ザワザワ人の声が煩い待機所とは違いとても静かな書庫を珍しく訪れたナルトは又一つ物色した巻物を腕に抱えて、ここまで自分を探しに来た仲間の科白を鸚鵡(おうむ)返しする。
「呑み会?」
「ああ、こないだのキッツイ任務の打ち上げ兼ねてやるんだよ。お前も当然来るだろ?」
まるで主人の態度に反応する犬みたいに嬉しさ全開顔を寄せ、じゃれる友人は他人からするとナルトに抱き付いているように見える。
「なあなあ、行こうぜ!」
肩を揺さ振られ流石に怪訝な表情を浮かべたナルトは少し顔を引いて近過ぎるキバを見る。
「どうしたんだってばよ?キバがノリ良いのはいつもだけど、それ以上じゃん」
「だってよお、最近皆で呑んでねえじゃん?パーッとやりてえだろ」
そりゃ分かるけど・・・今日は早く帰るって約束してんだってばよ。
「悪ぃけど用事あるってばよ。また今度な!」
「ああ?付き合いわりーな。その用事なんとかなんねえのか」
「あー駄目駄目、自分はルーズなくせにオレには怒るんだってばよ」
『二人っきりの時間を大事にする。これ鉄則でしょ!』
「はあ?」
キバは溜め息混じりに語る友人の横顔を眺めてよく分からない返答に首を傾げた。
「ようウスラトンカチ」
慣れとは恐ろしいもので、最早挨拶同然となったこの科白に腹立たしさを感じないナルトは「オレもよく出来た人間だってばよ」と小声で呟きながら声が聞こえた方を向く。
「サスケ」
「フッ・・・あいつらの誘いに乗らなくて正解だったな」
ここでお前に会えたのはラッキーだ。
「誘われてんなら何で行かなかったんだってばよ?」
「それはお前もだろう」
「オレは」
「カカシか」
「・・・」
間髪入れず図星を突いてきた相手に言葉を詰まらせ次の科白を探す。けれど言うべき事は思い付かず、無言の妙な空気が居心地を悪くする。けれどそう思っているのはナルトの方だけでサスケはごく自然に喋り出す。
「半年ぶりだな・・・お前に会えるのを楽しみにしていたが、長期任務を終えて帰って来ても中々会えなかった」
「サスケはまだ暗部なのか」
「ククッこの格好を見れば分かるだろ。だが、またナルトと組めるなら別だ・・・俺はそう思ってる。表に出るも裏に生きるもお前次第だ」
腰に片手を当ててニヒルな笑みを浮かべる暗部姿のサスケは、黒々とした瞳に真剣な想いを宿してナルトにとって恐ろしい事をさらりと告げる。
「な!」
サスケは面と向かって「人生を委ねる」と言っているのだ。何がこんな行為を彼にさせるのか、当事者たるナルトは分かっていても享受する事は到底出来ない。
「言ったよな?忘れたとは言わせねえ、俺は今もお前を諦めてない」
「サスケ・・・」
『カカシとくっついたからって俺は諦めないぜ。お前には俺が相応しい、そう信じてるからな』
長年追い続けた相手とついに心を通わせ、キバ、ヒナタ、リーと共に里を出る前サスケが伝えた言葉。
「サスケもしつこいってばよ」
「その俺を執念で里に連れ戻したのは誰だ?」
「恋愛感情じゃねえってば」
「生憎俺は恋愛感情でお前を見てる」
「無理だってば」
「いつも他人に諦めるなって言ってる口が言うか?」
「サスケ・・・」
「カカシには負けねえ。俺の所へ来いナルト」
「強引だってばよ」
これも手管の一つなのか、振り向かせる自信があると暗に告げながらサスケは大胆な発言でナルトを捕まえようとする。
カカシへの想いはそれ位で揺らぐものではないが、他人の行為を無下に出来ないナルトは戸惑う。
それこそが弱点なのだがそれはナルトたる所以でもある。
「強引か」
「今日はもう行けってば。これから任務なんだろ?」
