秘密
もしかして、二人だけの『秘密』誰かにバラしたりしてないよね?
忍び五強国の内の一つ、火の国の隠れ里・木ノ葉では月に一度定期的に上忍会議が行われる。といっても全員が集まれる筈もそれだけの人数を収容する場所も無く、出席者は予定日に任務の無い者の中からランダムに選出される。参加者が毎回同じ人間ではなく無作為に、というのは議題に対しての偏った意見を避ける為だが、時には大人気ない者達の攻防の中で作為的な事も起きる。
そう、例えば今日のような日に。
放課後を迎えたアカデミーの廊下を騒がしい集団がぞろぞろ足音を立てて過ぎる。
その顔触れはどれも何処かで一度は見かけているような派手なものばかりだ。また、毎日会っているようで会わない、いつも側にいるようでいない、普段は滅多に組み合わさらないユニークな集まりでもあった。
これが以前は違った。彼らが上忍に昇進する前は同じ班で活動する事も、休日にふと気が向いて会いに行く事もあった。それだけ時間に余裕があったのだ。
そんな仲間が何処へゆくのかと言うと・・・・。
「なあなあ、オレらどこ行くんだよ?」
「~~~っ!お前なあ~っ」
「バカナルト、やっぱさっきの話聞いてなかったのかよ」
「ウスラトンカチが」
「あぁ!?なんだとサスケェ!」
「なんだ文句あるのか?」
「しばくぞゴラァッ」
「おお、やれるもんならな」
「あーあーやめろ煩えめんどくせぇ」
一番頭の切れそうな青年が片手を腰に当ててうんざりした顔で前行く二人を咎める。言い合う片方は割合冷静な性質だが生来合わないのか、性格が違い過ぎてぶつかってしまうのか、頭に血が上り易い一方に触発されてムキになる所がある。このままでは立ち止まって騒ぎを起こし、同方向へ向かう人々の通行の妨げになりかねない。
「これからアカデミー行くんだよ。お偉方もいんだからな、煩くすんじゃねえぞ、ナ・ル・ト」
「キバ、このやろ~~~ッ」
「煩え、めんどくせえ」
恐らく自分だけ注意されたのが気に食わないのだろうが、周りにはそんな事は関係なく迷惑なだけだ。
「なんでお偉方もいるんだってばよ」
「はぁ」
「サスケェー」
「ほんっとになんにも聞ーてなかったんだな?お前は」
「なんでそういう目で見んだよ!」
「ウスラトンカチだからだ」
「っだと!!適当な事言ってんじゃねえぞサスケ」
「煩ぇ」
ナルトが一言発する度に大騒ぎする為しなければならない話が全く進まない。
「あのな、今日の議題は現在の木ノ葉のユルイ体制とその改善法について&武力強化ってやつだ。それで色々ゴリ押ししたい連中、主にお偉方が出張ってきてんだよ」
緩いったって、木ノ葉はたるんでる訳じゃねえ。大方なかなかコントロールできない火影をなんとかしてえだけだろう。
「???」
「分かってねえだろ」
先程偉そうに注意した青年が勝ち誇って意地悪く笑う。
「要するにだ、早え話が今の体制を変えるっつー事だ」
「なるほど!」
「「「・・・・・」」」
「ほんとーに分かってんのか?」
「分かった分かった!バッチリだってばよ!任せとけっ」
胸を張って先陣を切る彼を後方の三人は疑わしげな眼差しで眺めるが幸せな当人は気付かない。そんな四人が会議室代わりの部屋に近付いた時一人の上忍と擦れ違った。正確には遅れている彼らを待ち兼ね、廊下の壁に背を預けて待っていた男の前を通り過ぎた。
その証拠に彼もまた四人の後について会議室に入って行く。
けれど彼らを待っていたという素振りはなく、合図を交わす事も視線を交える事もなかった。それに気付いたナルトは仲間に笑い掛けながらも背後の気配に意識を向け僅かな寂しさを呟きにのせた。
「そうだよな、男と付き合ってるなんてシャレになんねえもんな。特に写輪眼のカカシには」
しかしその言葉は仲間の声と足音に掻き消され離れて歩く男の耳には届かなかった。
ルーキー達が足を踏み入れると刺のある無遠慮な視線が彼らを迎え容赦なく突き刺した。
「ったく」
爺の視線がいてー。これだから嫌だぜこういう役目はよ。
「うわっオレらヤバイんじゃねえ?」
「てめえが浮いてるからな」
「なっ」
「後ろいこーぜ」
「おいシカマル、いいのか?」
「あー?大丈夫だろ。別に俺達は居ればいいって、五代目からだ」
―但し、タカ派がいちゃもんを付けてきた時には・・・分かっているな?―
「あの人には逆らえねーしな」
「なんだよ?」
隣に並んだナルトにチラリ視線を流すと訝しげな顔でシカマルを睨んできた。
「なんでもねえ」
こいつに言った所でな・・・寧ろ場を荒らされそうで怖いぜ。
「ああ??」
「いーから前見ろって」
一番後ろの席を陣取った四人が壇上に目を向けると会議は予定時刻から十分遅れて漸く始まった。
「ふぁ、ねみ」
「人の事どうこう言う割に一番不謹慎だってばよ」
左側から聞こえてきた欠伸にナルトが呆れた顔で呟くと右隣から首を振る気配がする。
「そいつに言ったって無駄無駄。昔からじゃねーか」
そう言うキバも欠伸を噛み殺しながら壇上のだるい演説を指して笑う。今熱心に説いているのは初老の偉そうな男だが、どうも先程から同じ内容を繰り返しているように思えてならない。
「今のフレーズ何回目だ?」
「三度目」
「ふぁーあ・・・そこまでして推し進めたいのかね」
「このまま誰も文句を言わなきゃゴリ押ししてくるかもだぜ」
どうする?この辺で一発クールダウンしとくか?
