銀鈎
「ナールト」
突然呼ばれた子供はビクッと体を震わせ、けれど必死に笑顔を作って背後を振り返った。
「カカシ先生」
後ろに立っている男は腰を屈め、にこやかな笑みを浮かべて
「どうしたー?」
等と言う。
どうしたとはこっちの科白だ。
気配消して背後に立つなってーの!
「何か用?」
「うーん、お言葉だねえ、一夜を共に過ごした仲なのに」
「は?」
一夜?どういう意味だってばよ。
「くくくっ。分からないよな、ガキには」
「ムッキー!ガキじゃねえもんっ」
掴み掛かって来るナルトをカカシは腕に閉じ込めるように受け止めて気になっている事を尋ねた。
「さっき・・・サスケと何かあったの?喧嘩した?」
そうじゃないだろうと思いつつ、カカシは問う。
「・・・・」
案の定いつもならばサスケの気に入らない所を訴え文句を言うナルトが今日は話しにくそうに俯いている。
「何があった?」
「なんにもねえ」
「何もなきゃあんな態度取らないデショ?」
本日の任務「草毟り」を始めて一時間、サスケとナルトは遠く離れた所でブチブチ草を毟っていたが双方気になるらしく、相手が毟る姿をそっと窺い合っていた。始めの内ナルトは訳が分からない事を言い出したサスケに対して「ぜってえ、見るもんか!」と対抗心を燃やし、一心に草を引き抜いていた。しかしあの発言の理由を知りたいのも事実で、気付くとサスケの様子を気にしていた。
けれどそんな事情を知らないカカシはナルトの様子を見咎めて高圧的な態度に出た。彼は大小拘らずナルトの身に起きたどんな事でも把握していたいのだ。
「知らねえってば」
「・・・・・・」
ナルトが自分から言い出してくれるのを待っていたカカシも段々機嫌が悪くなってきた。彼はこのままでは埒が明かないと、少し声のトーンを下げ威圧的に言う。
「素直に言いな」
それも無表情で小さな肩に手を置きその両手にグッと力を込めて。
するとついに観念したナルトが小さな口を開いた。
「サスケが・・・・カカシ先生はおかしいって言った」
「へぇ」
無表情のまま丸くしたカカシの片目が見上げるナルトの瞳を捕らえる。
「オレはそう思わねえけど・・・・」
「けど?」
「サスケがあんまり近付くなってワケわかんねえ事言うから、喧嘩みてえになった」
「そう・・・・サスケは意地悪だねえ」
片目を三日月みたいにしてナルトの背を優しく摩る。
サスケがねえ・・・くくっ、ホント鋭過ぎるってのは困るね。
「お前は意地悪されたんだよ。ナルトが気にする事は無いんだから」
な?と言われてナルトは自然に頷いていた。
「ウン」
「じゃ今度はあっちをヨロシク」
カカシは前方を指差して「抜く草はまだまだあるぞ~」と楽しそうに言う。
「げえっまだあんのかよお」
「はいはい文句言わないで」
「むう~」
黄色い子供は示された新しい場所にパタパタと走って行き、何を思い付いたのかニカッと笑いカカシを振り返って影分身を二体作り出した。
「おっ、考えたな。がんばれ~」
やる気を出した少年に手を振り笑んでいた右目は冷たく変化して、己に意識をビンビン向けているサスケを見る。
「お前じゃあ無理だよ」
ヒヨッ子にはナルトを救えないよ。それにオレが何者からも守ってやるんだから、お前は無用なんだよサスケ。
「でも。まあ・・・・微笑ましい光景ではあるよな」
これも自分が教えたチームワークの賜物かとカカシは密かに笑った。
「チッウスラトンカチ」
忠告してやったのに、何で奴とじゃれてやがるんだ。どうして奴の纏う嫌な雰囲気に気付かねえ!それだけじゃねえ、今飛んできたあいつの殺気はマジで俺を殺しかねない感じだった。あれが暗部カカシ 。
「早く気づけよナルト」
サスケは歯痒さに爪を噛み悔しそうに顔を歪めて遠くナルトの背を見つめた。
山程の資料を抱え火影の執務室に向かうコテツとイズモは最近忍達を騒がせている事件について話していた。
「五代目の機嫌が悪いのも納得できる」
イズモは頷いて今朝、昨夜の件について怒られていたカカシの姿を思い出す。
「この件・・・思いの外長引いているからな。カカシさんも協力したらしいが、進展が見られないとなるとどうなるか分からん」
上忍を撒くとはどんな奴か。
「犯人を見てみたい気もするが」
イズモが興味を覗かせると即座コテツが顔の前で手を振った。
「やめておけ。猟奇殺人なんてマトモな奴じゃないぜ。大体子供を標的にするのが信じられないな」
「それも全員アカデミー生か・・・・・」
何の恨みがあって、とイズモは考え込むが何か解決策があるわけでもない。そして綱手の執務室はもう目の前だ。
「どっちにしろ今の問題はあの方の苛々をどう避けるかだな」
火影の怒りの矛先は事件に係わる者だけでなく、彼女の下で働く中忍達にも向けられる。
ふう、と二人は息の合った溜め息を漏らした。
続く