サスケが友人の誘いに乗れなかった理由は分かっている。勿論ナルトに会う為ではない。木ノ葉が平和だと言っても、この世には暗部を必要とする者達が沢山居るのだ。彼らがいる限り暗部の任務は減らない。
それにその格好じゃこの時間は目立つってばよ。
陽が沈み切らない、薄闇降り始める頃はまだ浮いて見える暗部の衣装。誰かに見られて不味い訳では無いがサスケの周りだけ何処からか切り取ったような異様な光景だ。
「あのキスの感触」
人の話を全く聞いていないサスケが不意に発した言葉にナルトの心はドキッとする。
「覚えてるか」
サスケが指しているのはいつかの夜奪われた深い口付けの事だろう。あの時はまだナルトも暗部で、カカシとは「元担当上忍」と「元生徒」だった。
「覚えて・・・ねえってば」
居た堪れなくなって目を逸らし否定したが、サスケの黒い瞳は真っ赤になっているナルトを目にして一瞬煌めいた。
「そうか」
「そうだってばよ」
「なら思い出させてやろうか?」
「遠慮す・・・!」
ハッと顔を上げた時既にサスケの手がナルトの肩に掛かっていた。さっきまで一歩半は空いていた二人の距離がゼロになっている。こんな場面で暗部の素早さを発揮しなくていい。
ナルトは抗議の意を込めて手を振り払おうとした。しかし振り上げた腕はパシッと小気味いい音と共に掴まれナルトの右手首は拘束された。
「サスケ!」
「俺のモノになれよ」
昔ならば考えられない科白、けれど下忍時代よく投げ掛けられた、人を見下す偉そうな態度口調は変わらない。
ナルトはギュッと目を瞑ってあの薄い唇の、それでいて柔らかな感触が襲ってくるのを待った。
だがいつまで経ってもその衝撃はなく
「ビビリ君」
笑いを含んだ声が耳元を掠め、ナルトが目を開いた時サスケの姿は消えていた。
「っくそ」
やられた、騙された。
「馬鹿にすんなってば!」
悔しげに独り吠えるナルトはそれでも何故か胸に沸き起こる寂寥感に喘いでサスケが居た場所を見つめる。
「サスケ」
からかったサスケ自身、実の所面白がってはいないだろう。それが分かるからこそナルトも又胸に痛みを感じるのだ。
誰かを愛すれば誰かを悲しませる事になる。
今まで知らなかった事実がナルトを苦しめるが、己の意見を曲げる性質でもない。
「カカシ先生」
そうだってば、早く帰んなきゃいけないんだってばよ。
けれど足は思うように動かず、ナルトは暗闇迫る道で立ち尽くしていた。
それから三日後、夕食の買い物を済ませたナルトは葱がはみ出しているビニール袋を手に提げ、店を出た所でばったりサスケに出くわした。
何と運が悪い。
この間の応酬が脳内を駆け巡りナルトは眩暈を感じて二、三歩よろめく。
「おい」
大丈夫かと問われ何でもないと言いかけたナルトは、しかし足の踏み場が悪かったらしく普段ならば躓かない小石にバランスを崩されて、不本意ながらサスケに支えられる羽目になった。
「ウスラトンカチ」
「うっせえっ」
もう離せよ。
「大丈夫じゃねえな。送ってやる」
「放っとけってば」
「煩え。俺が放っとけねえんだよ。ドベが」
文句あるかと一睨みされたナルトは手を引くサスケを一度見て目を伏せる。
ずりいってばよサスケぇ・・・そんな言い方されたらオレだって言い返せねえってば。
俯いた瞳に並んで歩く二人の影が映り妙に面映い気持ちと感慨が交差した。
「サスケ、お前遠慮ってもんを知らないね?」
「フ、アンタに言われたくないぜ、カカシ」
「カラス」
「藁人形」
「その箸をどけなさいよ」
「チッてめえもな」
ぐつぐつと具が煮える鍋の中一つの肉を二人の箸が引っ張り合い、力の籠もった箸先がぷるぷる震える。
「二人共大人気ないってば」
何でこんな事になってんだってばよ?
