銀鈎
外はもの凄い雨が降ってた。轟々風が鳴いて誰かが叫んでるみたいだった。
オレは怖くて思わず叫んだらカカシ先生が「大丈夫だよ」ってギュッと抱き締めてくれた。
窓には相変わらず激しい雨が当たっていたけど、オレはカカシ先生の腕の中で何でかスッゲードキドキして、雨よりも煩い自分の鼓動が耳に付いて嵐どころじゃなくなってた。
カカシ先生はこの気持ちが何なのか知ってるかなあ。
最近変な事件が続いてる。アカデミーの子供達が次々と消えてるんだって。テレビのニュースではそんな話少しも聞かねえ。けど何でオレが知ってんのかってゆーと、イルカ先生がアカデミー卒業したとはいえ子供に変わりは無いから気を付けろって教えてくれたんだってばよ。たぶん誘拐だってゲンマさんも言ってた。
カカシ先生はオレ達に何も言わねーけど、上忍なんだし知ってるよな?・・・・・・。
「よおナルト!任務帰りか?」
「シカマル!」
ナルトはアカデミーの前を通り掛った所で頭上から聞こえた声に空を仰いだ。
するとシカマルの顔が建物の屋上から現れて、ナルトを見下ろしていた。そこはいつもシカマルが昼寝をしている場所だ。
「今そっち行くってばよ」
ナルトは返事も聞かずチャクラ吸着で壁を登り始めた。
「よっと、シカマル独りだってば?」
「ああ、もうすぐチョウジが来る筈だけどな。ナルトも行くか、甘栗甘」
「おおー!行く、行くってばよ。甘栗甘の新作団子食いてえ」
「だと思ったぜ。こっち座れよ」
「おうっ」
ナルトはシカマルが寝ていた木製の長椅子に座り、昨夜の嵐が嘘みたいな青空を見上げた。
「なあ、ここんとこ発生してる猟奇殺人のこと聞いたか?」
「殺人?」
ナルトは物騒な話を持ち出したシカマルを首を傾げて見た。
「お前面倒臭がるくせにこーゆー話するってばよ?」
「色々あんだよ。今日アスマがその話をしてよ、心当たりあったらなんでも話せって」
「心当たりつってもなあ」
ナルトは益々頭を捻り暫く考えて、あ、と声を上げる。
「あのさ、あのさ!それって子供がいなくなってるって話?イルカ先生に聞いたけど殺人なんて言ってなかったってばよ」
「それだ。たぶん殺しは伏せておきたかったんだろーぜ。何でも下忍試験に落ちてアカデミーに返された生徒達が忽然と消えてるって話だ。これは内緒なんだけどな、身体をバラバラにされちまってるってよ。暗部が総出で犯人捜索してるらしーぜ」
「おえ!」
ナルトは身体を切り刻まれる様を想像して気分が悪くなった。
「何だよ、忍ならそういう場面に幾らでも遭遇するんだぜ?」
情けねえな。
「ちょっと違うってばよ。任務で相手倒すのと、子供を誘拐して残酷な殺し方すんのは違う。頭おかしーってばよ!オレはそういう事する奴はぜってー許せねえ」
シカマルは予想通りの科白を吐いたナルトをチラリと見て釘を刺す。
「だからって首突っ込むなよ。この件じゃ暗部が中心になって動いてる。下忍がどうにかできる問題じゃねーよ」
「分かってるってばよ!オレってばもうガキじゃねえ」
立派な木ノ葉の忍だってば。
シカマルは胸を張るナルトの様子に不安を感じる。
ホントに分かってんのかコイツ。面倒起こすんじゃねーぞ。ナルトはこの件にゃ関わんねー方がいい。
「チョウジ来たってばよ。おーい!」
ナルトはポテトチップス片手に歩いて来るチョウジに手を振っている。
なるようにしかなんねえか。
シカマルは己に言い聞かせるように頷いて立ち上がった。
「カカシ!五代目が呼んでるよ」
上忍待機所で恥ずかしげもなくエロ本を読んでいる「いい歳」の男を紅が呼んだ。
「はいはい」
呼ばれたカカシは十八禁本をポーチに仕舞い「まいったねえ」と気怠げに頭を掻き待機所を出た。
