帰ってきた四代目
暖かい陽が射す一軒家の軒下、まだ赤ん坊の域を出ない子供が大きな腕に抱かれて気持ちよさそうに眠っている。その子供を愛しげに四つの眼が見下ろしている。
「カカシ君はさぁ本気で好きな子いるの?」
ミナトの言葉に色違いの瞳を持つ青年が顔を顰めた。
「はぁ?突然何言い出すんですか、失礼ですよ。オレにだって好きな子いますから」
「どんな子?」
「ナル」
「ナルトとか言ったら殺すよ」
「・・・・・」
両頬に三本線の痣を付けた子供を挟んで二人の大人が睨み合う。
「先生・・・これから任務ですよね。ナルトはオレが預かりますから」
青年は長い指で幼い子供の丸い頬を撫で上げる。
「駄目だよ。カカシはナル君に変な事する気でしょ」
「子供にナニするって言うんですか!先生こそナルトを連れて行けないでしょう!?」
「駄目駄目駄目っ!絶っ対駄目!カカシの噂を聞いてるからこそ心配なんだよっ。きっとナルトが成長したらあーんな事やこーんな事してナルトをオレから奪っちゃうんだ!」
ミナトはふんっとそっぽを向いて「ナルトはアンコちゃんに預けるからね」と言って陽の下へ出て行ってしまった。
「ニシシシッオレッてばイルカ先生の仕事を手伝ってよかったってばよ」
うずまきナルト、木ノ葉の意外性ナンバーワン忍者は右手に握った巻物を見て笑った。
「イルカ先生は高等忍術だって言ったけど、スゲー技はやってみたいもんだってばよ」
『アカデミーの書庫を整理したいんだが人手不足でな。もう一人いると助かるんだが、お前手伝ってくれないか?勿論ただでとは言わないぞ』
ならば巻物を一つくれと言ったナルトにイルカはそんな物でいいのかと目を丸くした。
「さーて 早速家に帰って修業っ修行っ」
うまくいけばカカシの驚く顔が見れる、と張り切るナルト。まっすぐ家に向かって走った。
「はぁ」
「おい、陰気な溜め息を吐くな。こっちまで暗くなるだろうが」
猿飛アスマは人生色々の戸をくぐったが為に、ついうっかり出くわしてしまった疫病神を横目で迷惑そうに睨んだ。カカシに捕まった彼を見た他の上忍達はアスマとの友情を発揮する事無く、さっさと帰ってしまった。
クソッ面倒臭ぇ事になったぜ。
「アスマはいいよね、恋人が居ないから悩む事なんて少しもないんだもんね」
「おい」
嫌味かはたまたノロケが始まるのかと身構えたアスマだが、カカシの口から出たのは意外な言葉だった。
「夢をさぁ見たんだよ」
「夢!?夢っつーと、あれか?夜見る夢」
アスマの指に挟まっている煙草から灰がポロリと落ちた。彼は膝に落ちたそれを手で払い除け、喫いさしを灰皿に捩じ込んだ。
「そうなんだよねぇ」
「愛しさのあまりナルトが出てきたか」
アスマは笑いながらからかったが、カカシの反応が無い。しまった!地雷を踏んだか!?と恐る恐る隣を見るが怒っている様子は少しも無い。
「ハァ。ナルトがねぇー出てきたんだけどさ、余計な奴まで出てきちゃってね」
「余計な奴?」
イルカか?
カカシマジック。いつしかアスマは話の内容に興味を惹かれつい聞き返してしまった。
「四代目」
「おいおいおい」
「昔の事なんだけどさあ。何で今頃になって出てくるかねぇ。嫌な予感がするよ。全く面白くないよ」
「墓の前でナルトを貰います、ってちゃんと二人で挨拶して来い」
というアスマにカカシはただ溜め息を漏らすだけだった。
ナルトは広げた巻物を前にして腕を組み、頭を捻っていた。
「う~ん。印の結び方は間違ってないってばよ」
じゃあ何で成功しないんだ?
