さらさら、さらさら
SCENE21
ヤマトはナルトの報告を聞くなり、尾行した時の男の様子を再度確認した。
聞いて気になったのは帰りにわざわざ寄り道をしてどこかに連絡を取っていた事だ。
もしや、その相手は屋敷にいる仲間ではなかったのではないかと睨んだ彼は重々しく口を開いた。
「我々が把握していない、別の事情が進行している可能性がある」
「別ってなんだってばよ」
顎に手を当てて考えていたヤマトはナルトと中忍二人に向き直って、肯定を避け自分の推測を伝えた。
「この依頼は木ノ葉に来たものだが、それがボクらだけにきているとは限らない」
「え、じゃあ他の班にも・・・」
「いやいや、そうではなくて、国から出ている依頼自体が忍以外の部隊に回っているかもしれないってことさ」
「!・・・なんだってばよそれ!オレら忍が信用されてねーって事じゃん!いくら国だからって裏切りじゃねーの!?」
猛然と訴えるナルトに対してヤマトは曖昧に笑う。
「うーん、まあ契約違反にはならないからね」
「納得できねー」
「コラコラ、ボクらは与えられた任務を遂行するだけだろ。文句を言える立場じゃない」
「ばあちゃんでもか」
「火影様でも大名相手には難しいだろうね。むしろ、里を思えばこそ余計な発言はできないよ」
ナルトは納得しかねる顔だがヤマトの頭に異論はない。
「さて、いなくなった男は追求できないが一応報告に載せて、後は肝心の金塊だが・・・手掛かりはここで途切れてしまったからね」
「今は伝令だけって事か」
「ああ、折り返し来る里からの指令を待とう」
そう言い切ってすぐ、ヤマトは背後を振り返った。すぐにナルトも周囲に目を走らせ、他の二人もいつの間にか自分達を取り囲んで降り立った四人の忍を確認した。
「暗部・・・!」
誰かの呟きを切っ掛けに緊張が走った。
「ヤマト班、ご苦労だった」
「なんで暗部が」
心なし青ざめた中忍はヤマトの顔を窺い暗部の一人を見た。
「暗部・・・綱手様の指示か?」
それには答えず一人の巳面が前に進み出てヤマトを睨み据えたまま座敷を指差した。
「これよりこの件は我々の管轄になる。貴公らの任務は終了したものとして速やかに里に戻られよ」
「んなのっ・・・!納得できるわけねーじゃ・・・」
「成る程、丁寧な物言いだがこちらに発言の権利は無いようだ」
「如何にも。ヤマト班には異議なく立ち去られる事を願う」
「ボクも暗部に居たから分かるが、君達のやり方は少し強引だな」
巳面はそれに返さずスッと手を下ろして無言で道を開けた。これはもう木ノ葉に帰るしかなさそうだ。
「行くよナルト」
上忍で如何ともしがたい状況では中忍は尚更だ。
ナルトは未練の残る表情で屋敷を見ていたが、仲間の動きにつれて背を向けた。
SCENE22
なにもライドウは初めからカカシを騙す気でいた訳ではない。ただ言う必要がなかっただけだ。
だが途中から事情が変わった。
あのゲンマの発言からだ。
全容を話せばカカシはヤマト班に情報を提供してしまうかもしれない。無論隊長を務めるヤマトは安心できるが、今あの班にはナルトがいるのだ。
真っ直ぐな彼が真実を知った上で成り行きを静観していられるだろうか。
それは絶対に無理だ。
ライドウははっきりと言い切る自信があった。だからカカシとゲンマには悪いが事実を伏せた。またアオバは五代目と話している所に偶然通りがかり耳にしてしまったのだから彼に非はない。
だが察しの良いカカシの事だ。感付いてアオバまでも責めるかもしれない。
「悪い、カカシが気付いた」
