闇に吼える狼の夢
ヤマトが去ってしまうとナルトは急に居心地が悪くなり、カカシとも話し辛くなってしまった。
「ナルトおいで」
戸に手を掛け振り返ったカカシをいつもなら真っ直ぐ見つめ返すナルトだが、今日は目を合わせられない。
サクラちゃんかサイがいてくれたらよかったってばよ。
自分からカカシと行くと言っただけに文句は言えないのだが。
「ほら入りなさいよ」
カカシが指す室内は薄暗く一度入ったら出てこられない気がした。しかしよく考えればそんな事はありえないし、カカシにしたっていつも通りだ。ナルトの思い過ごしだろう。けれどはっきりとは言えないがどうしてもカカシの雰囲気が微妙に普段と違う気がするのだ。そうした勘違いとも言える事がナルトを逃げ腰にさせていた。
任務を拒否する事などできない。できないが、ナルトは本気で逃げ出したいと思った。
「ナルト大丈夫かしら」
サクラはアスマ達から少し離れた所でヤマトの術によって出現した宿を眺めていた。向こうではアスマがヤマトと話し合っている。任務についてだろうか。
「どうして?」
「あら、サイ」
アスマ達の輪から離れ近づいて来ていたサイがサクラの独り言を耳にして首を傾げた。
「だって今日のカカシ先生様子がいつも以上に変だったでしょ?集合場所には早く来たし、二班に別れた時の私達に対するあの態度!あーもう思い出すとムカツク。しゃーんなろー!昔は待ち合わせに三時間も遅刻してたのよ!?」
「三時間・・・」
サイは思っていたカカシのイメージと遅刻という言葉が結び付かないのか、首を傾けたままだ。
「やっぱり私様子見てくる!」
釈然としないまま任務に就くのは嫌なのか、サクラは拳を作りキッと前方を睨みつけた。サイはその様子を黙って見ていたが、彼女がカカシ達の居場所を聞き出そうとアスマの方に歩き始めると一言
「今行けばナルトは困るんじゃないかな」
「え?」
睨むサクラに臆する事無くサイは続ける。
「ナルトは自分からカカシ上忍と行くって決めたんだ。僕らが今行けばナルトの面目が丸潰れだよ。君が心配するのは分かるけど、その親切心でナルトに恥をかかせるのかい?」
「私はっ!・・・私はナルトが心配なの。サイには分からないかも知れないけど」
「サクラ・・・僕に兄との繋がりを思い出させてくれたのはナルトだよ。僕だって心配してる。でも相手は君達と付き合いの長いカカシ上忍だ。ナルトをどうこうするとは思えないよ」
サクラはサイの言葉に睨んでいた瞳を和らげ目を逸らすと口許に微かな笑みを浮かべた。
「ごめん。そうよねカカシ先生がナルトに酷い事するわけ無いわよね」
「おーいお前ら」
アスマが二人に向かって手を挙げ呼び掛けている。二人は頷き合い走り出した。
ナルトは戸口に突っ立ったまま、火を灯され隅々までよく見えるようになった部屋を眺めていた。明かりを点け終わったカカシはナルトを振り返り戸を閉めるように指示する。
「なーに、ぼうっとしてんの?こっち来なさいよ」
ナルトはゆっくり扉から離れ玄関でサンダルを脱ぎ素足で上がった。滑らかな木目の床から足裏にひんやりした感触が伝わり、少し暑いこの時期には心地いい。目線を上げると換気の為に開かれた小さな窓が目に映った。そして再び室内に向けるとカカシの広い背中が見えた。カカシは胡座をかき目の前に大きな地図を広げている。
「任務の説明をするからここに座れ」
向かいを示されてリュックを下ろしながら座ると隆起した山々や拓けた大地を克明に記した地図がよく見えた。
「オレ達がいるのはここだ。そして一里(約四百M諸説あり)離れた所が奴らの潜伏先だ」
カカシは人差し指で自分達の居場所を示した後スッとスライドさせて敵の居場所を教えた。
「明日から監視態勢に入る。アスマ達は東西と北からオレとナルトは南から見張る」
「アスマ先生達は三箇所も!?」
「あっちは六人もいるでしょーが。ツーマンセルなら当然だよ」
事もなげに言い放つカカシはもう地図を仕舞い始めている。
「ってもう説明終わりかよ!!相手が何人いるとか分かんねーの!?」
「ああ。相手、ね。暗部が確認した情報によると・・・ま、ざっと十五人だ」
「十五!?」
「そう驚くな。戦闘にならなければ問題じゃないさ」
そうは言うが上忍二人が付く程の任務。攻撃態勢に入る可能性もあるわけだ。
「ヘヘッ」
ナルトの身体をゾクゾクした快感が駆け上がる。
「例え戦うハメになってもオレがやってやるってばよ!」
