chocolateの思惑
「え、バレンタイン?」
「そうよ。アンタうずまきに何あげんの?」
「バレンタイン」と「うずまき」という名が頭の回路を目紛るしく駆け回り、漸く理解した頃には問い掛けたくノ一が胡乱げな顔をしていた。
「何、だってオレ男よ?そもそもオレがあげなきゃなんない訳?オレって貰う側じゃないの?」
「ハァ?・・・あーそうよねあんたって毎年毎年せがむばかりで進歩ない奴だものね」
「一々棘を感じる言い方するね。自分があげる側だからって僻まないでくれる?」
「だれがあんたなんかに僻むか!あーあ、ナルトが可哀相!!よっくこんな薄情と付き合ってるわ」
「アーンコ。オレだってわざわざ喧嘩売りたかないけどね?その気なら表出るよ?」
「アタシだってカカシの喧嘩なんか買いたくないけどね!いいわよ!!」
「後で弱音吐くんじゃないよ!?」
「あんたこそ!」
「白熱してるとこ悪いが・・・その辺でやめとけ」
「何よライドウのくせに!」
「お前も殺されたい訳?」
「いや・・・うずまき来てるから」
ホレ、と指先から放たれる点線を追っていけば、呆れ顔のナルトが待機所の入り口に佇んでいた。
「あー・・・聞いてた?」
「うん」
即行で返される言葉にカカシはガックリ肩を落として「そんなつもりじゃないのよ~?あれはほら・・・売り言葉に買い言葉っていうか」ぶつぶつ呟くが、ナルトは全く気にしていないのか、反対に物凄く怒っているのか、出入り口まで迎えに来たカカシの脇を擦り抜け飲み物のコーナーに歩いて行く。
「あ!コンポタあるってば。すっげー珍しい。んん!?うっわ汁粉もあんじゃん」
「ナルトー」
「でもやっぱ汁粉だよな~」
「なーるー」
「ナルト!そんな薄情振っちゃいな」
「ア・ン・コ~!」
「へん!自業自得じゃないのさバカカシ」
「バカカシ!?おまっ・・・勝手に渾名付けてんじゃないよ」
「アタシは事実を言ってるだけ。カチンとくるのは疚しい事があるからでしょ」
「~~~~~~!!」
「フン」
散々文句を言って気が済んだのかアンコは乱暴に雑誌を広げ態とらしくチョコレートの特集記事を読み始める。
「なになに・・・今年流行のチョコは」
その背後にスッと移動した影は彼女の暴言を聞いてからずっと震えている体を必死に抑え、気付かれないようにひっそり片手にチャクラを集めた。
アンコはといえば、注目すべき記事が見つかったのか食べ終わった団子の串を弄びながら、組んだ膝上の雑誌を食い入るように見つめている。背後の不穏な動きに気付く様子はない。
周りの連中は分かっているが、彼らはアンコが言う「薄情者」ばかりでみな視線を逸らし口を閉ざしている。
そうこうする内一ヶ所に集まったチャクラの中心から青白い光が放たれ「チチチチチ」と不吉な音が鳴り響いた。この頃になって漸く異変に気付いたアンコは顔を上げ恐ろしい光景を目に映した。
「ギャーッ!!」
「ん?どうしたんだよ皆」
ホカホカのカップを手に振り返ったナルトは入って来た時よりもなぜか乱れている室内と青い顔の忍達、その中でただ一人だけ温かい茶を啜り寛ぐカカシを見て首を傾げた。
「~~~ほう。この時季はやっぱり熱いお茶に限るよね。うーん、沁みるなあ」
「アンコ先生何処行ったんだろ?」
「さあ、任務じゃないの」
ナルトは床に放り出されている雑誌を拾い上げパラパラ捲った。バレンタインの話がメインらしく、表紙からして女性向けなのだが偶然これに見覚えがあった。
数日前のこと。この時期の女の子というのは自然と気合が入るらしく、ばったり会ったサクラも並々ならぬ気迫を全身に纏っていた。その彼女が持っていたのがこの雑誌なのだが、ナルトは中身を見て漸く女性達が読んでいる理由に気付いた。
バレンタインを忘れてた訳じゃねえけど、オレも先生の事言えねーな。
毎年あげるのはナルトの側だが、一方的にはカカシを責められないような気がした。
しかし飽く迄「気がした」だけである。
「あ、ナルトそれ」
「アンコ先生が読んでたよな」
「そんなのつまらないって」
女が読むやつだし。
だがナルトは真剣に活字を追っているようで、相変わらず放置のカカシはつまらなさそうに唇を尖らせた。勿論他人には見えないけれど、彼を良く知る者達にはブリザード吹き荒れる心情が充分過ぎる程伝わっている。
「あの、ナルト・・・・さん?」
「・・・・・」
「ナルト・・・・」
「・・・・・」
「・・・すいません・・・・・」
「・・・・」
「・・・・・」
「先生!」
「はいっ!?」