「何か言ったのか」
「流れで余計な事を言ってしまった。ブツがここにあるのは確かだと」
アオバは軽く息を吐いて頷いた。
「口が滑ったんだな・・・そうか、それで無線であんな話を」
「カカシが連絡した時にか」
「ああ、ゲンマについても疑っていた。カカシは鋭い、誤魔化しきれないぞ」
「分かってる、だから・・・戻って来たんだろ、カカシ」
ライドウは諦めた顔で両手を掲げ薄暗い背後に問いかけた。
アオバがそちらに目をやると暗闇から近付いて来る二つの影が見え、ぼんやりとしていた輪郭が徐々に現れた。
「まさかアオバもオレを騙していたとはね。ハメられたよ」
オレも平和ボケしたもんだ。
「こいつは関係ない。火影様は俺にだけ明かすつもりだった」
「へぇ、なんで隊長のオレには言わないわけ?」
「お前が尋常な様子じゃなかったからだ。うずまきの件で・・・・」
「それは関係ないんじゃない?」
「大有りだ!」
「他人に言われたくないよ」
大っぴらにしたくない問題に首を突っ込まれ嫌悪を露にするカカシと珍しく熱くなっているライドウの間で火花が散る。
その向こうで僅かに汗を滲ませるアオバと苦い顔のゲンマがハラハラと見守る。
そして火花が加熱し一触即発!・・・・かと思われたが、不意に膨れ上がっていた殺気が霧散した。
「なんてね・・・事情を聞く前にぶつかってくなんて事する訳ないでしょ」
このオレが。
「―――ふぅーっ・・・カカシさんならやりかねないと思ってしまうんですよ!」
喚くゲンマに苦笑を零し、カカシは「で?」とライドウに向き直った。
「ここまできたら話すしかないぞ」
アオバも加勢しライドウは頷く。
「もう二人共気付いているだろうが、俺達は決められたシナリオ通りに動いていた。この任務の結末は初めから決まっていたんだ」
「つまり?」
「つまり、役者が失敗さえしなければ成功確実の三文芝居」
「だから?」
「だから・・・・」
だから―――、
「どーゆう事だってばよ、ばーちゃん!」
鼻息荒く机に両手を突いて身を乗り出すナルトの鬱陶しい顔を見上げて綱手は息を吐く。
その背後で痛い頭を押さえるヤマトと冷や汗を掻く中忍達の姿が見える。
「煩いねぇ、鼓膜が破れるじゃないか」
「これが騒がずにいられるかってば!」
「ここで騒いだ所でどうにもならないよ」
「納得できねー」
ぼそり呟く声はしっかり火影の許に届いた。しかし・・・。
「お前が納得できようができまいが関係ない」
「けどっ」
「うるさい!それにお前には次の任務が控えてるんだ、この件は金輪際口にするな」
「っ・・・」
「さて、ナルト以外の者は下がってよし。お前には任務内容を説明する」
有無を言わせない調子で締める綱手に逆らえる人間がいる筈もなく、ヤマトとその部下は已む無く部屋を出て行った。
「ナルト、私にとっちゃこっちが本題だ。当初の予定から少し狂ったが時間的には問題ない。このまま移行して貰う」
「ばあちゃんオレ・・・」
「その内容だが、こちらは少々事情があって変更になった。最初は外交に向かわれる火の国宰相の護衛に半年間就いてもらう予定だったが、里内での非常事態につきそちらを優先する」
「非常って・・・なんかヤバイ事が起きてんのか!?」
「そうだ、非常にマズイ事態だ」
「まずいって・・・」
「心して聞けよ、いま里では・・・・」
ナルトは深刻な顔で切り出す綱手の声を聞きながら、ごくりと息を飲み込んで緊張の面持ちで続きを待った。
SCENE23
里に戻って来たカカシは任務先で受け取った手紙の内容を思い出して苦笑した。
