空の彼方
木々の間から澄んだとても美しい青空が見える。無限に広がるその青の中で一羽の黒い鳥が旋回している。里への報告だろうか。カカシ先生が覆い被さっている所為でうまく見上げられないけれど、狭い視界から見える気持ちのいい空に久し振りに深呼吸がしたくなった。けれどそうしようとして、もうその必要は無いのだと気付いた。
少し涙が出た。
ああ・・・でも、おかしいな涙なんて流れる筈が無いのに。
オレはカカシ先生が大好きだった。カカシ先生もオレを愛してくれた。それは自惚れじゃなくて勘違いでもなくてお互いが認めている確かな事だった。どっちが先に好きになったかなんて分からないけれど、告白はオレからした。や、正確には違うってば。あれは先生が言い掛けたのを遮ってオレが先に言ったんだってばよ。なんかさ、ガキだったから何でもかんでも先生にリードされんのが悔しかったんだ。だからオレから申し込んだんだってばよ。
出端挫かれちゃった先生は苦笑して困った顔をしたけれど、オレからの告白をとても喜んでくれた。
そしてオレ達は付き合い始めた。
先生は上忍でオレは下忍。当然カカシ先生の方が凄く忙しくて中々デートなんかできなかったけれど、先生は精一杯休みを取ってくれて季節のイベントは欠かさずに二人でお祝いした。だからオレってばとっても幸せだったってばよ。
でも先生はどうだった?幸せだった?それとも―――。
先生と付き合ってからオレはそれまでに増して任務を頑張るようになった。あれって愛の力ってやつだってば?
オレは武勲を立てて下忍から中忍、中忍から上忍になっていった。先生はオレがランクの高い任務に行くたび心配そうな顔をしたけど、反面無事に帰って来ると心底安心した顔で迎えてくれた。そんでオレが上忍になると誰よりも喜んでくれた。
一緒に暮らし始めたのはいつ頃からだったんだろう。もうよく覚えていない。最近では一緒に居ることが自然過ぎてそうなった過程は些細なもので、無意識の内に記憶の片隅に追い遣ってしまっていた。とにかく上忍になった頃には寝食を共にしていた。
あの頃のカカシ先生はオレが見ている限りいつも笑っていた。たぶん先生から見たオレもそんな風だったと思う。
幸せって・・・・こういう事なんだなって実感した。
だけどオレは気付いてなかったんだ。カカシ先生が段々おかしくなってた事に。
オレには子供の頃からライバル視している親友と呼ぶべき奴がいた。ずっとずっとそいつを追い掛けて生きていた。オレってばあいつを目標にして毎日修行してたんだ。勿論、恋愛感情とは別の仲間意識。オレとあいつは互いの孤独を知る里で唯一の仲間だった。お互いの事なら何でも知ってると思ってた。でも違ってたんだな。
人の気持ちなんてのは、そー簡単に分かるもんじゃねんだってばよ。
それが分かったのはあいつが暗部に入ってすぐの頃だった。
「ようウスラトンカチ」
「サスケ・・・・久し振りだってばよ」
「ああ。半年か?お前里外に長期で行ってたんだってな。さっきサクラから聞いたぜ」
「すげーの、オレ大活躍だったってばよ!」
「フッ、また仲間の足引っ張ってたんじゃねえのかよ」
「あっサスケ!笑ったなーっ。んなことねーってのに」
「くくっお前からかうと面白えよ」
「ふん!ナンだってばよ。くそ」
「そう怒んなよ」
「怒るに決まってるって・・・うわ!何すんだよ・・・え・・・・サ、スケ?」
「静かにしろって」
