神憑 夢追篇
「ウスラトンカチ、お前がどうなっても俺は置いていくぜ」
「ああ」
「・・・・・」
力ない返答にサスケは舌打ちしてカカシを呪った。
ナルトがおかしくなったのは花街の任務からで、明らかにカカシの所為なのだ。
何があったのかは聞いていない。それでも直感的にサスケはナルトとカカシの間で何かが起きたと思った。
無論詮索するつもりはない。ナルトも自らそれを話さないだろう。そういう雰囲気だ。
だが任務に影響があるなら別だ。サスケは正義漢でも何でもないが、忍としての義務は果たすつもりでやっている。
「お前の忍道もそうだろう。だから俺もこうしてここにいる」
ツーマンセルは信頼なくして成り立たない。そしてサスケは暗部に入る際、相棒にナルト以外は考えられないと示しナルトも同意した。
つまり一心同体。
「頼むぜ」
サスケはナルトがついて来ているのを確認して跳んだ。
見えてきたのは先週からいざこざが発生している国の大名屋敷だ。正面の門には門番もなくひっそりとしている。それは裏門も同じく。
これでは賊にどうぞお入り下さいと言っている様なものだが、一方で忙しない内情を窺い知る。
今はお上への申し開きでてんやわんやか。しかし暗部に要請が出た時点で手遅れだ。
揉め事の相手は別の国の大名。
初めは小さな争いだったが国際問題に発展しどちらの国にも邪魔な存在になった。
国は話し合い、問題の主同士を抹殺する事で折り合いをつける様にしたらしい。
喧嘩両成敗。
双方とも国の為にしたろうに、具合が悪くなると切り捨てられるとは世知辛いものだ。
けれど暗部の二人には関係ない。
サスケはあらかじめ知らされていた寝所を目指して屋敷内を音無くゆく。
「俺が殺る。お前は出入り口を見張れ」
「指図すんなってば」
漸くいつもの調子になりサスケは安心した。
「何笑ってんだってばよ」
「いや、ヘマするなよ」
「誰がするかっ。てかさっさと行けってば!」
「よし」
それでこそ宿敵、うずまきナルトだと頷いてサスケは天井裏から主を窺う。
部屋の中央に敷かれた布団の上にぐっすり眠る姿を確認できた。視線を左へ転じると開いた障子の隙間からナルトの面が見える。
天井にはサスケ独りきりだ。
わざわざ上がったのは手薄な警備を疑ったからだが本当に人が少ない。
夜も眠れぬ程心神喪失していたらと思ったがそんな心配は必要なかった。眠っている者を討つほど楽な事は無い。
サスケには珍しい気の抜き様だった。
だがゆっくりもしていられないので作戦に移る。
サスケは主の寝息だけが広がる部屋に降り立ち背中の短刀を抜いた。ナルトは己の背後とサスケの周囲に不審な点が無い事を確認して見守る。普段暗部の仕事では滅多に仙術を使用しない。
今もナルトは息を潜めているだけだが、カカシの件が渦巻いている状態では集中できず仙術は無理だろう。
大名はまだ深い眠りの中だ。
そこへ今にもサスケの剣先が呑まれ様としている。
事を終えた瞬間に叫ばれては厄介なので速やかに進めねばならない。
サスケは握った得物を一点に据えターゲットをひたと見つめている。それが静かに袷(あわせ)の衣の下へおりていく。
「ぐっ・・・・!」
突き刺さった瞬間サスケの手が男の口を封じた。
けれど状況も一変した。複数の弓矢が庭から飛んできたのだ。
「なに!?」
人の気配は全く無かった。先に見回っていた中庭にもいなかった筈だ。
「嵌められたか」
真っ暗闇に次々と明かりが灯り二人は急いで退却の道へ走った。
ピィィーッ。
鋭い笛が鳴る。
何処から集まったのか屋敷の者達が二人を追って来ていた。
「あいつら素人じゃねーってばよ!」
「分かってる」
依頼は達成したが肝心な所で失敗した。
「どこだ」
いつ、どこで情報は漏れた?