『覚悟しとけよカカシセンセー!』
「あいつらしいっちゃ、らしいが」
生憎それを笑い飛ばせる立場にはない。
こんな状況でなければ軽い調子で返せただろうが、喧嘩中・・・とはっきり言えない微妙な駆け引きの最中だ。
更に悪い事にカカシは定まった思考の下に動けていない。話し合う用意はあるが、怒りの理由に見当が付いていないのだ。
いや、思い当たる節が多過ぎて窮しているというのが本当か。
事実、突き返されたぐしゃぐしゃの紙からその怒りの程度は伝わってきたが、会って話す以外に上手い解決策は浮かばなかった。
伝令でナルトに関して触れなかったのは、ちゃんと会って話すべきだと思ったからだ。文面で御為ごかしの繕いや当たり障りのない会話はできるが、この複雑な胸中までは伝わらない。
パックンを遣いにやらなかったのは余計な事を喋らせない為。
「こういう時パックンはすぐナルトに加勢するからな」
伝言ゲームではないが、優秀なパックンを以てしてもカカシ自身にはなり得ない。
しかし今こんな風にあれこれと考えても、なるようにしかならない事をカカシは過去の経験から学んでいる。
「さて、」
仕切り直しに青い空を仰いだ。これから同じく里に帰って来ているナルトに会いに行くつもりだ。
さらさら、さらさらと流れる風が頬を撫で、散る木ノ葉を攫い昇っていく。いつもは鬱陶しく思えるそれが、今日は少しだけ心地好かった。
一方、まだナルトと向かい合っていた五代目火影は。
真剣な瞳で睨み据える綱手は慎重に言葉を選んで、緊張した顔で待つナルトに言った。
「心して聞け。実はいま里内にとてつもなく凶悪な奴がいる」
「それって、ばーちゃんでもやばい人間なのか!?」
「私だけじゃない、他の忍が束になってもあいつには敵わないだろうねぇ」
「ええっ!?なんだってばよそいつ・・・」
「・・・とは、まあ冗談で私が本気になれば倒せない事もないが、先程説明した件でこの通り非常~に忙しくてね、かといって部下達が怯えて任務が手に付かないのを放って置く訳にもいかないしね」
「おう!その通りだってばよ」
すると綱手は頷きビシッと指差して言い放った。
「そこでお前に任務だ!そいつが妙な事を仕出かさないよーに見張り、必要あらば寝食を共にして更正させて来い!」
「エーッ!!」
ば、ばあちゃん、そいつってばそんなに難しい相手なのか!?
「ん?どうした。まさか怖気づいてるんじゃないだろうね」
「ま、まさかっ!」
「よし、よく言った!かなり手強い敵だが・・・・お前にならば耳を貸すかもしれん」
頼んだよ、ナルト。
静かに訴えると、寝食というくだりでタジタジになっていたナルトも豪快に笑って引き受けた。
「そこまで言われちゃあ『漢・うずまきナルト』引けねぇってばよ!任しとけ、ばあちゃん!このオレが見事に改心させて来るってばよ!」
「おーその意気だ!がんばれがんばれ」
既に部屋を飛び出そうとしているナルトの背にやる気のない手を振って尤もらしく警告を一つ落とした。
「大丈夫だとは思うが、万が一という事もあるからな用心して行けよ」
「おうっ!」
そしてその姿が見えなくなってから・・・・。
「ふ~、やれやれ。手間が掛かるったらない。それにしても・・・相変わらず単純だねぇあいつは」
あんなんでこの先大丈夫かい。
孫を気に懸ける様な憂いを帯びた表情で呟いた時、丁度入って来たくノ一が苦笑しながら報告書を差し出した。
「師匠!心配はご尤もですけど、今更ですよ。ナルトは」
死んでも直りはしないんですから!
