この声は風にのって
暖かい陽気、けれどまだシャツだけでは少し寒い季節、ザアッと吹き上げた風にナルトは目を細める。以前よりも大人らしい表情を見せるようになった少年は、遠い里に思いを馳せてふっと青い空に顔を向けた。
「春だってばよ」
チクリと胸を刺す痛みに顔を歪め、辺りを見回して通り過ぎ行く人々の中に彼を探す。けれど見つかる筈も無い、こんな所ではその面影さえ掴む事などできない。
「っつ・・・」
広い襟元にポトリと濃い染みが浮き上がり、いつの間にか音も無く頬を伝っていた涙にハッとして指を添えれば、透明な雫が修行で傷付いた指先を濡らす。
気付かなかった、この別れがこんなにも辛いものだったなんて。彼の人を想うたびに込み上げるこの感情は教師、親友、仲間・・・誰を思い出す時とも違う。切なさと温かさを伴う不思議な感覚。
『強くなって帰るってばよ!!!』
別れたのは仲間を取り戻して皆を護れる力を求めたから。それは生半可な覚悟じゃなかった。だけど心の底で再び出会う事を焦がれている自分はまだ脆いのだと思い知る。
サクラから届いた手紙には変わらない里の様子や同期の仲間達、それからカカシの事が書かれていた。けれど直接彼と手紙のやりとりはしていない。それをするにはまだ早過ぎる気がして、上忍の温かさ溢れる手紙を開いた途端迷いを抱くのではないかと恐れずにはいられない。
何処から流れてきたものか、薄桃色の花弁が風にのって青い空に春を描く。
いつか見たそれは今でも同じ色。
『ナルト~お花見いこっか』
『花見?』
今まで三代目やイルカ以外とした事は無い。いやそれ以前、ずっと昔に銀色を髣髴とさせる誰かと桃色の花弁を見上げた気がするがその記憶は朧げだ。
『そ、嫌?』
『嫌じゃねえ。行く行く!行くってばよー』
『せっかくだから思いきり晴れた日がいいねえ』
『オレ桜って大好きだってばよ』
『先生も好きだよ』
『ニシシッ』
『好きだよ・・・ナルトが』
強くならなきゃいけない。そうでなきゃあの人の隣に立てない、一緒に歩けない。仲間を取り戻す為にも。
「カカシ先生」
強い意志を宿す瞳の先に、風と共に去ってしまったあの色はもう無い。
彼の人と見た桜は今も里を舞っているのだろうか。
「ナルト」
カカシは足元の荒い砂を鳴らして岩の上に降り立った。
ここはあの子のお気に入りの場所だった。歴代の火影に一番近く、火影が護る里を一望できる所。
「んー」
顔岩から里を見下ろすカカシはあちこちで薄桃色が顔を出している事に気付いた。
「そんな時季か・・・」
季節が流れるのが早いのかそれとも遅いのか。
待ち侘びているのか、成長を恐れているのか。
哀しんでいるのか、喜んでいるのか。
これまでに感じた事の無い迷いと苦しさが忍としてコントロールされた筈の胸に押し寄せる。
痛む胸を押し殺して両腕を広げ手放したが、あの子を想う程この胸を焦がす存在が他に見つかるだろうか?
あの選択が正しかったと誰が、何が知らせてくれるだろう。
『楽しみにしてるよ』
『カカシ先生』
『お前が成長して帰って来るのを楽しみにしてる。だから今は・・・・ね』
『カカシ先生・・・オレ、 』
あの時あの子は何と言っただろうか。
待ってて?
待たなくていい?
忘れて?
忘れないで?
目を閉じれば自来也と共に旅立つ、あの日の少年の姿を鮮明に思い出せるのに声だけが聞こえない。
愛しい声だけが置き去りにされている。
「ナルト」
ハヤク、ハヤク。帰って来て。
それまではこの場に踏み留まるだけ。一人では先へ進めない。
カカシは誰かを抱くように腕を広げてそっと両目を閉じた。
春はもう目の前まで来ている。
END
50000キリリクありがとうございました!コブクロの「風」でカカナル希望という事でしたが、とってもいい曲なのでその雰囲気を壊していないかドキドキです。こんな感じに仕上がりましたが、如何でしょうか?永遠の別れでは悲し過ぎるかと思い、勝手ながら別れ=ナルトの修行中にさせて頂きました。
最初のイメージはオトナルだったのですが、修行が終わる前位にしました。フリーとさせて頂きますので、よかったらお持ち帰りして下さい。