Happy Ending
夏を代表する夏祭り・蝉の鳴き声・眩しい太陽・熱帯夜それらが姿を消し、夏の終わりを告げた。
今では燦々と照っていた太陽は以前のような威勢は無く、力の抜けた弱い光を地上に向け暑かった気温も下がり肌寒い風が吹き始めている。
木ノ葉に秋が訪れたのだ。
「カカシ先生、どうしてっかなあ。ばあちゃんめ、あれ程カカシ先生の誕生日は空けといてくれってお願いしたのに!酷いってばよ」
丁度太陽が中天に昇った頃、ナルトはアカデミーに向かって歩きながら独り唸っていた。
「もう二週間も経っちゃったってばよぉ」
それは九月十五日当日の事だ。ナルトは数週間も前からカカシの誕生日を用意し、前日には祝いの料理の下準備まできっちりこなして翌日に備えていた。
それが十五日早朝、窓を突付く一羽の鳥によって一瞬にして壊されてしまった。
「任務、任務って特別な日ぐらい許して欲しいってばよ」
ナルトは仕方なくカカシに誕生日を一緒に過ごせない理由をガマ竜を通して伝え、明日こそは、と胸に誓って自分は任務に向かった。
しかし現実はそう甘くはなかった。
ナルトが任務を終えたのは深夜だった。安眠妨害かもしれないと思ったがどうしてもカカシに会って話したくて、カカシ宅に行った。
けれど合鍵を使って入ったナルトを迎えたのはカカシではなく彼の忍犬パックンだった。
「久しぶりじゃな、ナルト」
「パックン!久しぶりだってばよーーー!!!カカシ先生いねーの?チャイム鳴らしても出ねえからおかしいとは思ったけど」
だからわざわざ十八の誕生日に貰った合鍵で入ったのだが、まさか忍犬が出迎えるとは思ってもみなかった。
「ご主人は任務で先程出掛けた。ナルトが来るかも知れんと言って拙者を伝言役に置いて行ったのじゃ」
「ええーっ!?いっいっいつ戻って来るんだってばよ」
パックンは首をゆっくり左右に振って「分からん」と言う。
「どーしよーってばよ。明日は大丈夫かなあ?」
「とにかく拙者は伝えたからな」
「サンキューなパックン」
ナルトは消えるパックンの後姿を見届け、なぜカカシがメモではなくパックンを呼んだのか分かった。
「長期任務だってばよ」
恐らくナルトの家に寄る暇も無かったのだろう。かと言ってメモではナルトがカカシの家に来ない場合は役に立たない。パックンならば任務から帰ったナルトを捜し出して伝えてくれると思ったのだろう。
「カカシ先生、ありがとうってばよ」
その日ナルトはカカシのベッドで眠り、久しぶりに独りきりの朝を迎えた。
それからカカシは意外にも三日で戻って来た。しかし里に留まったのは僅かな時間で、すぐに次の任務に行ってしまった。
ナルトは何とか会おうと人生色々やアカデミーに張り付いてカカシの帰りを待ったが、ナルトがいない間に戻っては出掛けて行くらしく、逢おうとする程二人の距離は遠くなっていくように感じられた。
「あ~っもう!ばあちゃんの馬鹿ーーーーー!カカシ先生を返せってばよー」
ナルトはいい加減頭にきて道のど真ん中で大声を上げた。
「ナルトーお前、何恥ずかしい事叫んでんの?」
突如背後から聞こえた逢いたくて仕方なかった、耳に心地よく響く低い声にナルトは身体を震わせた。
「カッカシ先生・・・・」
「んー久しぶりだねえ、ナルトー」
カカシは呆然とするナルトを抱き締め肩口に鼻先を埋める。
「ただいま」
「おかえりっ・・・・てギャアッ!カカシ先生・・・ここ、ここっ公共の場だってばよっ。恥ずかしい事すんなってばっ」
我に返ったナルトは抱く腕に力を込めるカカシから逃れようと、精一杯もがきカカシの胸を押し返す。
「んん~?恥ずかしいのはさっきのお前の科白でショ~?聞いてるこっちが赤面しちゃうような事言ってたよ?」
「むむむっぷはっ。煩いってばよ。カカシ先生埃くせえの!」
「ああ、今戻ったばかりだからねえ」
カカシは名残惜しげにナルトの頬を長い指先でひと撫ですると「じゃ仕方ないね」と大人しく離れた。
「キスは後でな」
「だーかーらー、そーゆーことっここで言うなってーのっ」
「はいはい。オレ、これから報告行かなきゃならないけどナルトは今日空いてるか?」
「んっ?ばっちり空いてるってばよ」
ナルトはカカシの言わんとする所を理解してニシシッと笑う。
「じゃーデートしよ?迎えに行くから必ず待ってるよーに」
「オッケーだってばよ。カカシ先生こそ、ちゃんと来いってばよ?」
「だーいじょーぶ。また後でねナルト・・・・チュッ」
「ギャッカカシ先生反則だってばよっ」
