幸せの鍵
カカシが敵地で奮闘していた頃、ナルトは戦場の真っ只中に居た。
周囲の思惑やシカマルの心配を余所にナルトは任務遂行に走ったが、戦場に立ち改めて生臭い風景を目にして立ち止まった。
そして、ここでは心を無にしなければいけないと痛感した。綺麗事の通じない世界だ。ここで散った者達の悲しみが胸に突き刺さる。
それは木ノ葉、草、関係なく全ての者の感情だった。
鈍感な人間であれば感じなかったであろう感情の波がナルトに押し寄せていた。
「ナルト」
嫌な予感がしてシカマルがそちらを見ると案の定ナルトはハッとした顔で振り返った。
「情けを感じてる場合じゃねえぞ」
「・・・分かってる」
俯き加減に目を細めるその横顔は答えとは反対の感情を物語る。
「リーダー」
再び声を掛けるシカマルとナルトの遣り取りを、キバとシノは黙って見ていたが、いまいち心配なナルトの様子にキバは不穏な空気を払拭しようと言い放った。
「とっとと片付けよーぜ!」
「俺達に課せられた任務をな」
静かなシノの言葉にナルトは頷かざるを得なかった。
任務の為に里を出て共にここまで来てくれた仲間だ。今更、班長が心の在処に戸惑って、隊員を巻き込んで二の足を踏む事はできない。
「行くぜ」
サポート役のシカマルが言うとナルトは漸く忍の顔になってクナイを握った。
戸惑いは棄てろ。目の前の為すべき事に集中しろ。
光のように疾るのは父親譲り、派手に術を放つのは母譲りだ。
潜入にはとことん向かないが、ナルトは己を形作るそれら師匠から受けた技や心得全てを気に入っていた。
はちゃめちゃなのはお前だけだと否定するだろうが、師匠の生き様も破天荒だった。彼は誰も成し得なかった事を数多く遣り遂げ後世に残したのだから。
敵味方ともに逃げ隠れできない広大な地を駆けていると突然大岩が砕け隕石のような石の塊が降り注いできた。
「なんだ!?」
「イッテェェェーッ!」
それは一回きりでなく、意図的な攻撃のようだった。空を仰ぐと何処から現れたのか幾つもの岩が浮かんでいた。そして次々に割れナルト達の上に落ちていく。
計算された動きだ。
「ウワォンッ」
赤丸が吼え、それぞれが戦闘態勢に入った。
「キバ!」
「分かってるよ!やられっぱなしじゃねェーっ!」
「牙狼牙!」
キバと赤丸は回転を繰り返し岩を粉砕していく。それを見ていたナルトは何処かに術者が居る筈だと思い、多重影分身で片っ端から破壊しながら本体を探した。
同じようにシノも蟲を操り敵を捜す。
するとその間にシノと共に地上に残っていたシカマルが何かに気付いた。
「ナルトッ奴の影だ!」
銘々の動きを冷静に見極めていた彼がある一点を示す。
それはキバの攻撃からいつも微妙にずれた場所に現れる黒い影だった。蟲もそれに反応している。
「リョーカイだってばよ!」
そちらへ向かって跳び螺旋丸を放つ。しかし影のみで体が具現されていないので上手くいかない。
「・・・やっぱり駄目か。ナルト、サポートする!」
シカマルは咄嗟に次のキバの攻撃地点に向かって影を伸ばした。すると読み通り攻撃を逃れた敵は逸れた位置に現れ、シカマルの影真似に捕まった。それで影姿の維持はできまいと観念したのか、急にむくむくと形を変えて本来の姿を現した。
「今だっ」
シカマルは怒鳴りナルトは再び螺旋丸を放った。
今度は命中したようで、もうもうと立つ土埃の中から途切れ途切れ声が聞こえる。
「ぐっ・・・まさかこんなキレ者がいるとはな・・・」
現れた男は地面に俯せた状態で既に影を解いているシカマルを見上げた。そしてその後ろのナルトの格好を見て呟いた。
「そうか・・・・お前が我々の・・・・」
「!」
シカマルは表情を変えたが、ナルトはよく分からず聞き返そうと歩み寄る。けれどシカマルがそれを止めた。
「?」
広げられた腕に遮断されてナルトの顔は怪訝になる。
「あとは俺がやる」
その科白が一層、不信感を扇ぐ。
キバとシノも何かを感じ取って怪しむ気配だ。
「おい、何やってんだよ」
「二人もいい。ここは俺が引き受ける」
「ハァ!?なんでだよっ」
キバが声を荒げる背後でまた男が口を開く。
それは絶え絶えの今際の言葉だったが、確かにナルトの耳に届いた。
「お前が・・・お前が、我が里の・・・・探していた希望・・・・・か・・・・」
彼はゆっくりと顔を伏せそれきり動かなくなった。
数分か十分か、一時間か。
ナルトは凍り付いたまま戦場に立ち尽くしていた。
いつの間にか雨雲が集まり今にも重い雲から滴が落ちてきそうだ。
「行こう、嵐が来る」
シノの静かな声に頷き動き始めたが、雨粒は予測通りすぐに降って来た。土砂降りになる前の雨がナルトの肩にサアサアと降り注ぐ。
雨が明るい金糸を重くする。
ナルトはゆっくりと歩みを止めて、低い声で背後に問い掛けた。
「なあ、シカマル。オレってば超ー頭悪ぃけど、一つ、聞いていいか?」
ごくりと唾を飲み込む音がやけに近く感じられて「ああ、これは自分のだと」己が随分緊張している事に気付いた。そして怖くて後ろを振り向けない自分に苦笑する。
だが、緊張しているのは自分だけでないと周りの空気から分かる。
「―――ああ、いいぜ」
答えるシカマルの声も心なしか乾いているように思えた。
続く