「呼び出す対象が問題なのか?」
ナルトは巻物を全て読み、アカデミーで飼っていたウサギを呼び出そうとしていた。そのウサギはナルトに良く懐き餌をやり撫でてやる度に嬉しそうに跳ねていた。しかしナルトが卒業する少し前、寿命が尽き死んでしまった。
―蘇生忍術―巻物の内容は一度生を失った者を肉体がある状態で蘇らせるという事だった。しかしその者がこの世に留まれるのは五時間だけ。この術の乱用は好ましくないと文末には書かれていたが、高等忍術なだけあってそう簡単にはできないようだ。
「よしっ他の人が良いってば。オレが会いたい人」
今まで出会った人々の顔が浮かんでは消えていく。
三代目のじぃちゃんにハヤテさん、アカデミーにいた数々のペット達。
けれどこれという人が思いつかない。
うーん、うーんと唸っていたらある想いがこみ上げてきた。
「オレの両親ってどんな人なんだろう」
今まで誰も話してくれなかったことにナルトは疑問を持った。
「決めた!オレの父親を呼び出すってばよ」
見た事が無い人物を呼び出すのは少し怖い気がしたが自分の出生に係わるということへの好奇心が勝った。
「よしっ出て来いってばよ!」
正確に印を結びじっと巻物を睨みつけた。
「・・・・・・」
しかし
「・・・・・・」
何も起こらなかった。
「は、はははっきっとこの巻物が違うんだってばよ!」
こんな都合のいい術があるわけないってば。この巻物はニセモノだったんだ。
ナルトは独り完結して巻物を放って一楽へ出かけた。
「よぉ元気か?」
夕食をと出掛けた一楽でばったりアスマと出会ったナルトは味噌ラーメンをご馳走になり、すっかり例の忍術など忘れて帰宅した。
ナルトは玄関の扉を開こうとしてピクリと止まった。
「ん?」
消していったはずの室内照明が点り明かりが窓から漏れている。
「誰か居るってば・・・カカシ先生の気配じゃねぇ。知らない奴だってば、でも・・・」
ナルトは戸惑った。敵意は感じられないが、なぜか懐かしいチャクラを感じるのだ。
「確かめるしかない」
ナルトは覚悟を決めていざという時の為に任具入れからクナイを取り出して握り締めた。
「よしっ!」
「誰かいるってば!?」
ドアを開き素早く室内に入り込む。もし戦いになった場合、この狭い部屋では不利だが仕方が無い。その時は窓から跳び出るつもりだ。
ナルトは一人の見知らぬ男を発見。手裏剣を投げようと腕を振り上げたが
「お帰り~ナルト~」
男が言った気が抜けるセリフに手裏剣を投げ損ねてしまった。
「え、え、えっ誰?」
すっかりナルトのペースは崩れベッドに正座している金の髪色をした男をまじまじ見つめた。
「う~ん。おかしいなぁナル君が呼んでくれたんじゃないの?」
男はニコニコォと笑いながら首を傾げる。
「呼んだって」
戸惑うナルトの目の端にあの巻物が映った。
あっ!あの術成功したんだってば。でもオレが呼んだのって父親だってば。この人はどこかで見た事ある気がする。どこでだ?
「えーっと」
そうだ!顔岩だってばよ。
「四代目!?」
「ピンポーン」
男は嬉しそうにナルトの正面まで来るとその体をぎゅうっと抱き締めた。
「会えて嬉しいよナルトッ!」
へっ!?
ナルトの頭は真っ白になった。
「えっと四代目・・・今、なんて言ったってば?」
ナルトはニコニコ笑うミナトを信じられないという瞳で見上げた。
「カカシとは別れなさいって言ったんだよ」
「え、と、どうして?」
「カカシは君の人生を駄目にするよ。彼は今まで沢山の女性と付き合って誰とも本気にはならなかった。そんな奴はナルトには相応しくないよ」
「そんなっ先生を悪く言うなってばよ!」
ごちゃごちゃ考えるよりも先に叫んでいた。
「うん、ナルトはいい子だね。思った通りだ。でもねオレはカカシに渡すわけにはいかないから」
四代目の手がナルトの頬に触れた。一瞬ナルトの心に懐かしいという想いが溢れた。
「四代目、オレってば」
ナルトが四代目の優しい瞳を見上げた時、窓の向こうにカカシを発見した。
「ナルトッそいつから離れろっ!」
窓が全開になり緊張した声が飛び込んできた。
「カカシ先生っ」
「カカシ君?」
「誰だか知らないがナルトから離れろ。ついでにその悪趣味な変装も解いてもらおうか」
ナルトの狭い部屋で臨戦体制をとったカカシの瞳が細められ冷たい眼光が殺気を放つ。それは四代目に向けられたものだったが、暗部モードのカカシにナルトの全身の毛が逆立った。ぞわり、言い知れぬ恐怖に鳥肌が立つ。
「駄目だよカカシ、ナルトが怖がってるよ。まったく三代目はどうしてカカシにナルトを預けたのかな・・・やっぱり君には渡せないよ。さあナルト変態は放っておいて一緒にお風呂・・・」
「そうはさせるかっ」
カカシはマイペースな敵の顔めがけて手裏剣を投げた。
「うおっカカシ先生危ねぇっってばよ!」
ナルトはカカシを睨みつけて四代目を庇おうとした。しかし流石は火影、カカシの攻撃を見抜いてナルトを抱き寄せそのまま横に跳んだ。
「ふー危ないよ、ナルトが怪我したらどうするの。やっぱりカカシはバカカシだね」
「なっ!?」
こいつ何者だ!?
