジがお約束なんだがな」
「いーじゃん取れたんだしさ~」
バシバシサスケの背を叩きながら上機嫌に笑う。
「まあいいか。ただこんなにアッサリいくと―――」
ブーッ!ブッー!
「わけないか」
「わわわっサイレンだってばよ!」
「当然の結果だな」
「なに平静ぶっこいてんだってのっ」
さっきまで上手くいった顔してたクセに!
「走るぞっ」
「どこ行くんだってばよ!?」
「外へ出られれば窓でもなんでも良い!」
「・・・・サスケが壊れた」
盗賊の格好をした二人は迫り来る足音から一刻も早く逃れる為に迷路な城を走る。
しかしこの城は扉か!と思って開けばただの壁が顔を出し、見つけた窓に飛び込むと何故かまた通路に逆戻り、排気口から出ようとすれば行き止まる。
「ぜぇはぁぜぇ・・・なんなんだってばよ」
「これが噂のカラクリか」
「呪いだってばよ」
二人は顔を見合わせ天井を示した。微かな響きが聞こえたのだ。
「まさかあの槍が」
「そんな音じゃねえ」
不意にサスケは腰を曲げて何かを背負う格好になった。
「おぶってやる」
「ハァ!?なにこんな時に言ってんだってばよ!」
「勘違いしてんな、天井を調べるんだよ。別にお前が台になってもいいんだぜ?」
四つん這いになったナルトの上にサスケが立つ姿が頭に浮かぶ。おんぶではなく四つん這い―――サスケならやり兼ねない。
「うっ・・・そ、そうかってばよ。それならハッキリ言えって」
「早くしろ」
細身でも男の重みに目を細めたサスケに悪いと思いつつ天井を押し上げると薄暗いが人が通れる空間が見えた。
「この中どうなってるか分かんねーけど」
「先に入れ」
「サスケはどうすんだってばよ」
「お前が引っ張り上げればいいだろう」
「・・・・・」
ナルトは首を振って天井に上がった。空気は決して良いと言えないがこの際の選択肢は他にない。
「おーい、引っ張るってばよ」
サスケは壁に足をつけチャクラ吸着しナルトは腕が抜けないように引き上げた。サスケの足が壁を蹴ったのでそれ程力を加えずに上げられてホッとする。
「暗いな」
囁いたサスケの顔が思いの外近くにあり写輪眼が赤く燃えていた。
「気配はない。チャクラも見えない」
スッと静まった瞳にナルトは無意識に止めていた息を吐き出して頷く。
「さっき感じたのはここを通る風か」
「やっと出られるな」
さすがのサスケも参っていたらしく鼻から息を漏らして進む。
しゃがんだ状態でしか前に行けないがさっきまでの廊下よりはマシに思える。
やがて遠くに光が見えた。
刃物で斬りつけた風に細い隙間から僅かな光が漏れている。
「うほーい、脱出~!!」
ナルトの折れ掛けていた心に希望が湧き思い切り壁を殴った。
ボコッと音がして一部が向こうに落ちる。
「開いたぜ」
「だな」
サスケとナルトの顔が突き出て外を覗く。眩しい空と懐かしい山々が見えた。
上を見ると城の尖った屋根が見えた。どうやら屋根の下の方にぶつかったらしい。
外に忍は見えない。
二人は上手く城から脱出できた。
ところが。
白夜城から離れること三十分。
早々に追手の気配が近付いて来ていた。
「予想より早いぜ」
サスケの顔がげんなりと歪む。
こんなに表情豊かなサスケは珍しい。ナルトは笑いを堪えて後ろを窺った。
影は一つ二つ三つ・・・とあと一人。
「フォーマンセルかよ」
「こちらが忍だとバレのは不味い。不本意だがあの城での行動は盗賊らしくできていたからな」
プライド高いサスケの顔に心底の不本意が見て取れた。
「ほどほどのスピードで逃げまくってたら消耗して捕まっちまうってばよっ」
「同意する。あの女には悪いが“できるだけ”の行動でやらせてもらう。最悪は奴等を殺す」
宣言した貌は正に暗部だ。
二人は跳んで森の中、木々に姿を隠した。
一瞬で見失った影に忍達は動揺を表す。
これは予想通りの反応。ここらからが勝負だ。
「って、実は上にいたんだな~とうっ」
一人の忍の頭にナルトの踵落としが炸裂、それに遅れて反応した男が跳びかかる。だが後ろから羽交い絞めにされて呼吸を塞がれ気を失った。
残るは二人。
不利を察したのか樹に紛れて見えなくなった。
続けて一気にいきたい所で攻撃に間が開くのは残念だ。
「立ち止まらずに行くぞ」
サスケの言葉で二人は駆け出した。
まだ盗賊だと思って貰えているだろうか。
「!」
不意に音もなくサスケが消えた。
ナルトは焦り走りながら辺りを見回したがそれらしい動きがない。
落ち着け、忍なら感情を表に出すな。
「サスケは無駄な動きはしねぇ」
動く時は必ず合図をする。
つまり今のは敵の攻撃だ。
サスケを凌駕する程の敵に気が引き締まる。
だが耳を澄ませても何も聞こえない。
悪い事にナルトは名誉挽回を焦っている。
もう二度とサスケに負わせたくねえ。他にも迷惑をかけたくねえんだ。
それに―――。
焦りは前回の事だけが理由ではなかった。四代目息子の認識が広まるにつれそれまでなかった妙な感情が渦巻く様になった。知られる前は良かった。自分は自分、忍のランクや相場など己がらしくさえいられればどうでも良く関係がなかった。
それが今は常にある焦燥感。
ナルトの胸がジリジリと焦げる。
様々な物を受け継いできたこの体だが、まだ飛雷神が使えるまでに至っていない。
悔しいが四代目には到底及ばない。
暗部には余計な様々な感情がナルトを包む。
「ボケッとしてんじゃねえっ」
突然爆発音と怒鳴り声が響いた。
「サスケ!」
ナルトの表情が明るくなる。だが敵も姿を現し二対二の現状に変わりはない。
敵を空中で背負い投げたサスケの姿に怪我はなく安心する。
けれど相手も中々のもので翻った動きから技を繰り出し、四本のクナイと手裏剣が二人を目掛けて飛んでくる。
カンカンッ。
応戦するこちらもついにクナイを取り出した。
最早・・・いや先程のサスケの起爆札から見抜かれているか。
「行くってばよ!」
覚悟を決めてサスケとナルトも攻撃にかかる。暫く刃と刃がぶつかる音がして五分五分の戦いが続いた。
しかし何が起因となったのか再びサスケが囚われた。
目に見えない間の出来事。サスケは不覚を取る男ではないのでやはり一枚上なのだ。
ナルトは瞬時のことで理解できなかった。
こんな事は珍しい。
今日は珍しい事ばかりだ。
「んな・・・なんでお前が」
ナルトは咄嗟に胸に隠した巻物を掴んでいた。
続く