箸と茶碗を持ち上げたナルトは目の前で繰り広げられる鍋の突付き合いに呆然とする。いやそれ以前に彼らの会話が全く弾んでいないのは気の所為だろうか。
それともこれはある意味弾んでいるのか。
「おかえり~って・・・何でお前も一緒なのよ」
満面の笑みから急降下スッと冷たい瞳でサスケを睨んだカカシは、その手がナルトを掴んでいるのを見て更に機嫌を悪くした。
「倒れそうになったから連れて来たんだ」
悪いか。
「ああ、そりゃどーも、ありがとう!もう帰っていいよサスケ君」
ぞんざいな態度で追い返される青年は眉をピクリと釣り上げて、ドアを閉めようとする男を睨み返す。
「んな・・・茶くらい出してあげるってばよ」
「ナルトッこれから夕食でしょー」
二人っきりの!
「んでも、材料買い過ぎちまったし丁度いいってばよ」
「何が丁度いいの。コイツは邪魔でしょ」
「フッナルトがそう言うんじゃしょーがねえな」
「って!勝手に上がるな!ナルトも頷かないの」
「カカシ先生その荷物持って来てってば」
「オレの事聞いてた?ねえ、無視?」
パタンと閉まるドアの前、取り残された家主は寂しそうに恋人の後姿を見て首を左右に振り、足元のビニール袋を取り上げた。
そして今に至る訳だがこの二人はさっきからこの調子でとても食事を楽しむ雰囲気ではない。そもそもこの面子で鍋を囲んでいるのが驚きだ。
ここにサクラや同期の仲間達が加われば違和感は払拭されるのだろうが。
野郎三人・・・華がねえってばよ。
ナルトは友人達も誘うべきだったと、まだ争っている二人を見て思う。
サスケ・・・性格変わったってばよ。
「コラッ箸どけろって」
「あんたが離したら俺も離してやるよ」
「嘘付けっ。お前はそのまま食っちゃうでしょ」
「もー、なんで大人しく食べられないんだってばよ」
子供の頃は大嫌いだった長ネギをひょいと摘んで、パクッと口に入れた彼は両隣を窘める。
それを見て流石に反省したのか二人は同時に肉を手放した。入れた時より縮んで少し切ない姿はポチャンと汁の中へ沈んでいく。
しかし 。
「あっ」
「ニッシッシ。いただきだってばよ~」
激しく取り合った肉は呆気なく悪戯っ子の口の中へ。
思わず写輪眼を見開いたカカシとサスケは呆然として咀嚼されていく様をみつめる。
「もぐもぐ・・・うまーいっ」
ええええ!?そんなん有りかよっ。
この時珍しく写輪眼ペアの心の声がハモった。
「どうかしたのか?」
サスケが帰った後、妙に静かになって口を噤んでしまった恋人にカカシはそっと身体を寄せる。座ったソファーは二人分の重さを受けてゆっくり沈み込む。
寂しいか、と聞きたい気持ちを堪えて唇を近付けると相手は抵抗なく受け入れた。
「ん・・・」
「オレは譲る気無いからな」
やっと得たモノを誰が手放せるだろう。
「離れないよ」
「ん」
「離さないよ」
「うん」
囁く度頷くだけのナルトにカカシはもう一度唇を重ねてベッドへ誘いざなう。
身体を倒してまだ微かに残るサスケの気配に目を細めたカカシは、美しい輝きが癪に障る星空を一瞥して、苛立ち紛れにシャッとカーテンを閉めた。
END