「カカシ先生何やってんだよ!この人は四代目火影だってばよ」
「はぁ?」
ナルトの発言は気を抜けさせるのに充分だった。カカシの口から間抜けた声が漏れた。
「だ~か~ら~木ノ葉の四代目っ」
「ナルトッ変な奴が現れたせいでおかしくなってしまったんだな!?だが大丈夫だぞ、元暗部エリート忍者のオレが必ず治してあげるからねっ」
「馬鹿だ」
ミナトは成長した弟子どころか、どこかで頭の螺子を失って退化した憐れな弟子を見て嘆いた。
「ちょっと二人の世界を邪魔しないでくれるっ?大体なんでまだいるの。とっとと帰ってよ。オレの気が変わらない内にさ」
「先生に変って言われたくないってばよ」
ナルトはグサッと鋭い一発をカカシに送った。
「ナルト~」
「仕方ないから初めからちゃんと話してやるってばよ」
「つまりオレの目の前にいるのは本物って訳ね」
「ずっとそう言ってるってばよ。でもオレッてば結局失敗したし」
「失敗してないじゃない」
「四代目を呼んだわけじゃねぇのに?オレッてば自分の親に会いたかったんだってばよ。勿論・・・四代目に会えたのは嬉しいけど」
「ああ、そういうこと」
ナルトが意気消沈しているというのにカカシと四代目は目配せしてニッコリ笑っている。さっきまでの剣呑さは消えてすっかり師匠と弟子の関係に戻っていた。
「大丈夫だよ、ナル君は上手にオレを呼べたんだから元気を出して」
「そーそーよくやったなナルト。ただ・・・呼ぶならこの人じゃない方がよかったけどね~」
「カカシッ」
「だってそうじゃないですか。昔からいつもいつもオレとナルトの邪魔をしてくれてますよねぇ。知ってるんですよオレの頭上から鉢を落としたり、風呂の湯を沸騰させたり、食事に異物を混入したりしていた事を」
「あはは」
「あははじゃないですよ」
ナルトは迷惑そうにしていながらも少し楽しそうなカカシを見て驚いた。
こんな先生見た事無いってばよ。子供みたいだってば。
「いいコンビだってば」
「「えっ!?」」
「ちょっとちょっとヤだよオレ。冗談でしょ」
「そうだよナル君っこんな奴とはコンビになりたくないよ」
ふんっと顔を逸らしてしまった二人。ナルトは慌てて間に入った。
「二人共仲良くしろってば」
ナルトの言葉に大人二人は目を丸くして苦笑する。
「ナルトに諭されちゃうなんてねぇ。オレもまだまだだね。どうです先生ナルトがこう言ってるわけですから」
「ん、そうだね。ナル君の頼みならなんでも聞いちゃうよ。だからナル君もオレと仲良くしようよ!だから、まずは温泉にいこっか!」
「どうしたのカカシ、そんな暗い顔して。相変わらずムッツリ助平だね!ナルトまでトーンダウンしちゃってるじゃない」
ミナトは四代目と書かれた手拭いとタオルを手に後ろの二人を振り返った。
「暗い顔なんてしてませんよ!大体ムッツリ助平って何ですか!?自来也様じゃあるまいし。それにナルトのテンションが下がってるのはあなたのせいですよ。先生がいきなり温泉に行こうって言うからですよ」
「ハッカカシこそ何言ってんの?ナルトは君まで付いて来てるから嫌がってるんだよ。本当ならオレとのスキンシップを取る為に来たのに、変なコトするカカシが来てるからだよ。そうだよね?ナル君」
「ふん、ふふ~ん。先生よりもオレの方がずーっと長くナルトを見てきたんですよ。風呂だってもう何回も一緒に入ってます。邪魔なのは先生の方ですよ。そうでしょ?そう言いたいんだよね?ナルトッ」
ナルトは両腕を到底大人とは言い難い二人に掴まれてげんなり目前の木ノ葉温泉を見上げた。
オレが思ってた四代目とはだいぶ違うってばよ。
「さあ、入るよ!ナル君」