しかしあっけらかんとして言う彼女の表情に突き放した様子はない。
それよりも別の所に気懸かりがあるようで。
心情を同じくする綱手はそっと窓に目をやり・・・・・。
そして溜め息が二つ、同時に零れた。
SCENE24
「おーし!オレがちゃっちゃと解決してやるってばよ!」
どこまでもズレた感覚の主は綱手に教えられた場所に向かって、大通りをひたすら歩いていた。
抜けて右へゆくと小高い丘に、通り過ぎてその先へゆくと死の森へ出る。
だが丘の手前で彼は見知った男に出会った。丁度団子屋の前だ。
「なんだよぉ・・・カカシ先生かぁ」
「なんだとはなんだ。その言い草は。さすがにオレも傷付くぞ」
本当にがっかりした顔で言うカカシに彼はその場でせっかちな速い足踏みをして訴えた。
「任務の途中なんだってば」
「任務?」
戻って来たばかりなのにか?
「オレってば忙しーの!これからスッゲー奴を倒さなきゃ・・・いや説得しに行かなきゃなんねーから」
「なんだそのスッゲー奴というのは」
「ばあちゃんの命令で・・・って、だーっ!もうっ、カカシ先生に構ってるよゆーねーんだって」
言いたい事は山程あったが、今はカカシに対して悩んでいた事や、抱えている不満をぶつけている場合じゃないと、無視して通り過ぎようと一歩踏み出した。
ところがカカシは首を傾げて
「五代目が?そんな話聞いてないが・・・・」
目を細めて思案するが、ナルトが数歩行かない内にハッと目を開いてその腕を掴んだ。
「いや、ナルトそれには心当たりがある。ちょっと来なさい」
「はぁっ!?えっちょっ」
「いいから、いいから。それにこの間の任務についても、気になってるだろ?」
「お前がどこまで知っているかは分からないが、オレが理解している限りの事は話せる」
そう切り出したカカシの部屋で、ナルトは着くなり真っ先に要求した任務の顛末に耳を傾けた。
「オレがライドウ達と追っていたのは国が管理する武器庫に侵入した盗賊団だ。このグループは各地を荒らし回っていて、様々な方面から指名手配されていた。ところで依頼主である火の国は他にも問題を抱えていた。賊に侵入された同時期に輸送船を襲われ金塊を奪われていたんだ」
「あっ、それがオレ達の」
「ヤマト班が追っていた賊だ。初めこのふたグループは別々の組織だと思われていた。だが同一の盗賊団だと分かった国は、別々のものとして木ノ葉に依頼した。ま、依頼と言うより命令といった感じか」
「なんで別々??分かってんなら一緒に依頼すりゃいーじゃん」
「そこが国の思惑だ。最善は二件の解決だが、実際どうなるか分からない。せめて金塊だけは取り戻さなけりゃならない。更に彼らは、木ノ葉を全面的に支持していたワケじゃない。忍だけでは安心できなかった。だから間諜を放った。最終的にはその人間が収拾できるようにな。第一、金塊の件は極秘だった。だがそれを略奪されてしまったんだ・・・木ノ葉への話は苦渋の決断だったんだろうさ。国の人間だけでは駄目、忍だけでも無理。そういう事だ」
「え~~~全っ然わかんねーってばよ!カカシ先生もちっと簡単に説明してくれよな」
「充~分、解かり易く話したぞ」
「んー、だからぁ国がー内緒でって・・・・でも情報は多い方が成功しやすいだろ?」
「混乱を招く内容は逆効果だ。まあ、この場合はお前の言う通りだな。しかし国としては木ノ葉と馴れ合うつもりはない。いざという時、木ノ葉は火の国の為に動くが、あちらさんはアッサリと里を切り捨てられる」
「そんなのって勝手だってばよ!」
「そうならないように、日々五代目は動いている。今度だって事実を知った上で請け負い、隠密に運ぶ為少人数にだけ明かした」
「でもオレだけ知らなかったなんて、ずりぃ」
「ナルトだけじゃないだろ?ヤマトもオレも知らされていなかった」
