闇に吼える狼の夢
無言で走り出したカカシの後を追って森の奥深くへと進む。風景は次々と後方に流れて、木々はただの緑としてのみ認識できる。
やがて前方にぽっかり空いた空間が現れ、カカシはそこでピタリと立ち止まった。
「ここに何があるんだってばよ」
ナルトが当然の疑問を口にすると、それに答えるかのように木々がざわめいた。
「!」
ピシリとナルトの体に緊張が走る。反射的に構えの体勢を取るが、隣りのカカシには身構える素振りさえない。
不審に思って眉を顰めるのとよく知る気配を感じたのが同時。
「ヤマト隊長!」
「やあ」
今までこちらの様子を探り念の為に気配を絶っていたのだろう、ヤマトは漸く彼らしい気配を纏い木立ちの間から姿を現した。
「カカシ先輩、時間通りでしたね。こちらに来るまでの間気配を消していましたが、怪しい人間はいませんでしたよ」
「ごくろーさま。わざわざ悪いね」
「いえ・・・カカシ先輩の頼みなら喜んで来ますよ。アスマ先輩の方には影分身を送っておきました」
ヤマトの言葉にナルトの頬がピクッと動いた。
「もしかして、ヤマト隊長もこの任務に参加すんの?」
もう一人いた方が心強いし、今カカシと二人きりになるのは気が進まなかった。
「いや僕は・・・」
ヤマトはナルトに向き合い、来た理由を告げようとした。しかしカカシがそれを阻んだ。
「ヤマトはね火影命令でちょっと来ただけなの。用事が済んだら帰る。それと週一で行う火影への報告はヤマトか暗部を通して行う」
ヤマトとナルトを接触させまいとするカカシの不自然な行動に二人は呆然とした。特にヤマトは思うところがあるらしく、瞳に心配の色を浮かべナルトを見た。
『カカシの奴が心配だよ』
綱手様の言った通りだ。カカシ先輩は何かをしようとしているのか?もしそうだとしても僕にカカシ先輩を止められるかどうか。
ヤマトは以前、ナルトとサクラに笑って護ってやる等と言うのはごめんだと言ったが、本当は彼らを気にかけている。特にナルトに関しては彼の辛い過去を知っているだけに未来が明るいものであるように祈っている。
しかし祈るとは何と非現実な事だろうか。日々人を助け、或いは人の命を奪っている忍が「神に祈る」とはおかしな話だ。けれど実際友人や家族が危険な任務に向かう時、人は自然に頭を垂れる。また無事に帰って来ますように、と。
「どうした?ヤマトぼうっとして」
自己の思いに沈んでいたヤマトはカカシの呼びかけにハッと顔を上げた。ヤマトをジッと見つめる瞳はやる気なさげに見えるが、その奥では突き刺すような光がチラリ見え隠れしている。里人或いは見習い忍者ならば見逃してしまうだろうその視線をヤマトは正確に捉えた。「何を考えているか分からない」一部で囁かれるカカシの評価に対し、ヤマトは頷く。
確かにカカシ先輩の中身は掴みにくい。情に厚い事は仲間の間では有名な話だが、反対に悪い噂も耳にする。
「見透かされているようだ」という話だ。それが原因で別れた女もいるという。
もう一つは「うずまきナルトに関して」だ。カカシと付き合うには仲間内で決まったある鉄則がある。それはうずまきナルトに深く関わらないという暗黙の了解。もし不用意に首を突っ込めばカカシの怒りを買うからだ。
勿論火影命令や任務でナルトに近づくのは問題無い。けれどプライベートは別の話。はたけカカシの目が届く範囲でナルトに接触するのはとても危険な行為だった。
だとしても、ナルトに近づこうとする人間がいるのも事実。太陽のような人柄に惹かれるのかナルトの周りは友人達の笑顔で満ちている。
けど、それが面白くない人がいるんだよな。
ヤマトはカカシの視線から逃れる為にニッコリと笑んで空いた空間を見た。
「これだけの広さがあれば寝泊まりするのに十分な小屋が建てられますよ」
「ええっ!?小屋!?」
ナルトは驚いて声を上げたが疑問は尤もで、目立つといけないと言った割にアスマ班は大人数だし、ひっそり行なう偵察にテントではなく小屋を建てるというのだ。
「ナルト、声が大きい」
カカシはすかさず注意する。
「偵察などの任務は本来は痕跡を残さない為に宿を建てたりしない。しかし今回の任務期間は大きな動きが見られない限り当初の予定通り一ヶ月だ。例えば奴等が里を襲撃する可能性が起きた場合はアスマかオレの班が里に戻る。つまり大事がなければ、長い間ここで過ごさなければならないわけだ」
「それで僕が来た。木遁四柱家の術で宿を建てる為にね」
「へぇ~すっげー!やっぱさ、ヤマト隊長って凄いってばよ!」
ナルトの意識が再びヤマトに戻るとカカシの目線が鋭くなった。ナルトの素直な反応に内心少し照れ、いい気分になっていただけにヤマトは凍りついた。
カカシは実力ある忍だというのに周囲が疑問に思うほどナルトに入れ込んでいる。ヤマトもナルトを九尾の人柱力としてしか理解していなかった頃は、どうしてカカシほどの忍が・・・と思ったものだ。しかし彼をよく知れば綱手が言うように、ナルトには不思議な力があってその力に賭けてみたくなるという気持ちが分かった。
カカシもそれに惹かれたのだろう。ヤマトは一度カカシになぜナルトに構うのか聞いた事がある。その時カカシは頬を弛ませ懐かしい者を想う瞳で「ナルトだけだから」と言った。
「オレに遺ってるのはナルトだけなんだよ。大切な者達は皆逝っちまった。大事な仲間はいるけど本当に理解し合えるのはアイツだけなんだ」
ヤマトは正直、子供相手に本気で嫉妬した。カカシの意識はナルトにあり誰もそれを断ち切れないと感じたからだ。だがその後カカシの代理で班を率いる事になり、ナルトに触れ本当の彼を知った。
今なら僕にも分かる。ナルトは言葉では表せられない無数の希望と可能性を持って生まれてきたんだ。四代目の想いと母の愛情・・・里の未来という重い荷物を背負って。
「九尾」と蔑むのは簡単だ。けれど誰がそれを背負える?ナルト以外の誰が?
僕にはできない。強い精神を自負しているどんな人間にもナルトの真似はできないだろう。それにしても・・・。
ヤマトは先程から漏れ出ているカカシの不穏な気配を背後に感じて溜め息を吐いた。
何だこれ。やりにくいぞ。ハァーカカシ先輩の頼みで来たっていうのに、監視されてるみたいで嫌だな。こういうのはさっさと済ませるに限る。
「木遁四柱家の術!!!」
ズズズズッと重い音が地中から響き、三人の目の前に質素な木造の宿が現れた。以前ヤマトが「野宿」と称して出した宿とは比べ物にならない程小さいが、テントと比べれば随分立派なものだ。
「台所・寝所と風呂付きですでから不自由はしないと思います」
にっこり笑うヤマトの前でナルトは「すっげー」を連呼していたが、背後から伸びてきたカカシの腕がナルトを抱き込み大きな両手が煩い口を塞いだ。
「お前ね、静かにしなさいってさっき言ったデショ!偵察に来てるって自覚あるの?」
「むぐぐぐっ」
「ヤマトごくろーさん。もういいから五代目にヨロシク」
「はぁ・・・」
ヤマトは目の前で繰り広げられる光景に、カカシのヤマトを蔑ろにした言葉への怒りも忘れ、気の抜けた返事を疲れたように返したのだった。
続く