闇に吼える狼の夢
「綱手様先日のはたけカカシの任務報告書及び他に探しておられた書類を持って来ました!」
ノックと同時に大量の書類や冊子を両腕に抱えたシズネが非情にも閉じようとする扉を体で押して火影室に入って来た。
「ご苦労だったなシズネ」
綱手は彼女が抱えて来た資料の内一冊を手に取り窓辺に立った。それには既に綱手が自ら押した火影の印が付いている。
「一度ファイリングしたものをご覧になるとは珍しいですね」
火影の仕事が忙しい綱手は一度目を通しサインしたものをもう一度見直すという事は普段ない。火影就任前の書類を資料として引っ張り出してくる時もあるが提出されて一週間も経っていない物を読む事はない。
緊急でない限りは。
「カカシと一緒に組んだ猿飛アスマがカカシの様子を要注意と書いている。フッ、私に言わせれば、アイツは常に要注意だよ」
口端を歪ませクールな仮面の下に変態気質を隠している上忍を嗤った。
「ですが任務は完了したんですよね?」
だったらよいのでは?暗にそう言うシズネの言葉に綱手の眉が動いた。
「たしかにな!」
バサリとデスクに書類を放って首を傾げているシズネを振り返った。
「任務遂行のみを評価するならカカシはこの里では・・・一番だ。失敗しない事への信頼は大きい。しかし忍はそれだけでは駄目だ!忍は単なる兵器に過ぎないと言う奴もいるが、私はそうは思わない。心が伴わなければ傀儡と同じだ。暗部時代と違って今のカカシはいい方向に変わっているよ。昔は酷く孤独な奴だったからね・・・沢山の仲間達に囲まれていても、誰にも心を許せない。そんな人間だった。それを変えたのはナルトだ」
「なら今回の任務は成功ですね」
「そうとも言えないんだよ。アスマの話では任務成功率アップと短期化に拍車が掛かっているらしい。まるで昔のカカシだよ」
「どうしてそんな」
「ナルトだよ」
「ナルト君がですか?」
「少しでも長い時間一緒にいたい、そんなところだろう。手元に置いておきたいんだろうが、ナルトは嫌がるだろうね・・・あいつは大空に舞う鷹だよ。今はヒヨッ子だが私が認めた火影になるべき忍だ。カカシもそれを分かっている筈なんだがねぇ・・・ハア、あいつが生き残ってこれたのはナルトという希望があったからだ」
「ではなぜナルト君をはたけカカシと行かせたんですか?もし危険な・・・何かが起こったら!」
「これは賭け、カカシの・・・いや二人の試練だよ。私は信じてるんだカカシとナルトが無事戻って来るとね。シズネには言っていなかったが、ここ最近のカカシの行動から里抜けするんじゃないかという危惧を抱いていたんだが・・・」
「!」
綱手の言葉にシズネに緊張が走った。
「そんな顔をするな。どうやら私の思い過ごしだったらしい。考えてみれば、ナルトが許さない筈だからねぇ。一緒に行こうと言われても必死に抵抗するだろう」
「ですが相手ははたけカカシですよ!?ナルト君の敵う相手ではありません!」
「落ち着けシズネ」
興奮したシズネに余裕の笑みを見せた綱手は今のは口外無用だぞと言って彼女を下がらせた。しかし扉が静かに閉まりシズネの姿が見えなくなると綱手は再び渋面になる。
「信じているとはいえ、やっぱり不安だねぇ。はあ」
綱手は宝くじの抽選結果を見て溜め息を零した。
ナルトは小さな木の椅子に座ってされるがままに体を洗われている。何もする事がない為小窓から外を眺める。小窓から見える景色は空と木だけだが時折その木々に鳥が留まる。
「ハイ背中は終わり~」
背後で楽しそうにナルトの肌を堪能していた男は次は向かい合わせに座るように言う。
「えーっ!もう自分で洗えるってばよ」
顔を紅くしたナルトは唇を尖らせる。するとカカシがフッと笑って尖った唇に吸い付いた。
「チュッ・・・まあまあ、そう怒らないで。オレ達忍はいつ死ぬか分からないんだよ?もしかしたらこれが最後の風呂になるかもしれない。だからさちょっと位我儘聞いてくれてもいーんじゃない?」
あ、でも最後がナルトとの入浴だったら最高だよね!