とは言っても、オレもナルトとの件がなけりゃ了解した上で任務に臨んだだろうしな。
「そこだってばよ!中忍のオレはまだしも、カカシ先生がなんで?」
「ん、まあそりゃ色々とだな」
ナルトの奴、意外と自分を分かっているというか・・・鋭いな。
「色々~?なんだよ?」
疑わしい眼つきで問い詰めるナルトに、しどろもどろ返すが引く気配は無い。
「それは、ほら・・・」
「だから、なんだっての!」
やけに食いつくなコイツ。しかも短気ときてる。
カカシは煙に巻くのを早々に諦めて突っ掛かるナルトに両手を挙げて降参を示した。
SCENE25
「オレはお前との事があってゴタゴタしてたからな。火影の判断で外されたんだ。ま、隊長役は任された訳だから、面目躍如は果たせたか」
さらりと言うカカシだが、火影の信用を得られなかった件については、ナルトは落胆するか馬鹿にして笑うだろうと思った。
それはナルトの素直な反応だとしても、やはり想い人の前ではそれなりに格好つけていたいカカシとしては辛い事だ。
だからこそ曖昧にしておきたい事実だった。だがもう遅い。
カカシは気にしていないのを装い、頭を掻いてナルトの様子をそっと窺った。
落胆するか馬鹿にするかどちらにせよ苦痛には変わりないと心の中で溜め息を吐いて。
ところがそうっと見た先で意外なものを目にして呆然となった。
「カカシ先生が・・・?まさか、だとしたら、オレの所為だってばよ」
「ナ、ナルト?」
「ばあちゃんに言って来る!」
一瞬の内に踵を返して走り出そうとするナルトの腕を慌ててカカシが掴む。
「えっ?・・・コラ待てナルト!そんな事わざわざ言わなくていいんだよ」
「でも!」
「火影様だって分かっていらっしゃるんだから」
「・・・・・」
「な?」
「カカシ先生がそう言うんなら」
ナルトは使い古されて元気のないクッションにストンと腰を下ろして了解した。しかし不本意なのはその顔にありありと表れておりカカシはどう声をかけたものか迷った。
消沈するのは自分の予定だった筈が、なぜかナルトが不満顔をしている。
「カカシ先生が悪い事なんてねーのに」
ぽそっと呟く矛先はどうやら五代目に向けられているらしい。
「先生が一方的に責められる事はねぇんだって」
今のナルトから一番初めの怒りは抜けていた。
しかしカカシとしてはいつまでもこの話題に終始している訳にはいかなかった。互いにすっきりさせないといけない事が他にもある筈だ。
ナルトが何か言う前に、カカシは思い切ってある時からギクシャクし互いに避け始めた理由に踏み込んだ。
「このままじゃいけないだろ?」
その問い掛けは十分ナルトに伝わった。その証にナルトはギクリとしてゆっくりカカシの顔を見た。
「あの話をいつまでも避けてはいられないだろ。オレもお前も」
任務の話ですっかり落ち着いてしまっていたが本題はこちらだった。
ナルトは強張った顔でカカシの目を見た。久し振りに真っ直ぐ見る曇りのない眼だった。
「ああ、そうだってばよ。オレってばカカシ先生に山ほど言いてェー事があるんだってばよ」
睨む瞳は本気だ。
いま言わなければこれまでの後悔とは比べ物にならない悔いが残り、更に取り返しのつかない事態になる。
この時点でもうナルトは綱手が命じた本当のところに気付いていた。
「ばあちゃん、確かに厄介な任務だってばよ」
一番手強い敵だ。
押し寄せる緊張に息を呑んでナルトは内に留めていた一ヶ月前のある光景を思い浮かべた。
「カカシ先生・・・オレはもう、先生がオレをどう思ってんのか分からねーんだ」
ナルトがそう思う原因をカカシは知らない。
思い当たる節を一つ一つ数えていけば膨大な出来事が顔を出す。
「分かんねぇよな、カカシ先生は。だからいつもオレが一人で勝手に怒ってんだ」
