闇に目覚める金の光
「どうだい?サイが入ってからの新チームの活動は」
綱手は火影椅子に深々と身を預け、机を挟んで立つカカシに問い掛けた。
「ええ、思ったよりもスムーズに進んでいますよ。ナルトとサクラは相変わらずですが、三年前とは比べ物にならない程二人は成長していますので随分楽ですよ。サイは予想通り機動力が高いですからね、言う事無しです」
カカシはにっこりと笑い問題ない事を伝える。
「そうか」
綱手は満足げに頷き、ああそうだ、とふと思い出したように付け加える。
「お前の調子はどうだい?」
「は?」
普段面と向かって気遣いを表す事のない綱手の突然の言葉にカカシは言葉を失った。
不意の優しさ・・・。何か裏があるんじゃないか?
カカシは呆けた顔を訝しげなものに変えて、綱手に何を言い出すのかと目線で問う。
「そんな顔をするもんじゃないよカカシ!私がお前達を心配したらおかしいかい!?」
「いえ・・・そういう訳ではありませんが」
綱手の剣幕に押されてカカシは言葉を濁した。
この人の場合裏を読むのは仕方ないと思うんだけど?忍にとって「裏の裏」は基本な訳だし。つーか、怖い顔しないで下さいよ、五代目。マジで怖いんですから。
「じゃあなんだい!はっきり言いな!!!」
うわ、何でこんな目にオレが遭う訳?ってゆーかこんな日に限ってシズネ特上いないんだもんなあ・・・・。
「いえ。お気遣いはありがたいんですが・・・何ともないですよ?」
「そうかい。頭痛がするとかもないか?」
「ええ、全く」
「そうか、ならいい。お前にはSランク任務がどっさり用意されてるからな!!!」
げ、やっぱり裏があるじゃないの。
カカシは「もう行け」と言う綱手の部屋をげんなりした表情で退室した。
はあ~ついてないねえ。
カカシがいつも通りのんびりと集合場所に行くと、チームのメンバーは既に揃っていて遅れて来たカカシに次々と文句を言う。
特にサクラの言葉は厳しい。
「遅ーーーーい!もう何時だと思ってるんですか!?」
はいはい、すみませんね。何しろ五代目の呼び出しだったもんで。それにも遅刻したけどな。
「気合いが入ってねえってばよ!」
ん~ナルトの言い分も少しは当たってるか?ってお前!上忍に対してそれは酷いでしょ!!
ま!でも言い訳しとかないとな。
「いやーすまん、すまん。額当てを何処に置いたか忘れてな」
「バカーッ!」
ん~チームワークばっちりだねえ、お前達。
「あははっ仲いいね~」
「誤魔化すなっ!」
「そうよ、カカシ先生っ。サイも何とか言いなさいよ!」
カカシは急に話を振られたサイを見る。彼の表情は実にコントロールされていて、似てる、似てるとサクラといのが騒ぐサスケのように分かり易くはない。サイとサスケを見比べてみれば、如何にサスケが見た目に反して激情家であったかが分かる。
「はは、まさかカカシ上忍が遅刻魔だとは知りませんでしたよ。ナルトとサクラさんの話ではいつも何時間も遅刻するとか」
「あははっナルトとサクラはそんな嘘言ってんの?」
お前ら酷いね、新メンバーにそんな事吹き込むなんて。
「嘘じゃないってばよ!」
「そうよっ!もう構ってらんないわ、さっさと任務に行きましょ!」
サクラとナルトは並んで歩き出し、サイも付いて行く。
「お前達酷いね~」
カカシは歩き出す三人の後姿を眺め、その内一人の子の後姿に視線を止める。
「ナルトがいないからだよ。いつも隣で目覚めて起こしてくれるナルトがいないから寝坊しちゃったんだ」
哀しみが過ぎり、カカシは目を細める。
「でも、ネ。ナルト、ずっと一緒って約束したでしょ?」
早く思い出してよ。
あの、深い森でのオレとの約束を。
ねえ、そうしないと・・・・・・・。
オレから迎えに行くよ?
痺れを切らした狼は容赦ないんだからさー。
でも、だいじょーぶ・・・・。おまじないをプレゼントしただろう?