右手で拳を握りもう片方の掌にパシッと打ち込み気合を入れる様をカカシはジッと見ていたが、ふうっと息を吐くと何も言わずに立ち上った。
こいつには隠れるって事ができないのかねえ。
「ん?何だってばよ」
呆れを滲ませた微かな笑みをカカシの口許に見つけたナルトは下から睨み文句があるなら言えと噛み付いた。
「ククッホーントお前はいいねえ」
可愛いし飽きないペットだよ。
そう言えば本気で怒るだろうが。
「カカシ先生?」
意味不明な発言にカカシに対する不安が再び沸き起こる。
カカシはそんな気持ちに気付く事無く背を向け風呂場へと続く戸の前に立つ。
「ナルトー走り続けて来て疲れたデショ?今日はもう休みだ。風呂沸かしてやるから少ーし待ってな」
背を向けている為カカシがどんな表情をしているのか全く分からない。それが一層ナルトを不安にさせて、休めと言われてもどうすればいいのか分からずにガラガラ、ピシャッと戸を開け閉めする音、ザーッと湯船に湯を張る音、ドサッと衣服が脱ぎ捨てられる音等をぼんやり突っ立って聞いていた。
そして再び戸の開く気配の後、カカシが現れその姿にハッと息を飲んだ。あろう事かカカシは全裸で出てきたのだ。
服を着ている時には分からない無数の傷痕が残る広い胸と崖登りで鍛えた逞しい身体を炎が照らす。
「ナルト、一緒に入ろうよ」
任務中だというのに夜の誘いを彷彿とさせる低く甘い声にナルトはドキッとした。
「まだ陽が高いってばよ・・・それに任務中だし。ってか何で裸で出てくんだってばよっ!」
ナルトはカカシの行動に途惑いどぎまぎしながら叫んだ。僅かに逸らした目許は紅く染まっている。
は、恥ずかしいってばよ。
自分が痴態を晒しているわけではないのにどういうわけか胸が高鳴り頬が熱くなる。
先生どうしたんだろ。
いつもはぼうっとして見えるがいざ任務となればそこは上忍、素早く適切な判断で任務を遂行する。仲間を大切にする厚い情はあるが間違っても公私混同はしない。それが今回の任務ではどうだろう。ここに来るまでの彼の発言と態度、どれも私情を挟んだもののように思える。
やっぱりおかしいってばよ。オレ来ちゃいけなかったんだ。
「ナルトのくせにまともな事言わないでよ。それとも・・・いつもと違う場所だから照れてんの?いいよ、それならオレが脱がしてあげるから」
勝手に決めつけたカカシはナルトを脱がすべく近づいて行く。
ゲッやばいやばいオレッてばピンチ!
「待っ・・・ちょい待ち!オレッてば自分で脱げるしッ」
ナルトの言葉にカカシの歩みがピタッと止まる。
「ふ~ん、そう?じゃ待っててあげる」
ナルトは困った。待つと言われて「では脱ぎましょう」とは思えない。逃げる方法は無いだろうか?
「あの、さ。ここで脱ぐってば?」
「うん、それしかないね」
「えーと、それじゃあさ!ちょっと後ろ向いててくんねえ?」
「・・・どうして?いつもオレの前で着替えてるでしょ」
「どうしてって・・・」
こんなじっと見られてて脱げるわけねえってばよ。
ナルトは段々問答のようなカカシとの遣り取りが滑稽に思えてきた。
大体ハタから見ればカカシ先生は子供に悪戯をしようとしてる変態だってばよ。紅先生も「イカガワシイ」とか言ってたし。
「カカシ先生先に入っててくれってば。オレ後から行くから」
「後からなんて必要ないじゃない。いいよ待ってるから」
うがーーーーーー!先生ってばちっとも分かってねえってばよ!オレは脱ぐ所を繁々と見られたくないんだってばよ。
カカシは色違いの瞳でジッとナルトの一挙手一投足を見逃すまいと注意深く見ている。
ナルトはそっと戸口の確認をしたが同時に無理だろうなと思う。
オレの手があそこに届く前にカカシ先生に捕まる。
ナルトは一度深呼吸をすると震える手で上着のジッパーに触れた。
「緊張してるの?相変わらず初々しいね。可愛いー」
クスクス笑う男を睨み付けるが何の効果も無い事はよく知っている。
「緊張なんかしてねえってばよ!ほら、さっさと入るってばよ!」
わざとらしい程にバサバサと脱ぎ捨てて、精一杯の虚勢で何ともないんだという格好を装った。けれど内心は可笑しい位ビクビクしていた。その証拠に木ノ葉の額当てを外し忘れたまま風呂場に向かおうとしていた。
「ナルトォ額当ては~?」
ニヤニヤ笑いながらからかう大人程嫌なものはない。
「分かってるってばよ」
ナルトは真っ赤な顔で俯き外した額当てを握り締めこれ以上惨めにならないよう、ただひたすら耐えた。
続く