「いんや、どーせ誰も聞いてねーだろ。それが分かってっから繰り返してんだ」
「悲惨」
「オイ、お前らそろそろ睨まれるぞ」
耳打ちしたサスケが指す先を追うと男が一人額をピクピクさせてこちらを睨んでいた。
「見られてる」
「だな」
「良くも悪くも俺らって目立つしなー」
「個性的過ぎんだってばよ」
「そこにゃお前も入ってるぜ」
「サスケも人の事言えねえって」
「てめえに言われるとはな、ウスラトンカチ」
「~~~んだとーっ!」
「やめろ」
「バカッ退席させられるだろが」
「それは今更だっての」
シカマルはどうやら素直に帰してくれなさそうな空気にげんなりし、剣呑な気を放つ男をどう攻略すべきか考えて思わず額に手を当てた。
―二時間後―
「だから睨まれる様な事すんなって言ったんだよ。ったくこれからめんどくせーぞ」
「なんでだよ」
「お前らがあの爺さん怒らせたからに決まってるだろ。そんな事も分からねぇのかウスラトンカチ共」
又してもナルトに火を付ける気かとシカマルは溜め息を吐き掛けたが、予想外にもこれまでの流れに反してキバがその言い様に反応した。
「喧嘩売ってんのか?買うぜ」
「だああっ!やめろってキバ!」
「止めんなナルト俺はな、コイツが里に戻って来た時から気に食わねーんだよ」
「なんだと?」
「お、おい」
「あれ、珍しいね」
「ああ、なんだサイかよ。そーいや会議に参加してたっけな」
「うん、それよりあれ」
珍しいな。いつもは一番に食って掛かるナルトが止めに入ってる。
意外な光景に思わず足を止めたサイは感心して、今にも大乱闘に発展しそうな二人とその間でオロオロしているナルトを眺める。
「まあな、こういう事だって偶には・・・っておいおい今のは思いっきり入ってたぜ」
「うーん、二人って互角??」
「つか・・・結局いつものパターンじゃねーか」
「いつもやってるんだ・・・そうそうこういうの最近ドラマで観たよ。何て言うか・・・夕陽系」
「呼び方なんてねえよ。あいつらどーせじゃれ合ってるだけだ・・・お。終わったか?」
あっさり決着が付き、ヒラヒラ手を振り去って行く後ろ姿を睨んでキバが吠える。
「くっそー」
「だからやめろって言ったのに」
「今のは惜しかっただろ!もう少しで引き分けだったぞ、引き分け!」
「・・・・」
確かに惜しい場面は幾つかあったが結果は負けだ。それでも本気で悔しがっている様子はない。固より遊びだったのだから彼の立ち直りは早く、もう先に歩き出している。
「うおっ」
不意にナルトは肩を叩かれぼうっとしていた事に気付いた。
「腹も減ったし、さっさと帰ろーぜ」
「お、おう」
辛うじて頷き返したが頭はもうずっと前から別の事を考えている。サスケとキバの間に入った時もそうだったが、その前 会議の最中からナルトは一人の事を考えていた。
キバとサイは気付いていないが、サスケが帰った後ハタから見ていたシカマルは目敏く見つけて目を細めた。
あれ程我慢できなかった欠伸がいつの間にかピタリ止んでいた。
「なあ」
「んー?なんだってばよ」
「本当に上忍になるってこと・・・それがどういう事かお前知ってたか?俺はちっとも分かっちゃいなかった」
「任務のランク・責任の重さ・人が自分を見る目の変化、あと待遇とか・・・じゃねえよな」
指折り数え挙げていく隣でシカマルは微かに笑って「それもアリだな」と認める。
「俺が言いたいのは自分の身の置かれた環境が変わって、それまで会っていた仲間と気安く会えなくなっちまうって事だ。そりゃ待機所じゃ毎日ってぐれー顔を合わせる。でも、違う。昔とは違うだろ。大体予想はしてたけどな、ここまでとは」
「シカマル」
「俺は人との出会いなんて水の流れみたいなものだと思ってる」