ムカついて歩き出そうとしたらサスケがオレの肩掴んでバランス崩しちまったんだってばよ。んで、オレはサスケの方に倒れ込んでそのまま木の陰に連れ込まれた。オレはサスケ特有の悪巫山戯の延長だと思った。笑い半分、本気の怒り半分で何するんだよって睨んだら、真剣な目にぶつかって予期しない事が起こった。
サスケとオレの唇が触れ合った。
久し振りの、カカシ先生以外の唇の感触だった。
その一週間後サスケはいつも通り任務に出て、けれどいつものように帰っては来なかった。オレに向かって皮肉げに笑う事もなくなってしまった。
忍達への正式発表ではサスケは殉職したって事になっていた。
でもそれは違う。
すっげえ雨が酷い日の事だった。それこそ嵐の夜だ。先生はずぶ濡れんなって帰って来た。オレは玄関のドアを開けて迎えたんだけど、あれおかしいな?って思った。だってカカシ先生は傘を持って出掛けたんだ。任務じゃなかったから邪魔にならないだろうと思ってオレが渡した。なのにそれを何処に置いてきたんだろう、急に任務が入って待機所に置いて来ちゃったんだろうか。それとも意外と優しい先生の事だ、困ってる人に貸したんだろうかって思った。
だけど、だけど。
明るい家に入って来た先生の格好を見てオレは悲鳴を上げそうになった。叫ぶのは堪えたけど正直な眼は先生の忍服を凝視してしまった。真っ赤だったんだ。先生の服は腹の辺りから足元まで真っ赤に染まっていた。玄関でおかえりって言った時、夜だから黒く見えるんだろうと思った染みは雨じゃなくて人の血だった。
いくらランクの高い任務でもカカシ先生はこんなに酷い返り血を浴びたりしない。
でもオレは何も聞かなかった。
先生も何も言わなかった。
その翌日オレはサスケの死亡を知らされた。
オレはサスケが任務で命を落としたんじゃないってすぐ分かった。同里の忍に殺されたんだ。誰に?
カカシ先生に殺されたんだ。
カカシ先生からオレへのメッセージ。
裏切るなっていう、目に見える形での宣告。
どうして分かるかって・・・・オレも先生に殺されかけた事があるからだ。たぶん先生はずっとオレを殺したかったんだと思う。どうしてか理由は分からないけど。
付き合って一ヶ月経ったか経たないか、それぐらいだった。オレとカカシ先生は恋人らしい恋人になった。つまり、体の繋がりを持った関係になったって事だってばよ。
カカシ先生は優しくてそれこそゆっくりオレを愛してくれた。沢山キスをしてあちこち触って慣らして蕩けるまでじっくりと。だけどさ大人の男がそれだけで満足する訳ねえじゃん。慣れた手付きと今まで色々なオンナに使っただろう業で行為は激しくなっていった。なのに凄く気持ちヨくてオレってば最後には意識を飛ばしてた。
目が覚めたのは呼吸が異常に苦しくなったから。
なんでだろうって焦ったオレは目を開けた。そしたら仰向けに寝てるオレに跨ったカカシ先生が長い指に物凄い力を籠めて首絞めてた。
驚愕した。
なんでこのひと、わらいながらオレの首絞めてるんだろうって。
怖くなった。
先生、壊れちゃったんだって。
死にたくないオレは無我夢中で暴れて逃げようとした。巻き付いてる骨ばった手を引っ掻いて両足を目一杯蹴り上げて。その間カカシ先生は笑ってた。とても心底嬉しそうに。オレが死ぬのを望んでたんだ。滑稽だろ?真っ裸の男二人が殺す、生き残るで揉めてんだってばよ。マジあの時死ななくてよかった。死んだ姿サクラちゃんに見られたら終わり、きっと相当凹んだってばよ。死んでから凹むも何もないけど。
それがあってからオレは別の部屋で結界を張って眠ることにした。健全と言えば健全?キスだけの関係。そーいや先生は性欲の処理どうしてたんだろ。やっぱ女が居たのかな?