黙ったままのナルトを都合よく解釈したミナトは手を取りズンズン入って行く。
「ナルト」
カカシも負けずにナルトの空いている手を掴んで歩いて行くものだから、結局ナルトは二人に挟まれたままカウンターを通り、脱衣所まで連れて行かれる羽目になった。
カウンターの前を過ぎる時仲居が驚いた顔でミナトを見た。カカシが指をシッと唇に当てると彼女はコクコク頷いて見なかった振りをしてくれた。
これを見ていたナルトは里人に顔を見られた四代目よりも、カカシと仲居の間に過去何があったのかという方が気になってしまった。
「ナル君こっちこっち~」
「駄目だナルトッこっちに来い」
タオルを腰に巻き急所を隠しているとはいえ脱衣所で真っ裸になった男達が手招きするのはなかなか暑苦しい光景だ。
「カカシ君ここは師匠に華を持たせるべきなんじゃないかな~?」
「いえ、慣れ親しんだオレにしかできないこともありますから。お義父さん!」
素顔を晒したカカシの赤い左目がクワッと見開かれた。
「君を婿とは認めないよっ」
「どっちも早く入るってばよ」
ナルトはこのまま言い争い続けかねない二人の間をすり抜け、露天風呂への扉を開けた。
「うわあっ貸し切り状態だってばよ」
湯煙で曇る視界に誰もいない露天風呂が現れた。
やっと笑ったナルトに二人の頬が緩む。
「じゃ~ナルト、早速オレが洗ってあげるからね~」
カカシはいつもそうしている要領でナルトの体を洗おうとした。
「オレも背中流してあげるよ」
二人の手がナルトに伸びる。大人が子供に迫る姿は傍から見ればかなりいかがわしい光景に違いない。
「体くらい自分で洗えるってばよ!」
大人の手から逃れようとジリジリ後退する。
「それよりもオレが二人の背中を流すってばよ」
「ナルトッ」
「ナル君」
無邪気な満面の笑みで言われては断れるはずもなかった。
「いいよ~ナル君、洗い方上手だね」
「ああ・・・うん、そこ、いい感じ」
ナルトは並んで座った二人の背中を両手を駆使して洗っている。手拭いを使ってゴシゴシ擦ったり優しく拭ったり。耳の後ろから首筋まで丁寧に。奉仕されている二人は気持ちよさそうに口をぽわんと開け夜空を見上げた。
「うんうん上手上手」
「ん、はぁっいいよナルトッ」
二人は体を擦られる度にいちいち反応していたが感じ方は違ったらしい。
「カカシ」
「何ですか先生」
「そのエロい・・・如何わしい声は何なのかな?」
「とても自然な反応だと思いますが」
ミナトはしれっとして言うカカシに堪らず立ち上がった。
「自然に出るわけないでしょっやっぱりカカシはナル君に変なコトしようとしてるんだねっ」
「ああ、そうか。ちゃんと報告をしてませんでしたね。ナルトはもうオレのものになっちゃいましたから」
「ハッ!?何何何!?」
「先生そんな事四代目に言うなってばよっ」
「えっナル君!?」
「あはは。ごめ~んね」
「もうっオレってば入るってばよ」
「ナル君!」
「あれ?ナルトはもう洗ったの」
「そうだってばよ」
「ナル君っ」
「先生さっきから背後で煩いですよ。ほら湯につかりますよ」
二人の会話に割り込めず置き去りにされた四代目の頭を様々な疑問と想いが巡った。
「いつまで拗ねてるんですか?」
カカシはナルトの向こう、不貞腐れたミナトを見兼ねて宥めにかかった。
ナルトの予想通り二人はどちらがナルトと並んで入るかで争い、結局ナルトを挟んで三人くっついて坐ることになった。広い浴場でちんまり固まって熱い湯を堪能している。しかしミナトが拘っているのはその事じゃない。
「カカシさっきの言葉は撤回してよ」
「さっきの」