カカシの重い言葉にナルトの気分は急降下し気持ちも暗くなる。さっきまで怒鳴っていた事も忘れて向かい合わせに座ったカカシを見る事もせず俯いてしまった。
「あらら、ちょっと暗過ぎちゃったかな?ハハハ・・・大丈夫!オレ強いし、いざとなったらナルトも護ってちゃんと木ノ葉に戻るから。ね?ナルト、顔上げてよ」
少し厳しく言い過ぎたかと反省したカカシはナルトのご機嫌を取り始めた。
「ナールートー」
カカシは俯いたままのナルトの髪をシャンプーでわしわしと洗い始めた。二人は何も喋らず泡の弾ける音だけが聞こえる。時々鳥が囀るがそれ以外に聞こえるのは二人の静かな呼吸だけだ。
こんな日が前にもあったなとカカシは思い出した。ナルトの家に押し掛けてまったりと過ごした日、夕刻窓から差し込む夕陽を見ていたら急に一緒に風呂に入りたくなった。人の家にもかかわらず急に言い出したカカシを責めるどころかナルトは笑って「いいってばよ」と風呂の支度をはじめた。
それはいつもと同じ自然な行動だったけれど入る時刻が違った。
日頃は外を暗闇が支配してからだ。ただそれだけの事。なのにそれだけで気分は穏やかになっていた。
いつもならばこの後はテレビを見ながらいい雰囲気になってキスして、ベッドに入ってそれからこうしよう、ああしよう、とか善からぬことを考えているイケナイ頭なのに、この時ばかりは一切考えずに愛おしいという気持ちだけで胸が一杯になっていた。
でも結局あの後ヤッちゃったんだけどね。
バシャーッ。
カカシはナルトの髪を洗い流しながら思い出し笑いを堪える。
オレってホント自分に正直な男だから。
「何笑ってんだってばよ」
気付くと濡れた髪の間からナルトが睨んでいた。堪えていたつもりが声に出して笑ってしまっていたらしい。
「ごめんごめん。ちょっと思い出し笑い」
「エッチィの」
ナルトは頬を膨らませてそっぽ向いた。どうやら先程までの機嫌は直ったらしい。カカシは反論せずニコッと笑って額に張り付いたナルトの髪を掻き上げた。
「ククッ当然でしょ、ナルトの事考えてたんだから」
「・・・・・そういう事、平気な顔して言うなってばよ」
再び顔を紅くしたナルトはカカシを睨んだ。しかし今度は俯かず蒼い両目がしっかりとカカシを捉えていた。
「カカシ先生恥ずかしいってばよ」
「そう?オレはちっとも思わないけどな」
カカシはクスクス笑いながら今度はナルトの胸を泡だらけにしはじめた。
まるで何の問題も無いかのように見える二人。クスクス笑い合うその姿は仲のいい
師弟か・・・親子か。他人には恋人同士に見えなくてもカカシは全然構わなかった。他人がどうこう言おうとも二人は立派な恋人関係を築いていたし、第三者の意見でどうにかなってしまうような絆ではないと信じている。しかし最近のナルトの成長ぶりが焦燥感を生み、カカシの心を蝕み始めていた。
このまま遠くへ連れ去ってしまおうか。
カカシの心を闇が支配し彼自身を苛む。
いつかナルトを死が連れ去ってしまうなら、今攫っても構わないじゃないか。そうすればずっと一緒にいられる。
けれど駄目だ、とも思う。
ナルトの夢は火影になる事だ。その背を押してやるのが師としての務めではないのかと。
だが恋人としての「はたけカカシ」はどうなる?飛び立ってしまうナルトを見守っているだけでいいのか?心も体も手に入れた筈のナルトから周りの人間によって引き離されようとしているのに!!