結局この件は誰にも言わなかったけど、相談したらきっと別れろって言われたかもな。うん、たぶんそうだってばよ。けど別れても無駄だったと思うってば。
普通の頭で考えればオレ達はオカシイよな?殺そうと虎視眈々狙ってる男と殺され掛けても別れない恋人。でも相変わらずオレはカカシ先生が好きで、カカシ先生もオレを愛してくれていた。それが嘘じゃなくて真実だったから別れられなかった。しかも危ねえのは夜眠る時だけだった。昼間は人の目があるからかな?オレを殺そうとする気配は微塵もねえの。でも夜になるとヤバイ。
そんな風にして今まできた。
この任務の日までは。
この所Aランクばかりに就いていたオレには久し振りのSランク任務だった。カカシ先生と一緒の任務だ。他二人の上忍を含むフォーマンセルのオレ達は木ノ葉の里を出発して、砂の忍と共に風の国内で起きている戦争を鎮める命を受けていた。
任務自体は問題じゃなかった。だって参加している木ノ葉の忍はオレらの班だけじゃなかったんだから。ただ任務完了間近で珍しくカカシ先生がヘマをした。隊長になる事が多かった彼は失敗とは無縁の人だった。十二の頃からずっとその背中を見てたんだから分かる。チャクラ量が少ない所為で病院行きになる事は多かったけど、任務の成功率は半端じゃなかった。
それが今日に限って倒した敵の最後の攻撃を避け損ねた。強力な毒針が刺さっていた。
「くっそ・・・何やってんだよカカシ先生!」
悪態を吐きながら必死んなって倒れたカカシ先生の体から毒を抜いた。でもオレは医療忍者じゃねえ。班に居たたった一人の医療忍者は既に敵に殺されてしまっている。他班の忍者を呼ぼうにもここからの距離じゃ無線が届かない。それに思ったよりも毒の回りが早い。それでもオレは諦めたくなかった。
「ごめんね・・・ナルト、ヘマ、しちゃった。はは・・・・空が綺麗だねえ」
「こんな時になに言ってんだよ!もう喋んな、今すぐオレが医療班呼んで来てやるから待ってろってばよ!!」
「はは・・・・だ~めでしょ・・・・もう」
「諦めんなよ!!」
「だって、ほら。お前だって・・・分かってる、でしょ?」
毒の回りが早いもの。
そう呟いたカカシ先生は更に信じられない事をオレに囁いた。
「お願い。お前にしか、頼めない」
「嫌だっ!」
「ね、ナルト」
「っ・・・いやだっ・・・」
「なーると・・・最後のおねがい、きーて」
「っつ・・・・」
先生はオレに自分を殺すように頼んだんだ。それだけは受け入れられなかった。けれど、このままじわじわ苦しんでいくカカシ先生を見ているのも、そうさせるのも辛くてオレを撫でる優しい手に背を押されてポーチからクナイを取り出した。
「ごめんっ・・・せんせい」
「ナルト・・・ありがとう」
オレは先生を抱き締めて彼の背中にクナイを突き立てようとした。
のに、なんで・・・・。
「ありがとう、ナルト。嬉しいよ」
突然鈍い痛みと焼けるような熱さを自分の胸から感じてのろのろ見下ろすと、殺してくれと言ったカカシ先生のクナイが奥深くまで突き刺さって忍服が真っ赤に染まってた。
油断していた。
「あ、ああ・・・か・・・かし、せっ・・・・せ・・え?」
ナルトを置いて逝ける訳ないでしょ?
クナイが抜かれてカカシ先生の胸にゆっくり倒れていくと、オレの唇に先生の唇が近付いてきてそっと触れ合った。
カカシ先生の幸せそうな笑顔が見えた。
「可愛いなると・・・ずっと・・・お前が欲しかったよ」
こんな結末は思いもしなかった。
こんな終わり方ってありかよ・・・。酷えよ、カカシセンセー。オレってば最後まで先生のこと信じてたのに。
空は青い。先生が言った通り綺麗だってばよ。
あの先にサスケはいるのかな?
三代目のじいちゃんも、ハヤテさんもアスマ先生も・・・みんなも。
END