この願いが君に届くのなら
-好きだったよ-
そう零せば過去形かよ、と黒髪の青年が眉を顰めた。
カカシは文句の一つも言えず苦笑を返すだけで精一杯だったが、心の中では慟哭しいっそ発狂してしまいたい気分だった。
「アンタは・・・・これでいいのかよ」
「いい訳ないでしょ・・・・でも」
ナルトがいない今となっては・・・・・・。
ここにいる意味もない。
ナルトが「眠り」を選んでからどれ程の時が経っただろうか。
禁術の発動により里は・・・世界は救われたが、術の中心にいたナルトはチャクラの大きな渦に飲み込まれ「凍結」した。
大きな柱を失った里は急遽次代の火影を選出したが、七代目火影たる木ノ葉丸は自分は繋ぎに過ぎないから、と正式な就任を拒んでいる。
『オレには六代目火影としての使命がある』
里を再び災厄が襲った時みな為す術もなく呆然と立ち尽くしていた。そこへ六代目火影が立ち上がったのは必然だっただろう。他に選択肢が無かったのだから、それをいい事に古株が顔を揃える上層部は文句無しに賛成の意思を表明した。ナルトを信頼する若い者達はみな同様に苛立ったが、ナルト自身の意志が固かった為にそれを止める事は出来なかった。
しかし今思えば、他の策を探そうとしなかっただけではないのか、とカカシは思う。
けれどそれも今更な事だ。ナルトは「眠り」を選んだ。それが全てで事実だ。
悔やまれるのは独り遺された事。
またオレはひとり生きている。
カカシは旅立つナルトの背中を思い出して唇を噛んだ。
『火影は代々この里を守ってきた。オレにもその使命がある。そして・・・絶対諦めねえ根性が!!だから心配すんなってカカシ先生。オレがこの里を、皆を守ってみせる。だから見ててくれよな!』
あの時反対すればよかったのか?そうすればナルトは諦めてくれたのだろうか。
否、アイツが仲間がいるこの里を見捨てる訳が無い。
サスケと並んで里の外れにある祠の入り口に立ったカカシは自嘲の笑みを浮かべた。
「オレは最低だよサスケ・・・師としてでも伴侶としてでも、仲間としてでもなく木ノ葉の上忍としてアイツの意見を受け入れた!・・・ナルトの命よりこの里を優先したんだ」
サスケは静かにカカシの心からの叫びを聞いていたが、藍色の瞳に懺悔以外の他者の意見を求める色を見つけて静かに口を開いた。
「それでいいんじゃねえのか。あんたが逆の道を選べば一時ナルトは助かったかもしれねーが、あんたを一生許さなかっただろう。そして俺も他の奴等も同じく里と共にいずれは死んだ」
「・・・・・」
「ウスラトンカチらしい判断だぜ。だが、俺は納得はしてねえ。あの馬鹿が起きたら言いたい事が沢山ある。その為に今はここに来てる」
ナルトが禁術を使った時サスケは長期任務に出ていてその姿を見る事は叶わなかった。だからこそ一言の相談も無かった事を悔やみ悲しみ怒っている。
祠に施された封印はそう難しいものではなかった。少なくとも上忍には解ける程度のものだ。
サスケは指先にチャクラを集めて印を組み社の入り口を突破すると一気に奥の洞窟に向かって走り出した。
「急げ!」
「分かってる!!」
入り口があのくらいの軽い結界となるとこの後別の仕掛けが二度三度襲ってくる可能性が高い。勿論二人はそんなものに引っ掛かるつもりは無く、四方に注意を払いながら全力で駆ける。
カカシは一度だけ背後を振り返り追手が無い事を確かめた。
「あそこか」
少し息が上がったカカシは少しも呼吸を乱さず前方を示す青年の背後で流石若い、と独りごちて頷いた。
本当は息が苦しいのは歳の所為ではないが、サスケに突っ込まれると厄介なので今はそういう事にしておく。取り敢えず眼が両方とも無事なのだから問題ない。
「これを使えばナルトは目覚めるかもしれない」
カカシは開けた場所の中央まで行くと蒼く光る大きな水晶の前で足を止めた。
「但し、使用者が無事で済むかどうかは分からないが」
それでも協力するか?
深い海の色が固い決意を示す漆黒の眼差しを見つめていた。
聞こえる。
オレを呼んでる声が聞こえるってば。
四角い白いだけの部屋でうっすら瞳を開けたナルトは突如息苦しさに襲われて目を見開いた。彼は肺呼吸を知らぬ海の生物のように体を震わせ藻掻こうとした。けれど動かそうとした指は痺れて思うようにならない。
異常に気付いたのは桃色の髪のくノ一だった。彼女はナルトの手を取り必死に呼び掛ける。この時を毎日毎日待ち続け、気付けば一年も経っていた。もう駄目だと諦めの声が聞こえる中で彼女は決して首を縦には振らなかった。
「ナルト!ナルトッ私が分かる!?」
「凄い、奇跡だ」
「火影様が目覚めたぞ!」
「一体どうして・・・本当に奇跡だ・・・・」
「何言ってんのあんた達、ボーッとしてないで動け!」
呆然とする仲間達を睨み叱咤しながら彼女はナルトが己を認識してくれるよう祈る。
「呼吸をして!!ナルト、息をするのよ!」
「酸素吸入をする!」
「待て!・・・大丈夫だ。そう、ゆっくり・・・分かりますか?火影様」
「・・・・・・・」
「ナルト」
ナルトは自分の顔を覗き込む、未だ少女のように若くそれでいてしなやかに強くなった女性の顔を見上げて小さく頷いた。
「良かった!ナルト・・・私ずっと・・・・!」
彼女の言葉に分かっている、とまだ力の入らない指先で答え、どうしても言わなければならない事を息も絶え絶えに伝える。
「サクラ・・・・ちゃん・・・・・・カ・・・カシ・・・せんせー・・・は?・・・」
「ねえっカカシ上忍見なかった!?」
医療班の若き実力者、春野サクラは一年前から使用中になったままの集中治療室を飛び出して叫んだ。
「あ・・・先程うちは上忍と一緒に祠の方へ向かわれましたが」
「祠ね!!」
誰かに頼むよりは自分が走った方が早い。
サクラの決断は早かった。彼女は走りにくい治療服を脱ぎ捨て、その下に着ていたいつもの忍服姿になる。
「あっあの!春野上忍、どうかされたんですか?」
「ナルトが、六代目火影が意識を取り戻したのよっ!!」
印を組み両手を水晶に翳しながらカカシは思う。
ナルトと過ごして色々な事があった。
喧嘩はいっぱいしたが、笑い合いもした。
それら全てが宝物でどれ一つも失いたくないものだ。
一緒にいた時には伝えられなかった言葉が、想いがこの胸には沢山ある。
一体どれから、何から話せばいいか分からないが、
オレがまた隣に立てたら
ナルトが目覚めたら一番に伝えよう。
お前をこんなにも愛している人間がいる事を。
そうしたらきっと、またあの青色が瞬いて
その時オレはもう一度ナルトに恋をするんだ。
END