二人の間でクエスチョンマークを浮かべる鈍いナルトとは反対に察しのいいカカシは「ああ」と呟いて胡散臭いほどのにこやかな笑顔を向けた。
「嫌です」
「カカシッ」
「嫌です駄目です譲れません」
ナルトは湯のせいだけではないだろう、頬を紅く染め黙って成り行きを見ていたが二人の手がナルトを引っ張り引き寄せようとするとついにザバッと湯から立ち上がって叫んだ。
「喧嘩するならオレは帰るってばよ!」
「ナルトッ」
「ナルト待って」
せっかく楽しいひと時を過ごそう、あわよくば好感度アップを狙っていただけに双方とも必死だ。
「うそ。嘘だよナルトッオレ師匠大好きだから!」
「そうそう。本ッ当はこーんなに仲良いんだよっ」
二人は痛いくらいギュッと互いの手を握ってナルトにアピールした。
「二人共顔が硬いってばよ」
「えっそんなことないよ」
「そうだぞナルト。いつも以上ににこやかでしょ」
「ふ~ん」
胡散臭そうに二人を見ていたが取り敢えず納得する事にしたようだ。再び肩まで湯につかり
「極楽だってばよ」
と年寄り臭いことを言った。
ミナトは妙にニコニコ笑ってナルトと「本当はオレがナルトの一番なのに」とぶつぶつ呟くカカシを見た。
「ナルトの機嫌が直ってよかったよ。これで心置きなく帰れる」
「「え?」」
カカシとナルトは今までの和やかな空気をぶち壊す、場違いな言葉を聞いた気がして思わず聞き返した。
「もう時間なんだ。ナルトの元気な姿が見れたし行かなくちゃ」
「そんなっ!まだ話したい事が沢山あるってばよ」
いずれ別れが来る事は分かっていた。けれどそれを一時でも忘れさせる程の楽しい時間が流れていたのだ。
「カカシ、ナルトを頼んだよ」
「はい。ナルトはオレが護りますよ」
「ん!やっぱりカカシはカカシだね。安心した。ナルトは大丈夫だ」
「あっ」
ナルトは四代目の徐々に透けていく体を見て声を上げた。
「二人共仲良くね」
「四代目っ。オレッてば立派な火影になるってばよ。そんで、そんでっ仲間を護るってば!」
だから天から見ていて欲しい。辛い事も嬉しい事も経験して成長していく己を。
「ナルトならできるよ」
体の殆どが透けている。カカシは頭を下げ、昔ちゃんとした挨拶もできずに別れてしまった師匠に弟子として感謝の念を伝えた。
「今までありがとうございました」
カカシの瞳に堪え切れず涙が浮かぶ。ナルトに気づかれないように手で拭い顔を上げた時には既に四代目の姿は無かった。
「先生、オレ今日の事絶対忘れねぇ」
強い意志を持つ青い瞳にも涙が光っている。
「オレも忘れないよ」
カカシの優しい手が金の髪に触れる。ふわりと温かい空気がナルトを包んだ。それはカカシの愛情だけでなく親が子を想う愛情も加わっているようだった。
「そういえば先生ここの仲居と仲いいってば?」
「・・・・・」
「カカシ先生?」
「うん?」
「目が泳いでるってばよ」
ナルトはカカシの過去の女関係を責める気はさらさら無かったが、カカシを少し動揺させられた事が嬉しくてクスクス笑いを漏らした。
いつもからかわれているお返しにこれ位はいいだろうと、更に一言加えた。
「家に帰ったらちゃーんと聞くってばよ」
ナルトはニシシッと笑って熱さだけではない汗を流すカカシを置いて浴場を出て行った。
後日、例の巻物は書庫に紛れ込んでいた禁術書だという事が分かり、ナルトの手から綱手の許へと返された。なまじ高等忍術であっただけに綱手は四代目召喚話にとても驚いたが、火影室でカカシと並んで目の前に立つナルトに目を細め
「成長したねぇ」
と嬉しそうに言った。
そして巻物は厳重に保管され、ナルトが再び誰かを呼び出す事は無かった。
END