ナルトは煙と共に消える瞬間カカシが口付けた頬に手を当てて、真っ赤になった顔で「ずりい」と呟いた。
ナルトはいつも自分の方が目一杯カカシを好きで追い駆けてばかりで、余裕のカカシに翻弄され続けていると思う。
「オレも翻弄してみたいってばよ。んでもってギャフンって思わせてみてーってば」
悔しそうに唇を噛んだナルトは来た道を戻り自宅に帰る。
けれど彼は知らない。
いつも余裕でナルトをからかう大人が、実は逆に目が離せないほど年下の恋人に溺れているという事を。
「カカシ先生お疲れ様です。ここのところお忙しいみたいですね」
任務受付所で報告書を受け取ったイルカは汚れたカカシの服を見て、上忍は本当に大変だと思う。
「ええ、でも何とか片付きましてね。やっと休めます」
「そうですか・・・それは良かった。ナルトも毎日ここへ来てはカカシ先生は来たか、とか来るまで待ってるとか言ってあなたの帰りを心待ちにしていましたよ」
「ナルトが・・・ですか」
「ええ、上忍待機所にも行ったみたいですが。わざわざ「イルカ先生が生きてるか確認しに来た」なんて言いましてね、上忍になっても相変わらずなんですねーあいつは。正直そんな奴をいつも見てるカカシ先生が羨ましいです・・・なんて、ははっ何言ってるんでしょうかね!すみません忘れて下さい」
カカシは報告書に目を通すイルカを見下ろして、自分こそ長い間この中忍に嫉妬していたのだと思う。一時期は「一楽」」という言葉だけでナルトを釣れるこの男を憎んだほどだ。「一楽ラーメン」をぶら下げられれば大抵ナルトは付いて行くが、イルカに対しては特別嬉しそうな笑顔で応えていたとカカシは記憶している。
「はい結構です」
イルカが受理の印を押して顔を上げた時には既にカカシの姿は無く、順番待ちの次の忍が報告書を差し出していた。
「ナールトッ」
「うおっカカシ先生早ッ!さっき別れたばかりだってばよ」
鍵を持っているのに相変わらず窓から侵入する癖はまず置いて、それ以上に行動の早さにナルトは驚いた。
「もーナルトに逢いたくて超特急で終わらせて来たからな」
「そんなに慌てなくてもオレは逃げねえってば」
「お前は逃げなくても時間が勿体無いでしょ。あ、オレ急いで来たからシャワー浴びてないの。風呂借りるぞ」
カカシはさっさと上がり込みナルトの返事を聞かずに風呂場に消えた。
「ったく、風呂ぐらい入って来いっつーの!」
二人が付き合うようになってから互いの家で朝を迎える事は珍しくなくなり、それからお互い着替えを持ち込むようになった。
「服とタオルここに置いておくってばよ」
籠に衣服を入れて磨りガラス越しに見えるカカシの身体を意識してナルトは言った。
はっきりとではないにしろ、ぼんやり見える肌色に恥ずかしさを覚えたのだ。
鍛え上げられた身体の線は否が応でもナルトに情事を思い出させる。
この男に抱かれているのだと思った瞬間、ナルトの顔は火を噴いて真っ赤に染まった。これ以上ここには居られない。
「ああ、悪いな」
本当に悪いと思ってんのかよ?
ナルトは洗濯機にカカシが脱いだ忍服を乱暴に突っ込んで逃げるように居間に戻った。
「はあーさっぱりした。ナルトも入ればよかったのにな」
「なっなっ何言ってんだってばよっ」
カカシのさり気ない一言にナルトはすっかり動転して叫び、さっき風呂場で思った事をカカシは読んでいるのではないかと訝る。
「さて、デートに出掛けるか」
「あ、んさ、その事なんだけど・・・」
ナルトはベッドの上で胡座をかいて完全に出掛ける準備が整ったカカシを見た。
「ここじゃ駄目だってば?オレこの間先生の誕生日に張り切って料理とかプレゼント用意したんだってばよ。店に予約したケーキは無駄んなっちまったし、任務の所為で祝えなくなっちまったけど、だけど、だから、今日はちゃんと二人きりで祝いたいんだってばよ。ケーキはねえけど・・・・・」
ナルトは黙って聞いているカカシを不安げに見上げた。するとににっこり笑う片目が見下ろしていた。
「駄目なんて言うわけないじゃない。ありがとう、ナルト」
カカシはナルトを抱き締め、口布と額当てを外してしまうと嬉しそうに優しいカーブを描く唇をナルトの唇に寄せた。
「カカシ先生、誕生日おめでとう」
「ありがとうナルト、お前に祝ってもらえるのが最高のプレゼントだよ」
「カカシ先生・・・・」
「シーーーーーッ・・・・・」
重なった唇はゆっくり深い口づけへと変化し、二人の身体が重なる。
数時間後ナルトの手料理を堪能したカカシが「一緒に暮らそう」と言い出しナルトが驚いた後満面の笑みを見せ
るまであと、少し。
END