銀鈎
「さあ食え」
ナルトはドンと目の前に出された味噌ラーメンとアスマを交互に見てどうしようか迷う。イルカには堂々と「奢って」と強請るくせにその他の人間に対しては遠慮が働く。けれど腹は正直なもので味噌のいい香りに反応してグウーッと鳴った。
「食わねえなら俺が食っちまうぜ」
アスマが吐き出した煙草の煙越しに子供を見ると、その子は真っ赤な顔で割り箸に手を伸ばした。
「いただきますってばよ」
「おお、遠慮なく食え」
小さな体を見下ろして男はらしくもなく「可愛い」という単語を思い浮かべる。小さな手足と大きな蒼い瞳・金の髪は人を惹きつける。これからの成長が楽しみだ。彼にその気はないが同僚が可愛がるのも分かる気がした。アスマが知るその男はいつもオレンジ色のこの子供を指して「可愛いでしょ?オレの自慢の生徒だよ」と言う。周囲の者は今まで何度それを聞かされた事か。けれど生徒と言うだけマシだ。以前アスマが同じ科白を聞いた時は「オレのナルト」と言っていた。思わず「お前のじゃねえだろ」と言ってしまったのを今でも後悔している。
女共が騒ぐクールが聞いて呆れる。今頃奴は任務で駆けずり回ってんだろ。
「アスマ先生は食わねーってば?」
「俺は食い気より酒だな。それよりおめえ今日は元気ねえな。どうした?相談なら乗るぜ」
ナルトは啜っていた鉢から顔を上げて煙草を吹かしているアスマを見た。
「別に悩んでなんかねえってばよ」
「そうか?さっきはこの世の終わりみてえな顔してたがなあ」
「・・・・」
「大好きな女の子の事・・・・じゃそんな顔はしないな・・・・カカシか?」
「!」
ナルトは目を瞠った。この上忍は例の事件について詳しく知っているのだろうか?ナルトの小さな胸に疑念が沸き起こる。
でもシカマルは誰にも言ってねえって言ったってば。
『他の奴には言ってねぇ。お前を監視してる忍だってカカシ上忍がどうこうとは考えてねえだろう。被害者の共通点しか分かってねえ。それは俺が聞いたアスマの話から推察できる』
けれどナルトは余計な事を言わぬようにアスマが何か言い出すまで黙っていた。
「当たりか。まあアイツは見た目がアレだからなー、かなり怪しい男だよな。だから奴が何を考えているのか理解出来なくて悩む気持ちも分かる。だがあれで奴は悪い人間じゃない・・・なんて言う俺もカカシの全てを知ってる訳じゃねえが」
笑って言うアスマの態度にナルトはホッと肩の力を抜いた。
良かった。事件の話じゃなかったってばよ。
「そうなんだってばよ!オレ、カカシ先生の事よく分かんねえからさ」
「誰もアイツの本当の所は分かっちゃいないのかもな。俺達は皆そうだが大戦中に多くの仲良い友や大切なものを失った」
分かんねえからって気にするこたあねえよ。
ナルトはぶっきらぼうな男の慰めに笑顔を見せるが、心の中では別の事を考えていた。
カカシ先生が無実だって事オレなりに調べてみるってばよ。
「元気になったな」
アスマはいつもカカシがするようにナルトの頭を撫でた。小さな頭が大きな手の内にすっぽり填まる。闇にあっても金の髪は子供の笑顔と同じく太陽のようだ。彼の受け持つ班にはいないタイプだった。
ガイと紅のチームにもいねえな。最も近いのはリー、だがあの子とも違う。不思議なガキだぜ。強いて言えるのは・・・この里じゃ口にするのも憚られるが、四代目そのものだな。そう言えばカカシは怒るだろうか。
「ごちそうさまでしたってばよ」
カタン。
子供の手には大きいどんぶりのスープを飲み干したナルトは満足げに鉢をカウンターに戻して立ち上がった。
「おっちゃん!旨かったってばよ」
「おう!また来な」
店主の良い声がナルトの背を勇気付けるように押す。
「帰るのか」
「うんっじゃあなアスマせんせー」
「ちょっと待て、送ってってやる。ここ最近かなり物騒だからな、お前に何かあっちゃカカシにどやされる」
ほんの少し、事件を匂わすアスマの言葉。けれどナルトは過剰に反応して肩を震わせた。幸い目線を後方に向けていたアスマには悟られずに済んだが。
「大人の事情に巻き込むのは可哀相過ぎるぜ」
「え?」
「いや、何でもねえよ」
煙が目に染みただけだと御座なりな言い訳をしてアスマはナルトと並んで歩き出す。小さな背に回された大きな手には僅かに力が籠もっていた。
二人を闇に属する影が音もなく追い掛ける。近づく事もなければ離れる事もない。ただ只管金の目印を頼りにひっそり素早く僅かな臭いも残さずに。
ひたひた、ひたひた。
影は忍び歩く。
続く