「ククッ。もうすぐだナルト。またオレと二人だよ」
カカシは三人に聞こえない小さな声で意味深長な科白を漏らし、一瞬うっそりと笑った。
視線の先には金色の子供だけ。
ナルトはここの所感じる突き刺すような痛みに眉を顰めた。
頭痛だ。
一休みと決めて演習場の草の陰に座った。
「痛ってー。一度ばあちゃんに診て貰った方がいいかな」
原因不明のこの頭痛が一週間続いている。任務中や修行中不意に訪れてはナルトを苦しめる。
「まさか九尾じゃねえよな」
ナルトならば当然の不安が沸き上がる。
「任務中頭打った訳じゃないし」
昔みたいにドジを踏まなくなったナルトは、下忍になりたての頃やっていた、木から落ちるにも頭から真っ逆さま!という事態も最近は全くない。
「今までサクラちゃんに殴られても平気だったってばよ」
オレ変な病気!?
「どうしよ~!よく考えるとすっげー怖えー!」
「どうした?独りでブツブツ言って。ああ、もしかして!頭でも壊れたか?」
草を踏み締めて近付いてきた男は失礼極まりないことを言った。
「カカシ先生ッ」
「どーしたー?」
「先生ー今ひでー事言ったってばよ」
ナルトは恨めしい視線でナルトに合わせて屈んだカカシを睨む。
「ま、気にするな!で、どうした?」
「気にするなって言うなら、口に出すなってーの!・・・実はさー最近頭痛がするんだってばよ」
「頭痛?・・・」
カカシの考え込む様子にナルトは慌てて顔の前で手を振った。
「や、!いや、ずっとって訳じゃないんだってばよ!時々ズキッとするだけでさ・・・・でも、ほら、オレあれだし?一応ばあちゃんに相談した方がいいかなあって・・・さ。は、はは」
ナルトは苦笑して窺うような瞳をカカシに向ける。
「頭痛か・・・・ナルトそれなら心配はないぞ。五代目の所にも行く必要はないさ」
「えっマジ?先生この正体知ってんの?」
ナルトは驚いて期待に瞳を輝かせる。
「ああ、それはな・・・」
「それは・・・?」
「花粉症だ」
「は?」
もっと恐ろしい病名を思い浮かべていただけに、カカシの言葉に拍子抜けして興奮に浮かせかけていた腰をすとんと落とした。
「かふん~?」
「そうだ、今は稲花粉辺りだろうな。花粉の程度は個人差があるが、頭痛を伴う風邪っぽい症状は一般的に多いんだ」
「へえーカカシ先生って何でも知ってんだな」
「フ、これくらいはな」
カカシは少し格好つけてどうでもいいうんちくに胸を張る。
「だから、五代目の所に行く必要なない!この時期を過ぎればすぐ治るさ」
話は終わったと言うことか、カカシは立ち上がりこの場を離れようとしている。
「ふ~ん、そっか・・・・」
やけにはっきり言うカカシを多少胡散臭く感じたが、ナルトは「でもカカシ先生が言うんだから」と頷く。
「ねえ、ナルト修業終わったらオレの家に遊びにおいでよ」
「えっ!?」
ナルトは花粉症の流れで、聞き流しかけたカカシの言葉に吃驚して弾けるように顔を上げた。
「ね?」
「ねって・・・・・いいってば?」
「いいよ、ナルトは特別に招待するよ」
「うわ、うわ、うわ。初めてじゃん!嬉し~~~~!サクラやサイじゃなくてオレが一番乗り~」
「うん、お前が一番ね」
本当は初めてじゃないんだけどね。お前以外の奴を部屋に上げる気もないし。
カカシは一瞬寂しげに笑い、興奮しているナルトの髪を撫でた。
「うわっ・・・セクハラ」
ナルトのボソリと呟く言葉に苦笑する。
「セクハラってねえ、昔はよくやってたでショ?」
「ブー!!それは子供ん時だってばよ!今は違うだろ!いつまでも子ども扱いすんなってーの」
「あらあら」
ふう、子供扱いしてんじゃないんだけどね。本当に今のコイツはオレの事何とも思ってないんだな・・・・・・・・。
「先生?どうかしたのかよ?」
