幸せの鍵
バタッと地面に仰向けに倒れたキバは荒い呼吸を繰り返して、その合間途切れ途切れに隣の男に問い掛けた。
「っは・・・はあはあはあ・・・シカマル、お前・・・」
「言うなよ、キバ」
「わざと―――行かせただろ」
「言うなって・・・言ってんだろ」
手をついてゆっくり起き上がったシカマルは苦笑気味に顔に付いた泥を拭った。
「仕方ねーだろ、ナルトは」
「・・・茶番かよ。バカみてぇ」
「馬鹿はお互い様だ。お前も本気じゃなかっただろ」
「・・・・」
「どーせ、ここで止めたって、ナルトは行く。あいつを留めておこうったって無駄だ。カカシ先生以外はな・・・あー五代目にどやされんな俺」
「俺達がだろ」
キバは諦めたように笑い、それも悪くねぇと殆ど聞こえない小さな声で呟いた。
「みんなありがとう」
ナルトは林の中を突き進みながら仲間の事を思った。
煙幕の中で最後の一突き、シカマルが手加減したのが分かった。きっとあれが合図だった。
『水臭ぇーな』
擦れ違う一瞬のキバの言葉。
「どっちがだってばよ―――いつもオレばっか助けられてんのに」
少し痛む左腕を押さえる。微かに血が滲んでいるが大した事はない。利き腕を外したのはシカマルの気遣いと計算。
あれは必要なパフォーマンスだった。もし、火影が厳しく追及すれば仲間達は尋問に掛けられる。あの女傑がそこまでしないとは思うが万が一だ。他の人間が疑惑を抱き彼らが裁かれる事になれば、嘘が無傷から証明される。
それを欺く手が必要だった。
「あいつらの怪我すぐ治るといいけど、ちょっと心配だってばよ」
初めから示し合わせた訳じゃない。
最初は本気で突破するつもりだったし、シカマルの本心も解らなかった。
シカマルにしてみれば、怪我をさせたのは失敗だっただろう。彼は自分が負傷しても他の三人を傷付ける予定はなかった筈だ。少なくとも、二人は軽傷で済ませナルトを逃がす算段だったろう。そういう人間だ。
ナルトはシカマルの予想通りの途を走っている。
この先には木ノ葉と草の境界線があり、そこには(本陣とは別に)双方里長への連絡係がいる。
連絡忍はそこで突っ立っている訳ではないが、捜してコンタクトを取れば草へ意思を伝えられる。ナルトはそう考えていた。
しかしそれが非常に甘い策だったと境界に入ってすぐ気付いた。
「これってば」
ナルトは青い目を見開いて唇を噛んだ。
無惨さは本陣に着く前、崖の上から見た時に分かっていたが、それを凌駕する破壊ぶりでとても人を捜せる状態ではなかった。加えて豪雨の所為で土砂崩れも起きている。
壊滅しているのは木ノ葉側だけではないという事だ。
当然の事なのに境界線まで見えていなかった。これでは直接草に行って交渉するしかない。危険だが相手側は喜んでナルトを受け入れるだろう。
問題はその後だ。提案を却下されては赴いた意味が無い。
「―――あ、」
考える頭に一つの可能性が浮かんだ。
白旗を揚げる時に使用する特殊な長波がある。それを使えば草と木ノ葉、両方一斉に拡散できる。
通常は今回の様な、中心から外側への伝達が一気にできない広範囲での戦いで、総領が第三者を含む公明の下、指示から交渉諸々を行う場合に用いるものだが、使用者は限定されていない。
なので、発信の機械自体は鍵の解除・封印など全く問題なく操作出来る。だが、各自が持っている短波とは違い一箇所に置かれているため、警備の忍に内容を提示し許可を得る必要がある。
勿論ナルトは正直に頼むつもりはない。
強行突破し電波をジャックする。
場所は仮設の中継地。
ナルトはそっと忍び寄るよりも堂々と近付き警備の交替を伝えた。聞けば彼以外いないと言う。
感付かれれば正面突破するつもりだったが、そろそろ休憩をしたがっていた忍は疑う事なく、いそいそと場を離れた。
彼が消えるとすぐにナルトは中に入りドアに封印をした。放送中慌てて戻って来られては不味い。
この無益な事態を収束させる為に最後の一句まで皆に伝えたい。
ナルトはすっと息を吸い込んで胸を落ち着かせた。そして息を吐く。その動作の途中でヤマトの言葉を思い出した。
彼が伝えたカカシのメッセージは『木ノ葉の食卓で待ってるよ』だった。
こんな時にと笑ってしまう話だが、カカシらしい伝言だった。
俯くのではなく先を見る。
ナルトは机に両手をつき、マイクに向かって口を開いた。
「皆聞いてくれ、オレは木ノ葉のうずまきナルトだ」
刻を少し遡って、ナルトと別れたシカマルはキバ、シノと共に別班に合流しカカシと連絡を取ろうとしていた。
班にいたサイは術で鳥を飛ばそうとしてくれたが雨の前には弱く、結局赤丸が届けたがその最速の返書で思わぬ事態が明らかになった。
「マジかよ」
「何だって?」
問うキバにシカマルは無言で紙を見せた。
受け取った彼は一行目を読みシカマルを振り返った。
「カカシ先生がって・・・おいこれ!」
「そうだ、最悪だ」
「どうすんだよ、ナルトは行っちまったし・・・」
「キバ!しぃっ」
「あ、悪い」
「とにかく、どうにもならねぇ」
「ナルトには伝えないのか」
シノが聞くと二人は黙り込んだ。
「その方法がな」
シカマルが苦い顔をする傍で突如キバが閃いて赤丸に問い掛けた。
「いや、あるぜ方法。なっ赤丸!」
「ワンッ」
「赤丸を使うのか」
冷静に頷くシノに対してシカマルは腕を組み、
「でもお前は良いのか?いつもの連係プレーができなくなるぞ」
「ヘッ、俺だって赤丸としか連係できない訳じゃねーぜ。なあシノ!」
「そうだな」
「分かった。連絡は赤丸に任せる。あとは―――!」
ふ、と息をついた時シカマルは空気の震えに気付いて耳を澄ませた。
『オレは木ノ葉のうずまきナルトだ』
「ナルト!?」
「成功したみたいだな」
しかし三人ともナルトが何を語るのかは知らない。ただ彼を信じて見送っただけだ。
「お前が何を選んでも俺はそれを支えるだけだ」
「だから“俺達”だろ」
丁寧に訂正するキバの隣でシノが無言で頷いた。
続く