幸せの鍵
「くしゅんっ!・・・カカシ先輩?」
旅立つナルト班と別れの挨拶を交わして、また自身も戦場に戻るべく準備の最終確認の為、テントに戻ったヤマトはくしゃみをして周囲を見回した。
まさか生き霊が出るとは思わないが、あの人の事だから強力な念をこちらに発しているのかもしれない。それぐらい容易くやりそうだと彼は思う。
「うぅっ、用件は一言一句違えず伝えましたからねー!」
くしゃみの余韻でブルブルと震えながら、結果、失敗しても決して自分の所為ではないと強調する。
そのヤマトがくしゃみをした頃。
「まさかテンゾウ、大事な約束を忘れてないだろうな」
カカシは最早、ナルトを呑気に里に留め置ける状況ではないと考えていた。
今の戦況は五分五分。後手に回っていた木ノ葉が持ち直してここまで来たがまだ弱い。
この戦いを終わらせるには圧倒的な力か、あるいは両者の理解が必要だ。
そこが一番難しい。
草の狙いは分かっているので、解決できなくは無いのだが、それに応じられない木ノ葉はこのまま徹底的に追い詰める気でいる。
それが上層の満場一致なのだ。
「なのに、ナルトを出すっていうのもねえ・・・受け入れ難いけど、選択肢ないよねぇ上層は」
カカシも危惧を抱いているが、今は一人の忍も欠かせない。余す事なく使わねば大敗を喫する。数秒間の小さな決断にも左右される時期なのだから。
「あとはアイツがどう言うか」
恐らくナルトは草の真意を知らないだろう。苦々しい気持ちで送り出す綱手も教えない筈だ。
言えばナルトの答えは決まりきっている。だから明かさない。カカシも伝言には含めなかった。
「他人想いが厄介になる場面もあるんだよ」
忍は。
それは残酷だがナルトに向けた言葉だ。
矛盾しているようだが、こうした冷たい科白を投げ付けるのは、カカシが今、最もナルトを喪えない、失いたくないと思っている人間だからだ。
「想いの強さについては、五代目と喧嘩になりそーだけど」
だけど譲れない。
カカシは握った刀を振り翳して敵をひと薙ぎした。それは倒れた相手の得物だった。
彼は禿げた地面に棄てて走り出す。
ここはもう殆ど緑が見えない。けれどカカシには天上いっぱいに広がるナルトと同じ青が見えていた。
「カカシさんっあれです!」
仲間が示したのは敵の中継地。勿論分かっているカカシは頷いて目標物に向かって跳んだ。
もう昼も夜も関係ない。カカシは雑念を振り払い守りたい者の為だけに突き進んだ。
「ウーン、」
恋する乙女のくだりに突っ込むべきだったな、と思い出してナルトはフッと笑った。
あの時は余裕を失っていたので、いつも入れる所に突っ込むのをつい忘れた。
その衝撃の発言をしたキバは今は真剣な顔で右斜め後ろを走っている。
「なんだよ?」
「へっ?ああ、なんでもねーってば」
訝しそうな目付きの彼に、勘繰られないようあっさり返して『やぶへび、やぶへび』と心の中で唱える。
うっかり振り返ると誤解を招く。
ナルトは注意深く枝から枝へ移り、そうっとシカマルを見た。
この悪友はどう思っているだろうか。
普段からかいを口にするが、意外に情があり慎重な性格だから、曖昧な段階では余計な事を言わない。それで本音が見えない事もある。
だが紛れもなく彼は好い男だ。
小さいものには囚われない。
そうか、だから補佐候補なのかと納得する。
現時点で挙がっているのはシカマルとカカシ、両名の他に予備で幾つか名があるが、火影の本命はシカマルらしいと噂が立っていた。
付け加えるが当然、五代目補佐の話ではない。
「なら、オレもしっかりしねーと駄目だってばよ」
その呟きは誰の耳にも届かぬままナルトの胸に留まった。だが見られていた事を知らないシカマルは心を決めて力強く前を見据えたナルトに複雑な想いを抱いていた。
実はカカシが里を出る前、彼に会ったのだ。
それはカカシがナルトに別れを告げた後すぐの事だ。
『シカマル、頼む』
『って、カカシ先生そりゃ、どういう・・・』
『いま、言った通りだ。草の本命は―――』
つまり、こいつを今出すって事は里が相当切羽詰ってるって事だろ。なのに本人は事情を知らねえ。
『いざとなったらお前が頼りだ』
そう言われてもこんな状況じゃ素直に喜べないっスよカカシ先生。
シカマルは僅かに額に汗を滲ませて口端を噛んだ。
『もしあいつが気付いたら、最悪の方向へ傾くかもな』
ナルトは周りを想い過ぎる。周囲の思惑や心配などお構い無しに。
それには同意っスけど、じゃあ、どうすりゃ良いって言うんすか、カカシ上忍っ―――。
続く