突然掛けられた声に驚き跳び上がったカカシはもう少しで膝に零すところだった熱い茶を慎重に床に下ろし、恐る恐るナルトを振り仰いだ。
「今夜空いてるよな!?」
「え、うん?空いてるぞ。それがどーかし」
「じゃあ夜な!」
「へっ?」
「迎えに行くからどっか出掛けたりしないでくれよな!」
「それはいいが・・・ってちょっとちょっと、もう行っちゃうの?」
「行っちゃうってばよ。オレってば結構忙しいんだ。じゃ、また夜な!カカシ先生」
「またなって何よ。大体・・・ってもういないし!逃げ足は昔から速いなアイツ」
誰のお蔭か―――大方イルカ先生でしょーけどー。
「はぁーやさぐれちゃうよ?オレ」
カカシの頭上にはどんより重たい雲がかかり、今にも迅雷轟き激しい雨が降りそうだ。仲間達は急激に変化するカカシの機嫌ととばっちりを恐れ、大袈裟なくらい遠くに離れてその様子を窺っている。
一方待機所を出たナルトはあるものを求めて木ノ葉病院へ駆けていた。
「そうだよ!なんですぐ気付かなかったんだろ」
先程見た女性誌の表紙が頭から離れない。
『今しかない!チョコレート大作戦―なぜ?彼が気付いてくれない十の理由―これで解決・倦怠期!』
もう一つ煽り文句が書いてあったのだが、そちらはナルトには全く関係ないものだった。
確か・・・『綺麗を手にする魔法のメイク』
そんなニュアンスの語句だった。
恐らくシカマルをはじめ友人達が聞けば大いに呆れるか馬鹿にして笑うだろうが、ナルトには切実な問題であり真面目に内容を読んだ。
そしてある事を閃いた瞬間、思わず胸中で密かに拳を握った。
『うお!これって天啓じゃねえ!?』
「アレなら先生だって・・・イチコロだってばよ」
「サクラちゃんっ、例のやつまだある!?」
ナルトは「ババーン」と効果音よろしく勢いよくミーティングルームの扉を開け、呆然とする医療忍者達には目も呉れずサクラを探した。
ところが受付で確認して来たのに見当たらない。
いねえじゃん。
唇を尖らせたナルトは回れ右をしようとして・・・青ざめた。空を切る鋭い音と共に何者かの足が右肩を掠めていったのだ。咄嗟に体を翻し安全圏を確保、目を走らせ相手を探すがそれらしい人物は見付からない。
「なんだよ」
取り敢えず安堵して力を抜く。が、それは間違いだった。
突然後頭部を強い衝撃が襲い、ナルトはもんどり打って倒れた。余りの激痛に顔を歪ませ涙を滲ませ、蛍光灯が眩しい天井を見上げるとそこには腕組み仁王立ちのくノ一が居た。
「ナ~ル~ト~」
「ひぃっ」
「あんったは、もっと静かに入って来れんのかーーーー!」
「ギャーッ!イッテ、いってぇ!サクラちゃんギブ!ギブ!マジで痛ぇからっ」
「で?何を探しに来たって訳?」
「サクラちゃんそー睨まなくったっていーってばよ?」
なぜか正座で彼女を仰ぐナルトはこんな調子で「例の物」が手に入るだろうかと少し不安になる。
「いいから言え!」
「ヒッ。言います、言いますってばよ。あのさ、この間会った時今年は特別なチョコが出回ってるって言ってたよな?」
「あーあれね。でも出回ってるって言ってもくノ一の間だけよー。ほらやっぱり一般人には危険じゃない?悪用する奴もいるだろうし。それがどうかしたの・・・あ、もしかしてナルト」
「頼む!この通り。サクラちゃんあれ譲ってくれってばよ」
「あんた今年はあげないって言ってたじゃない」
「そうなんだけどさ、やっぱ毎年渡してんのに今年はあげねえってのなんか、なんつーか嫌だしさあ!」
「ムカツクのに?」
「う・・・そりゃカカシ先生の態度も悪いと思うってばよ。けど!この山場を乗り切らなきゃいけない気がするんだって!」
「・・・・」
「・・・な?」
「ふっ・・・ぷぷっ。そーんな力説私にするならカカシ先生にだって言えるんじゃない?」
「それはそれ、これはこれだってばよ」
「そう?まあいいわ。貴重~な最後の一個ナルトにあげる」
「マジで!?サンキューサクラちゃん」
ぱあっと瞳を輝かせ立ち上がったナルトは彼女の手を取り両手でぎゅうっと握る。
「なんか・・・そんなに感謝されると微妙に気持ち悪いわ・・・ちょっと引く」
「いやいや、ほんっとありがとな!」
「まあ喜んで貰えるのは嬉しいけど」
サクラは然りげ無く手を離しそのチョコレートを取りに行こうとして、想像以上に自分達が周囲の注目を浴びている事に気付いた。
広くない部屋だっていうのに派手な事しちゃったものね。それにこの話、初めはいのと私だけの遣り取りだったのにいつの間にかくノ一中に広まっちゃって・・・あーあもう!障子に目あり耳ありとはよく言ったものだわー。