「!・・・そりゃ、忍は、でも違うものだってあるだろ!」
「ああ、そうだな。そうならいいと思うよ。お前とカカシ上忍は」
「!」
「言えねえ理由があんだろーが、聞かなくても察しはつく。お前カカシ上忍と」
「し、シカマル!!」
「・・・」
「そ、そりゃオレってばカカシ先生とは仲良かったけど、つかまあそれもゲジ眉には負けるっつーか」
「阿呆か。そういう態度だとバレバレだぜ」
「マジ?」
「悩みがあるんだろ?隠し切れてねーって分かっても言えねーのか?」
「・・・・・サスケにはぜってぇ言わねー!って思ったけど、あいつに相談してもどうにもならない気ぃするし。でも、なあマジで相談に乗ってくれんのか?」
「遠慮は今更だろ。迷惑ならガキん時に嫌ってほど被ってるぜ」
「ニシシッ!だな!」
「だろ?」
「うん、実はさ」
「お邪魔しますよっと」
呑気な口調でわざわざよっこらしょと呟き部屋に入って来た男をナルトは若干驚いた顔で迎えた。陽は疾うに沈んで窓の外はもう真っ暗だ。
「カカシ先生」
「よっ!コンバンワ」
「窓から入って来んなっていつも言ってんじゃん・・・つかさ、今日は来れないんじゃなかったっけ?来んの教えてくれたらオレ色々と用意したのに、茶ぐれえしか出せねえじゃん」
「ま、いーでしょ。こんな日があっても。それに確かに任務は入ってたけどお前昼間浮かない顔してただろ。それが妙に気になってな」
「えっ!」
ナルトは珈琲を淹れる手を止め「あ、お茶はお構いなく」と言うカカシを驚きと喜びの色が混じった顔で振り返った。
カカシ先生オレの事心配してくれたんだ・・・・。
「うん、まあオレもお前の事信頼してない訳じゃあないんだけどね・・・もしかして誰かに喋ったりしてないかと思ってさ」
「・・・・」
ナルトは俯きかける気持ちを堪え、少し間違えばくしゃくしゃになりそうな顔で言葉を返した。
「それで来たんだ」
それだけ?
そんだけの理由で?
オレはいつでも何処でも少しでもカカシ先生の姿を見られたらいいなって、見られるだけですっげー幸せな気持ちになるのに・・・先生は思ってくれねえの?どっかで偶然擦れ違っても喜んでるのはオレだけ?
開けっ放しの窓から生温い風が流れ込んでくる。カカシはこの後すぐ予定通り任務に行くのだろう。
月夜を背に立つ恋人の後ろで微かに揺れるカーテンを眺めながら、ぼんやり思ったナルトは笑顔で頷いた。
「大丈夫、心配無用だってばよ」
カカシは気付いているのだろうか。こんな物言いをするのはカカシに伝えたいのを我慢している時だという事を。
「オレ、カカシ先生と付き合ってんの、誰にも言わねえからさ」
カカシ先生はオレと付き合ってんの知られたくねえんだろ?
だったら、
しょーがねーよな?
初めから決まっていた。
カカシは二人の関係を誰にも内緒にしようと言い、ナルトはそれを額面通りに受け止め頷いた。
ナルトは、やはり自分との恋愛は他人に知られたくないのだろうと思った。
「うん、それを聞いて安心したよ。ナルト」
「言ったら・・・全て終わってしまうからね」
なあ、ナルト。
オレ達の間に誰かが入って来るなんて我慢できないから。何処で会っても平気な顔をしていてよ。
だってそうじゃなきゃオレだけのナルトではなくなってしまうだろ?
本当は誰にも触れさせたくないけどそればっかりは仕方がないから、せめて二人の関係は二人だけの秘密にして欲しい。
手を繋いだりキスしている所を誰かの目に触れさせるなんて考えられない。
況してや他人に相談するなんてそれこそ問題外。
だって、ほら。
君はオレだけのナルトだから。
END
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