「あんた又何かやったの?」
室内から紅の声が追い駆けて来る。
「さあね」
振り返る事はせず、片手を挙げたカカシは両手をポケットに突っ込み憂鬱な気分で火影室に向かった。
五代目直々のお呼び出しとはな。ろくな任務じゃないだろうねえ・・・・・。
「ふーーーーっ。今日もナルトの家に行くの遅くなっちゃうな」
カカシが一日の終わりにするストレス解消法はナルトの笑顔を見る事だ。
「あの顔を見ないと眠れないんだよな」
以前毎夜現れるカカシに疑問を持ったナルトにそう答えた時は、担当上忍が自分に恋をしていると知らない少年はとても驚き、一瞬後には笑い飛ばしていた。
『わははははっカカシ先生冗談上手いってばよ~!あはははっ』
「本気、なんだけどネ」
未だに恋だと認識してくれないナルトはその御陰か、カカシを警戒せず容易く部屋に入れてくれ、しかもベッタリくっ付く事も悪ふざけか親子の愛情表現みたいなものだと思っているのか嫌がる素振りはない。
「ま、それは嬉しいけど、複雑だなあ」
オレは早く気付いて欲しいのよ。
カカシはナルトの妄想を脳内で繰り広げる内に、火影室の目の前にまで来ていた。
「おっと、もう着いたか。気合入れていかないとな」
サクラがこの言葉を聞いたら『気合なんていつもないじゃないですか!』と激しく突っ込んだだろう。
「失礼します」
「来たかカカシ!早速だが任務だ」
「・・・・・・・今からですか?」
カカシは少しでも間を置いて話す事は出来ないのかと、直球勝負な綱手をやる気ゼロの眼で見つめた。
「そんな顔をするな!安心しろ「今夜」だ」
「はぁ。あまり変わりませんよ。で、何です?Aランクですか、Sランクですか?手間が掛かるのは避けたいんですがね」
「我儘を言うな!今回の任務はSランクだ。暗部と共に・・・・・というか暗部として行ってくれ」
「へえー暗部ですか・・・・・って何でオレが暗部として行かなきゃならないんですか!オレがやるのは通常任務だけの筈ですが?」
カカシは思わず火影の机に両手を着いて身を乗り出した。
「ああ、確かにお前は三代目とそういう約束をしたらしいな。だが今の火影は私だよ。何か文句あるかい?ああ!?」
「はぁ・・・・。何を言っても無駄ですか。ですが今回限りにしてもらいたいですね」
綱手最強の一睨みを喰らってはカカシも黙るしかない。
「悪いね。今回は少し特殊でな、お前ももう知っているとは思うがここの所アカデミー生が連続して消え、しかも惨殺されている。恐慌に陥るのを避ける為里の民には知らせていないが、放って置くわけにもいかない。最初は上忍に任せていたんだが、犯人は相当の手練らしく証拠となる痕跡を一切遺していない。どうやったら逃げ切れるか心得ているらしい。しかもこちらの動きを読んでいる」
カカシは綱手の言いたい事が良く分かった。
「それで暗部ですか。捜査に当たるこちらの人間の顔を見られては不利だと考えているのですね。では犯人は忍・・・・・・」
顎に手を当てて考え込むカカシを綱手は両手を組み見上げる。
「その可能性が高い。行ってくれるか?」
カカシは任務内容を記した紙を取り上げフッと笑う。
「仕方ありませんね。オレも可愛い生徒達を持つ身です。放って置けませんから」
綱手は自身がまだ小僧と呼ぶ男の言葉に笑みを深くする。
コイツも言うようになったねえ。昔は自己中心などうしようもない男だと思っていたが、どうして中々教師ぶりが堂に入ってるじゃないか。これもナルトの御蔭かねえ。
「じゃ、よろしく頼んだよ」
「了解しました」
カカシは一礼して部屋を出る。
扉が閉まり切った瞬間
「喜んで」
カカシがこの上もなく楽しそうに笑ったのを見た者はなかった。
続く