「いーい?くれぐれも悪用するんじゃないわよ」
「分かってる分かってる!んじゃ、貰ってくってばよ」
渡す相手は分かっているが一応念を押すサクラから受け取ったナルトは大事なそれを嬉しそうにポーチに仕舞う。
「まあ頑張りなさい」
「おうよっ」
やっと落ち着きが戻ったミーティングルームで、けれどサクラは少し考えて顔を曇らせた。
「・・・ちょっとマズッたかしら。だってカカシ先生がナルトに厭きるなんて有り得ないんだし、却て大変な事にならなければいいけど。あれも作ろうと思えばすぐ出来ちゃうものなのよね・・・ま、いっか」
ごめんねナルト。いざとなったら腹を括って美味しく頂かれちゃいなさい。
未だ暗澹たる雲の下、カカシはナルトが座っていた場所に置き去りにされている物を目の端に捉え、けれど何をするでもなく無関心を装い視線を向けないようにしていた。だが幾ら経っても誰もそれに触れようとしない。
カカシは疾うに余所へ関心を向けている周囲を睨んで手を横方向へ伸ばし、ついにその雑誌を自分の許へ引き寄せた。
「アンコは好き勝手言ってくれちゃったけど、何やかや言ってナルトはちゃあんとくれるもんね。ふふん」
甘い物ははっきり言って嫌いだが、それはそれこれはこれである。
何より恋人から貰える事が大切なのだ。好きでもない相手に幾ら貰ったって面白くも何ともない。
「にしても、ナルトは何で急に」
カカシは見当をつけた誌面を斜め読み、途中ふと視界に入ってきた文字に目を留め息を詰めた。
―倦怠期をすっきり解消!教えます、チョコ占いであなたの恋愛運―
まじまじとその一文を見たカカシは震える両手で雑誌を掴み、ぎっしり並んでいる文字列を険しい顔で睨んだ。
「けんたい??まさか!・・・ナルト・・・・!!」
低い唸り声は再び人々の注目を集めるが態々声を掛ける人間はいない。
「嘘でしょナルト」
一変、弱々しい呟きを落としたカカシは慌てて飛び出して行ったナルトの後ろ姿を思い出す。
オレに厭きたってどーいうことー!?
しかしすぐにハッとなったカカシはもう一度誌面に目を落として、すっかり震えが止まった両手を握り締め強い決意を顔に表した。
そうか、これだ!
「紅、オレにチョコちょーだい」
カカシは真面目腐った顔で右手を差し出すが真剣な気持ちは伝わらず、すぐに叩き落とされた。
「嫌よ」
あっさり断った紅とカカシの頭上で木々の枝や葉が風にさわさわ揺れる。
彼女は見当違いも甚だしく、図々しい請求をする男の意図が読めず溜め息を吐いた。
「話があるって言うから態々来てみれば、早々なんなの。大体カカシ甘いもの嫌いじゃなかった?そもそも私に要求しなくても可哀想に幻想のアンタに惚れ込んでいる女の子達からドッサリ貰えるでしょう。私としてはカカシの本性を暴いて一刻も早く彼女達の目を覚まさせてあげたいんだけど」
「あのね、オレは義理とか迷惑千万なチョコレートを受け取る気はないよ」
「あんたって・・・・ほんっと性格悪いわね!女の子達に悪いとは思わないの?」
「断っても押し付けてくる方が悪いだろ。って、今日はこんな話をしに来たんじゃないの、紅この間アンコとチョコレートの話してたでしょ?あれオレに譲ってよ」
「はあ!?何の話」
「ほら~今年は特別なヤツが人気だって」
「あ、もしかして・・・げ、信じられない」
「なに」
「あんたがアレを欲しがるなんて・・・何する気」
「そう警戒しないでよ。犯罪する訳じゃないんだから」
「当然よ!あれはね、付き合ってても中々言い出せない女の子の為の物なのよ?あんたみたいな歩く犯罪者・・・って言うのは言い過ぎかしら」
「・・・」
「とにかく、誰に食べさせる気か知らないけれど・・・・!」
突然紅はある事に思い当たって濃紺の瞳をじっと睨み付けた。
「ナルトね」
「他に誰がいるって言うんだ。気付くの遅すぎ」
「だったらチョコに頼らなくても大丈夫でしょう?今更恥じらう仲じゃないんだから」
「恥じらう子があんな危険な物使うのか」
「訂正、そうね。恥じらいとはちょっと違うかしら」
「話戻すけど、オレに譲って」
「本気で言ってるのね」
「いつも真面目なつもりだよ」
「ふ~ん。そっか、そっか。いつも思うんだけどカカシってナルトに対しては凄く初心よね」
「煩いよ」
カカシは苦虫を噛み潰した顔で睨んだが、それでも譲ってくれると言う彼女には素直に感謝した。
こうしてナルトとカカシの手には媚薬入りのチョコレートが渡ったが二人はまだ互いの思惑と勘違いに気付いていない。
どちらが先に理性の結び目を解くのか。
それが分かるのはまだ数時間先のこと。
END