ナルトは何とも言えない表情で自分を見つめるカカシに不安を覚えた。
「ああ、ちょっと眩暈がしてな」
「えっ大丈夫かよ!?早く帰って休めってば。家、見せてくれんのも今度でいいからさ!」
「いや、大丈夫だよ~。それにお前に心配されるほどオレは落ちてなーいよ」
「ゲッ!心配して損したってばよ」
ナルトは怒って勢いよく立ち上がった。
「修業、修業!カカシ先生邪魔すんならどっか行けってばよ」
「あれれ、まだやってくの?」
「悪いかってばよ」
「うーん、今からオレの家に連れて行ってやろうと思ったんだがなあ~?いや、来たくないんならいいよー?いいけど、こんな機会二度とないかもなあ」
カカシは背を向けたナルトに意地悪な科白を投げかけた。
「二度と・・・・ないってば?」
ナルトはそろりと顔だけ振り返り逸らし気味の視線で聞き返した。
「んーない、ね。二度とない」
「えー!?じゃあ行く!今すぐ行くってばよ、カカシ先生!!!」
効果てき面。叫びダッシュでカカシの許に戻って来たナルトは掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。
「はいはい。じゃ行こうかね」
カカシは満足に頷いてナルトの手を引き歩き出した。
カカシの家はお世辞にも広いとは言えない簡素な住まいだったが、ナルトの部屋に比べれば広い方だ。窓辺にウッキー君と書かれた鉢を見つけてナルトは頬を緩ませる。それは以前ナルトがプレゼントしたものだったが、今でも青々とした葉を付けているのを見ると、カカシがちゃんと手入れしているのだろう。ナルトはそれが嬉しかった。
夕飯を食わせてやると言われたナルトは流石に遠慮する素振りを見せたが、勝手に二人分作ってしまうというカカシの強引さに負けてちゃっかりご馳走になってしまった。
食事中は他愛ない話で盛り上がる。と言っても、殆どナルトが喋っていたのだが。カカシはにっこり笑って頷いたり、時折呆れて見せた。そんな中、不意にカカシが見せたいものがあると言い出し、二人は部屋を出て裏庭に降りた。
ナルトは「見せたいものって何だろう」とすっかり暗くなった庭を眺めた。いつもは気にならない虫の音がやけに耳に響いて首を傾げる。
後ろから付いてくるカカシは目標のものより随分手前で立ち止まり、「あれだ」と一本の木を指差した。
カカシの指の先、暗闇に慣れた目に色鮮やかな赤が飛び込んで来た。陽の下で見ればそれはさぞかし美しいだろうと想像できる赤。
「すっげー立派な木だってばよ!」
真っ赤な林檎の実がたわわに生っていた。
「任務中に見つけてね・・・・無理言って植樹してもらったんだよ、美味しいから食べてごらん」
その場を動こうとしないカカシを放ってナルトは木に駆け寄った。
ズキッ。
ナルトは鋭い痛みを米噛みに感じたが、「花粉症」というカカシの言葉を思い出し気にしないようにする。
「綺麗だってばよ」
ナルトは真っ赤な実に手を伸ばし、つるりとした表面に触れた。
中はさぞかし甘い蜜を含んでいるのだろう。誘う香りが、甘い。
ナルトの喉がごくんと鳴る。
食べてもいいかな・・・・・?
誘惑に負けてナルトの唇が実の表面に吸い付く。
けれど、歯を立てる前に横から掻っ攫われた。
「あ・・・」
覚えのある感覚にナルトは身体を震わせた。
「カカシ・・・先生」
ゆっくり振り返るとすぐ後ろ、さっきまで誰もいなかった空間に一人の男が佇んでいる。
闇にひっそりと溶け込む、その姿。
「甘いね」
震えが指先まで広がり赤い実が滑り落ちた。直後、頭に痛みが走り目を瞑る。それはすぐに痺れとなり余韻はいつまでもナルトの頭に残っていた。
「約束、したね」
「ずっと、一緒だよ」
「愛してるって言っただろ?」
それを望んだのは誰か。自分か、それとも・・・・・・。
「おかえり、ナルト」
END