「すまないナルト、言ってくれ。何があった?オレは何をした」
「一ヶ月前のこと、先生なら覚えてるよな」
他の人間は分からないが、カカシの記憶力はとても良い。信用に足るものだ。ナルトはそこに掛けて胸の内を明かし始めた。
SCENE26
「あの女の人だってばよ」
「女の人だって?」
恍けているのか、と殴りかかろうとした時カカシの顔が閃いた。
「・・・女遊び?」
そしてタラタラと冷や汗を流し始めた。
「さっすがカカシ先生!記憶力抜群!」
「あの、ナルト君....一体どこから何処まで」
「こうさー、オンナのヒトがそっと、カカシ先生の腕に絡み付いてだってばよ?そんで路地の奥にスーッとさ」
カカシは益々顔色を悪くしてついには正座で、わざとらしく明るく話すナルトをみつめた。
「何度目かの浮気の現場っつーの?」
運悪く見ちゃった訳だってばよ。
カカシはどんよりとした空気を纏って俯いていたが、不意に飛び上がりプルプル震えながら訴えた。
「だって、お前が一ヶ月禁止とか言うし!その後国外の任務が決まったって言うし!健全な男としての本能はどうなるの!?当然だと思わない!?しかも任務が半年以上って何よ!なんでオレは本人からじゃなくて、周囲の奴らから教えてもらっちゃってる訳っ」
大人の余裕も何も無い。
「先生、ちょーオカマ言葉・・・。ってオレがそう言ったのは覚えてて、自分の悪事は随分忘れ去ってたもんだってばよ。大体カカシ先生が容赦ねーから、禁止って言ったってのに」
「恋人なら毎日したいとか思うでしょ!」
「そんなん先生だけだって。オレの同期とか言わねーよ?」
「みんな言わないだけでしょ!キバ辺りとか絶対思ってるよ」
「キバのイメージってそんななのか?決め付けてるだけじゃん。冷静に考えて、毎日したら次の日に差し障るってば。少なくとも、昔の先生はそう言ってた!」
「それはっ・・・お前がまだ小さかったからで・・・」
「あっあれ嘘だったのか!?」
「えーと・・・・・」
「先生ずりぃ!」
「う~んと、えっと・・・一時休戦にしません?」
スパパーン!!
グッドアイディアとばかりに指を一本立てて笑顔で提案するカカシの頭にナルトのスリッパ攻撃が炸裂した。
「それであんた達仲直りしたのね?」
恒例の中忍以上の集会でまた隣に立った友人の声にナルトは頷いた。
「アホな理由でバカな喧嘩して・・・よくやるわ」
腕を組んだサクラは呆れた顔で首を振った。
「もう噂流れてるんだな。さすが狭い里っつーか・・・はは」
「笑い事じゃないわよ。あの上忍またやらかすかもしれないのに、どうして許せるのよ」
「分かってんだ。悪ィのは先生ばかりじゃねーって。元々オレが無茶な要求した所為だし」
「それも原因はカカシ先生でしょー」
「ははっ....」
「器の大きさって変わるのね。昔はカカシ先生の方がゆとりがあったのに、歳を食うと人って」
儚いわね。
そろそろ会議が始まる頃だろうか。会場に集まった人々の声が治まりつつある。
そこへ突然教室の入口から声が響いて見知った顔が覗いた。
「うずまき中忍」
何人かがナルトを振り返りここに居る事を示す。
「はっ!」
「急だが出動要請だ。―――カカシ班のな」
男はにやっと笑って、先に行ってるよ、と手を振る。
「了解!」
ナルトは笑ってサクラを振り返り親指を立てた。
「じゃーサクラちゃん行って来るってばよ!」
「はいはい」
気を付けて、と見送った後でサクラは額に手を当てて天井に呟いた。
「もー犬も食わぬってあれの事だわ。好きにして頂戴」
任務はそれぞれ色々あるが、里は今日も平和に過ぎていく。
サクラはこれから始まる会議に意識を向けながら、窓の外に目をやり寒くなりはじめた景色の中で並ぶ二つの影を見つけて微かに笑った。
END