今のナルトを応援している者達は少なくない。ナルトの努力とぐんぐん伸びる実力、熱い心根を買っている五代目は勿論。彼の他人を想う心に触発された者達は自分を見つめ直し変わっていく。そして自然とナルトの周りに集まる。それらはまだまだ増え続けるだろう。そういった者達を目にする度カカシはいつかナルトが手の届かない所に行ってしまうのではないかという恐れを抱く。
嫌だ。ナルトを手放すなんて絶対にできない。誰にも渡さない!!
カカシは己の心にぽっかり開いた穴を見つめ、うっそり嗤った。
ナルトが自分からオレと共に歩む事を選べばいい。そう仕向ければ良いだけの事だ。
それは共存という生温かいものではなく、依存という狂気。
「ん・・・くすぐったいってばよ」
眠っていたナルトは体を這う謎の感触に意識を戻し体を捩った。とはいえまだ寝惚けている状態。目は閉じたままで右手が無意識に謎の物体を追い払う仕草をする。それでも少々の不快を含む奇妙な感触は去らない。
「クスクス・・・う、ん・・・本当にくすぐったいってばよー。やめてってば・・・カ、カカシ先生?」
ナルトは耐えきれず目を開けた。最初は笑っていられたものの次第に執拗な行為が鬱陶しく、Tシャツを着ているにも拘らず直接肌に感じるザラつきとヌルリとした感触に不審を抱いたからだ。
「!!!・・・カッカカシ先生っ!?何してんだってばよっ」
ナルトは目の前の光景に瞠目した。全裸のカカシが仰向けに寝ているナルトの体に覆い被さり柔らかい彼の肌をペロペロ嘗めているのだ。ナルトはTシャツを着て寝た筈の自分が全裸である事に驚き、それ以上にカカシの異様な行動に吃驚した。一心に嘗めるその姿はまるで銀色の狼が森で彷徨った仔狐を捕らえどんなに旨いか味見をしているかのようだ。
昼間ドキドキしながら風呂場に行ったナルトだが何事も無く入浴し終え、食事の最中も不穏な様子はどこにも無かった。いつも通りのカカシの笑顔と口調だった。だから内心ほっとして眠りに着いたのだ。無さ過ぎて半分残念に思ったのは内緒である。
キスくらいなら予想の範囲だ。しかしこれは任務開始前夜には過激すぎる行為。場所も問題だった。ここは木ノ葉の自宅でなければ通い慣れたカカシの家でもない。
「カカシ先生やめってってばっ」
信じられない出来事にすっかり目が覚めたナルトは体を押さえ付ける腕から逃れようと暴れた。
「やめろってばっ」
口をつくのは拒絶の言葉ばかり。けれどもカカシの力は弱まるどころか一層強くナルトを拘束した。
「なんで、何でこんな事すんだってばよ!」
否定ばかりの言葉にカカシの中でピシリと亀裂が入る音がした。
「・・・るさい」
「え・・・?」
「うるさい!傷付きたくなければ黙っていろ」
「な、に・・・・!!!やめっ・・・」
カッとなったカカシはもう自分を抑えられなかった。カカシの変貌に驚き呆然とするナルトを乱暴な扱いでシーツに縫い止め、両腿を掴んで強引に割開いた足の間に入り込んで股間に顔をうずめ、行儀良く閉じている花弁に舌を這わせた。
「ひ、ああッ」
ナルトの心が羞恥に染まる。
何で何で何で?
ナルトの意思を無視して強引に進められる行為と、数時間前まで微笑んで温かい眼差しで話していた筈のカカシの恐ろしい態度にナルトの両目から涙が零れた。苦しみと悲しみが一気に押し寄せ疑問符だけが頭を埋め尽くす。流れる涙を拭う事もせず抵抗を止めたナルトは人形のようにただ見慣れぬ天井を見上げていた。
続く