「あの中にきっと切れる奴がいるんだってばよ」
「だろうなそいつが指示してるんだろう、ただ今となっちゃ・・・」
ヒュッと先程と同じ矢が二人の間を通過した。
恐らく矢を遣う者は接近戦に持ってこないだろうが、他に三人の者が追って来ている。
「さすがに身の危険を感じて忍に依頼していたか」
屋敷を出て路地から路地、屋根から屋根へ跳び、国を出るまであと少しだが松林を抜けた先には視界良好の長浜が続く。天に架かった月はくっきりと二人を照らしている。
やはり最悪の天気だと悪態を吐く。
「ここは不味いってばよ!」
ナルトが相手の蹴りを避けながら叫んだ。ステップを踏む度キュッキュッと鳴る砂は足場が悪い事この上ない。それは敵も同じ筈なのだがなぜか楽々と攻撃を仕掛けてくる。
「奴等足元にもチャクラを集中してやがる」
「足元・・・!そうか、水の上を行く要領だってばよ」
「ああ、だがこちらは防御もしなきゃならねー。攻撃一本のあいつらとは違う」
天性の才能を持つサスケでさえ、この状況は不利だった。
「だが防御しかできねーのは癪に障る」
言うなりサスケは印を組み目一杯頬を膨らませた。
「火遁・豪火球の術!」
「オーッ、て褒めてる訳じゃねーからなっ」
まともな攻撃に飛び退る忍にナルトと影分身が襲い掛かる。
「事を荒立てるなと言われてるが、そんな暇はねーか」
幸い面に隠れて見えなかったが、サスケは余裕のない顔で呟いた。
その時ひとりの男の頭巾が剥がれて砂に落ちた。
そこにナルトは銀糸を見た。
「あ―――」
一瞬の隙が生まれサスケはハッとしてナルトを見るが駆け寄るには間に合わない距離だった。
「ナルト避けろっ!」
遠方からギリリときつく絞られ狙っていた弓矢が静止したナルト目掛けて飛ぶ。
サスケの声をナルトはどこか遠くで聞いていた。
敵がカカシと別人なのは分かっているのに、銀糸を目にした初めのショックでナルトは思う様に動けなくなってしまった。
「サスケ・・・」
ドッと突き刺さる音が重く胸に響いた。
現実にはそんな大きな音はしていないだろうにナルトの体には大きな負荷が掛かり浜に倒れた。
咄嗟にサスケは火の龍を放ちナルトを抱き起こした。
「このバカがッ!しっかりしやがれ」
だが撃たれた胸からはじわじわと赤い色が滲み出し一刻の猶予も無いことを知らせる。
矢は鎖帷子を貫通している。
「チッ、毒か」
抜いた矢から理解したサスケは素早くその場から脱出した。
力ないナルトをサスケが肩に担いで木ノ葉へ急ぐ。
まるで波の国で木登りチャクラ修行をした日のようだった。
「わりぃサスケ」
朦朧とした意識の中でナルトが呟く。
「黙ってろウスラトンカチ」
サスケは本気で怒っていた。しかしその苛立ちはナルトではなくある一人の男に向けられていた。
「クソッ」
怒りを吐き棄てた時、繋いでいたナルトの意識がとうとう途切れた。
月の下、跳ぶ黒い影が遠ざかる。それは段々と小さくなりやがて森の中へ消えた。
ナルトの回復を待って行われた両名の任務報告。
だがいつもと異なり、ナルトは病院のベッドに横たわったままで、その傍にサスケと綱手が立つ風景だった。
全てを聞くなり綱手は処遇をを決めた。
「サスケは二日の休み、ナルトは起き上がれる様になったら一週間の謹慎だ」
「なっ!?」
「命令だよ」
謹慎という名目の養生だった。
「んな事してなまっちまうってばよォ!」
だが綱手はひと睨みして何も言わずに病室を出て行った。
「今回ばかりは従う他ない」
渋々承諾するサスケを見てナルトは口を噤んだ。自分が迷惑をかけた事は確かなのだ。
「知らせがいったか」
「?」
サスケがドアを振り返ると同時に誰かが飛び込んで来た。
「ナルト!」
「サクラちゃん・・・」
「あんたバカッほんとにっ・・・あ、サスケくん」
足を止めたサクラの脇を擦り抜けて病室を出て行く。
「おいサスケ」
「・・・また来る」
静かな佇まいにサクラは何か感じ取り引き止めず見送った。
「あいつ、せっかくサクラちゃんが来たのによー」
「サスケくん何か考えているのよ」
それより、とニコッと笑ったサクラがボロボロのナルトに怒りを爆発させた。
「無理は禁物っていつも言ってるでしょーが、しゃーんなろー!」
病院を後にしたサスケは昼の町を独り歩いていた。
普段はファンの女性が一人や二人話しかけるが、今日の彼の胸中はピリピリとして誰も寄せ付けない。
気になっている事は一つ。
しかし見た目からは測れないが事実衰弱しているナルトに直接の問いは憚られた。
付き合いの長いサスケも(だからこそか)余計な口出しをしたくなかった。
「らしくねえ」
他人事に気を遣うのは自分らしくないが放っておけば飛び火してくる気がする。
この際根源を問い質すしかない。
サスケはついに気持ちを固めて毛嫌いしている男の許へ動いた。
だが相手のカカシも忙しい身で中々捕まらない。
面倒に舌打ちするサスケはあの花街を思い出した。
夜ならば接触できるか。
サスケは方向を転換し自宅に戻り夜を待つことにした。
その判断は正解だった。早くもその夜カカシはサスケの前に現れた。
「今夜は任務じゃないなサスケ」
カカシはナルトが出会った時とは違う様子で、皮肉にもそれこそ第七班メンバーが良く知る上忍の顔をしていた。
「できればアンタにはもう会いたくなかった」
サスケからは嫌悪感が漲っている。
「だろうな」
「どういうつもりだ?カカシ」
「何が」
「白を切る気か」
殺気立つサスケがクナイを取り出す素振りをする。
「アンタはもう関係ねえ。アイツに構うな」
ふぅん。
カカシは何か思案するような様子だ。
「サスケはお優しいねェ。ナルトが好きだからか」
「自分が何を言ってるか分かってるか?俺が言いたいのはそう意味じゃねえ。任務の支障になる。こっちは迷惑してんだ」
「オレから接触した訳じゃないよ。たまたま会っただけだ」
サスケが聞こうとしていた事を先回りして答えてくれる。けれどサスケの眼差しは益々きつくなった。
「よくそんな嘘が言える」
「嘘じゃないさ」
「テメェは信用ならねー。昔からな」
ピリピリした空気が限界に拡がり両者の距離はジリジリと詰まっていた。
中天に架かった月がそろそろ傾きかけている。
続く