三忍三様・恋模様
「カカシに何を言われたんだ」
一通り敵を倒した後、最初からの予定通りアジトを完全に破壊すべく、建物に決定的な衝撃を与えられる数箇所に起爆札を貼り終えたサスケは最後に貼った床をひと撫でして立ち上がった。彼は来る途中のカカシの行為がまだ納得できない。
曇り空を見上げて帰り道の算段をしていたナルトは鋭い視線をサラリ流して、足元に落ちている自分のクナイを拾ってポーチに仕舞った。
「何も。サスケには関係ないってばよ」
「あの男はやめとけ」
「サスケに言われる筋合いねえ。それより、せいぜいサクラちゃんに睨まれないようにしろってば」
「どうしてサクラの名を出す?」
「あの子よりサクラちゃんの方が断然いいってばよ」
初恋の女の子はくの一の中でも一等強く、また美しい。あの怪力で数々の苦境を切り開いて行くのをナルトは側で見てきた。そして可愛い少女から美しく逞しい女性に変化していくのも同じく。それはサスケも同様に。
「サクラの価値は俺も分かってるが、話を逸らすな」
「チッ」
「ナルト」
「サスケェ、お前にはカンケーねえじゃん、だろ?」
「な・・・」
「あの子呼んでるぜ。オレも行かねーと」
ナルトはカカシの隣で手を振っている女の子を指して撤収作業を完了する。彼女の笑顔はサスケに向けられていて、ナルトは眼中に無い。
ある意味、正直な子だと思う。
「ウスラトンカチ」
ナルトは答えない。目も合わせない。誰も見てなどいない。
視線はただ正面を見つめてサスケの干渉を拒んでいる。
「んー帰ったら久し振りに土弄りするかな~」
両手を腰に当ててニカッと笑えば何一つ変わらない昔の時が還ってくるような気がした。
無事里に戻るとナルトは冷蔵庫に何も食べる物が無い事に気付いた。外食でもいいかと考えた矢先、給料日前なのを思い出して首を振り足をマーケットに向ける。
「上忍って、もっと稼げるもんだと思ってったってばよ」
ベテランともなればその通りかも知れないが、ナルトはまだペーペーの新米上忍。条件は下忍や中忍と比べて格段にいいがまだカカシやその他諸々に敵うところではない。
忍がタイムセールを狙うなんて聞いた事無いってばよ。
けれどこんなのは下忍時代からの日常なのだと苦笑して店に足を踏み入れた。夕食時の店内は空いていて商品は粗方奥様方にお買い上げされてしまっている。それでも取り残された者達が寂しげな目線でナルトを見上げ、彼はラッキーとばかりにそれらを籠に入れた。
「んーと、あとはぁ、あっ新作カップラーメン!オレとした事がすっかり忘れてたってばよ」
ナルトは宝物を見つけた子供のように喜色満面で手を伸ばした。
ありがとうございました~。
レジの女性店員の声に背中を押されて涼しい店内から外に出る。軽くなったガマ口財布が悲しそうに口を開けて、むわっとした空気がそれに輪を掛けた。
「すぐにまた一杯にしてやるってばよ」
このままでは小銭ばかりで腹を満たしそうな蛙に呟き、よいしょと店名入りのビニール袋を持ち上げた。
一直線に延びている道を歩いていると、任務で疲れた体が重い荷物を持つ右手側に傾ぐ。
あ~流石に今回のキツかったってば。
誰一人として致命的な怪我は負わなかったものの敵は手練ればかりで苦労した。当初から殲滅とその後の完全なる始末を命じられていたため、ナルトの緊張は並ではなくそれが切れた今は疲れがどっと押し寄せている状態だ。帰り道でも元気だった女の子は大いにサスケの顰蹙を買っていたが、それでもああいう子はめげないのだろうと却って感心した。
だって、オレには関係ねえってばよ。
「う、わっ・・・とと」
ぼうっと意識を余所へ向けていたら不注意に石に躓いて危うく転びそうになった。よろめきつつ体勢を戻しながら通り過ぎようとしていた公園を覗いて目を開く。そこは子供の頃独りで遊んだ思い出のブランコの前。
「んだ・・・うまく・・・いってんじゃん」
掠れた声で呟いたナルトの目にサスケに縋り付く女の子とその背に回された手が映る。
「はは・・・そっか」
先程別れたばかりの二人が何をやっているのかと、割って入るほど酔狂でも暇人でもない。ナルトは右手に提げている袋を抱えて、今までの疲れなど忘れもの凄いスピードで走った。決して後ろは振り向かず真っ直ぐ自分の家へ。
「んっ、くく、は・・・はははっ」
勢いよく古びたドアを開閉して背に立ちドサッと荷物を落として、驚きの光景を見たのは確かだが馬鹿みたいな行動だと自嘲する。
覗き見みてえで嫌だってばよ。でも逃げる必要は無かったよな。
サスケ、オレ、
「な~んてな、さっ!料理料理」
パチリスイッチを押して暗かった部屋に明かりが満ちる。
ナルトは自棄糞にご機嫌を装って調子っぱずれな鼻歌を歌いながら台所に立った。さっきの衝撃で卵が二つ割れているが今は問題にもならない。
「フンフン、フ~ン」
床の上を黒い影がするする走ってもナルトは気付かずにビニール袋から食材を取り出す。背後でぐにゃり変形した影が形を成してナルトの真後ろに立つ。気配は微塵も無い。
男の姿をした影は少しも気付かず歌い続けるナルトを見て苦笑した。
「楽しそうだねえ」
「!」
ナルトが慌てて振り返ると片目を弓月にして笑う上司が立っていた。
「カカシ上忍」
この男は何を考えているのか全く分からない。
「今から夕飯?」
彼は俎板の上を覗き込んで問う。人の家に勝手に上がり込んでも罪悪感はないらしい。
ふうん、大根煮るのか。秋刀魚ないの?
秋刀魚は季節じゃねーだろ!あと二ヶ月待て。ってか、秋刀魚に添えんなら大根煮ないっての。あ、でも秋刀魚の大根おろし煮なら・・・アリだけどさ。
すると男は首を傾げて少し考え、にっこり問い掛けた。
「ま、いいや。ナルトーお相伴、いいか?」
は?よくねえよ!
続く