神憑 夢追篇
「信用ならないか」
真面目なカカシの問いにサスケは一瞬怯んだが視線を逸らさず睨んだ。
けれどホルダーからは手を離して聞き返す。
「偶然だと言ったな・・・なら、もうナルトに関わる必要はねーよな?」
微かに笑う。
カカシは僅かに眼を瞠ってその笑みの訳とセリフの意味を考えた。
しかし出た答えは陳腐なものだった。
「ああ、オレからは無いよ」
それはサスケにはさらりと言った様で、反対にやっと吐き出した様にも見えた。
「・・・・」
言質を取ったのにすっきりしない空気が漂い寧ろ敗北感が滲む。
サスケの奥歯がギリリと鳴る。
「安心しろお前が心配するよーな事はもうないよ」
「だといいがな」
そう言いながら胸がジリジリ焼けるのを感じていた。
二人の会話は終わった。だがカカシに背を向けることは到底できず、自尊心に邪魔されて往生していると二人の間に一羽の鳥が降り立った。
火影の伝達鳥だった。
サスケが窺っているとカカシが腰を折ってその鳥が咥えていた伝言を受け取った。
「任務連絡ね」
律儀に待つ鳥に頷いてサスケを見る。
「じゃ、ま、そーいうことで」
手を組んだカカシは返事を待たず文字通りドロンと消えた。
サスケは飛び立つ鳥を眼の端に捉えて踵を返す。
全ては信じられないがこれ以上の深追いは無意味だ。同じ問いを繰り返してもカカシは同じ答えを返してくるだけだろう。その程度の予想は容易にできる。
一つ隣の道に移ると先程まで全く聞こえなかった喧騒が聞こえてきた。遠くの視界に赤やオレンジの灯りも見える。
女が男を誘う手が揺れる。逆もまた然り。
居心地悪い花街を抜けて家に帰る。
サスケは容姿に反してああいう場所が苦手だった。子供の頃から同級のくノ一にちやほやされてきたが、いちいち相手をするのは面倒で目的を阻害されるので嫌だった。それより新発見が多い兄との修業が面白く楽しかった。それは遊びの延長で、毎日ではないが着実に色々なものを学び、時には二人で無茶をし無謀に思う大きな獣を狩る事もあった。
阻害と言えばナルトもそうだったが。
微かに笑う。
今では感謝をしている。
しかしそれはカカシが言う感情とは全く違う。
男同士だ、あのナルトを恋愛の対象として見るのは有り得ない選択肢だった。それをカカシは自然に発した。
予想外の発言だった。
だからこそ、とサスケは思う。
「あのヤローの方が怪しいぜ」
カカシこそ、そういう感情を抱き持て余しているのではないか。身の内に覚えがあればこその発想だ。
「だがナルトはまだ気付いてねえ」
幸い違った捉え方をしていて、任務の障害にはなっているが今ならば修正できる。
逆に言えばこのチャンスを逃せばどうなるか分からない。カカシの約束は信頼できない上にあのナルトがいつまで大人しくしているか。
どちらにしろサスケは全力で阻止するつもりだ。カカシの接触もナルトからのアクションも。
カカシの言質から二日。
忍具を磨き上げたサスケは暗部の面を被り強い眼差しと共に部屋を出た。
サスケが任務に出ている間、無理矢理休みを取らされたナルトは暇で退屈な時間を過ごしていた。
木ノ葉病院の優秀なスタッフの働きで毒が抜け意識もはっきりし、多少ふら付くが狭い部屋の中で不自由はなく最低限の生活はできるので尚更だ。
退院は予想していたより早く(運び込まれた翌々日)最後にサスケに会った次の日の事だった。
これも九尾のお蔭かもしれんと綱手は言ったがナルトは曖昧に頷くだけだった。何しろ一週間は監視の目が光っているので病院から出られても窮屈だ。
それをお見通しな火影は「ぐれぐれも」ときつく釘を刺した。
その隣にいたサクラも怖い微笑みで。
だが本調子でないのも確かで、不意打ちの攻撃に瞬時に反応するのはまだ無理だ。脳ではなく体が付いていかない。情けないが暗部の忍の最低限レベルにも満たない。
これをクリアしなければ任務に参加できない。させてもらえない。
あと一週間も暇だと気が狂いそうだが、マイナスで考えれば『七日間しかない』のだ。
ひたすら休んでいるだけで回復するのか?
悩んだナルトは色々考え、外出禁止は命じられたが家の中での制限はされていないことに気付いた。あれこれこうしろとの指示もない。
「忍たるもの裏の裏を読めって事だってばよ!」
相変わらずの頓珍漢ですっかり明後日の方向を向いているが、本当の所この養生には安静に過ごす意が含まれている。
せっかくの綱手の心遣いがガラガラ音を立てて崩れていく。
「よっしゃあ」
自分の結論に納得したナルトは「腹が空いては~」口ずさんで帰って来たばかりの我が家を漁り始めた。
「愛しのカップラーメン!」
ナルトは軽くキスして湯を沸かすケトルを装備した。
退院早々に間違った食事を摂ろうとしている。能天気だがナルトは意識して他から目を逸らそうとしていた。ひとたび考え込んでしまえば容易には戻れない問題から。
「っしゃー、さんぷんか~ん」
その間、病室の前を通りかかったいのが差し入れてくれた雑誌「デイリー・木ノ葉」を広げる。
新人忍のニュースや近隣諸国の動向、星占いまで載っているが大半はゴシップだ。
表紙を開いて二、三頁読み進んだところで時間になった。ペリリと蓋を捲って香る湯煙の中から麺を持ち上げた。
「いっただきま~す」
ズズズと啜る傍ら横目で雑誌を読む。はふはふと美味そうに食べる顔が一瞬曇り見出しを理解して凍った。
『噂の現場!一流忍者はたけカカシの浮気事情!!噂の本人は花街に!?色男の今後は?」
急にラーメンが不味くなり箸を止めた手が見たくも無い雑誌を無意識に引き寄せる。見たくないが読まなければいけない気にもなる。
震える手で字面を追うとそこにはカカシの恋愛遍歴と性生活が赤裸々に書かれていた。
世の中には知らなければ良い事もあるがこの記事もその代表だ。
全てが真実な訳は無い。紙面の中に一般から見た忍のイメージ特集があるが一方的な思い込みや嘘ばかりだ。だから、この話も嘘八百かもしれない。
けれどナルトの脳裏には花街で会ったカカシがよぎる。
何が本当か。ずっと考えている事だ。答えはない。知っている人間はただ一人で答えてくれるとしたらその男だけだ。だが聞いてどうなる。ナルトには正解を知った時いまと同じ自分でいられる自信がない。
「オレってば自分勝手だよな」
所詮カカシは他人だ。ナルトがショックを受けようが誰が彼の行動を気にしようが、カカシには関係ないのだ。
放置されて冷め伸びきった麺を前にナルトは呆然とする。
本棚にはこれからやろうとした巻物が並んでいる。使わずとも手入れをしなれればいけない忍具もすぐ傍にある。
けれどもう何も手に付かなかった。
続く